秋の放課後








空っ風がひゅうと吹き抜けて、私の足元を小さな紙切れが舞った。
ちょっと前までは、半袖で十分だったのに、もう既に何か羽織らないと耐えられない時期になったものだ。
高校からの帰り道。私は地元の駅から家に向かって、真っ直ぐ歩いていた。うっかりと友達と喋っているのに夢中で少し遅くなってしまって、私は少し焦っている。夏が過ぎると、太陽も急いで隠れようとするものだから、既に夕暮れという時間帯になってしまっているからだ。薄暗くなってからはいくら近所でも、ちょっと一人で歩くのは嫌だ。私は早足で歩いていた。
そう。早足で。
気づかない振りをしていた。
でも、そうも言っていられないかもしれない。
誰かが、確実に後を追ってくる気がしていたのだ。それも、駅を出てからずっと。
もう既にまったくの住宅街に入り込んでいて、そして人影も全く無かった。通り過ぎる人も。
試しに、少しゆっくりと、止まるぐらいのペースで歩いてみると、後ろにいる人も、どうも、ゆっくりと歩いているようだ。
それが、通り過ぎる人、がいない、ということで。
つまり、私はつけられている…?
私は襲い来る恐怖を、身体からにじみださせないように、心持ち、強くカバンを握った。
何かあったら、これを振り回すしかない。
振り返るほどの勇気は、持ち合わせていなかった。
さっきまではあんなに寒いと思っていたのに、いつしか手の平には汗の感触を感じている。
怖い。怖い。どうしよう…。
と、その時。
思考に気を取られすぎていた私は、何も無いアスファルトの道で、自分の足を引きずって、そして、転んでしまうことに、なった。
一瞬、糸を切るように途切れた思考と視界はすぐに回復した。が、はっとした。
私の横に回りこむ、人の気配…!

「大丈夫…ですか?」

勢いよく、頭を振って見てみれば、何のことは、無かった。
「………………はぁ」
思い切り、安堵の気持ちを込めた溜息をついた。それはもう深く。
そこにいたのは見知った顔。
さらりと流れた真っ黒の髪の毛が、見える。
今は不思議そうに、訝しむように私を見ている、近所に住む男の子の顔があったのだ。
「…英士くんじゃない…」
「はい?」
立ち上がろうとした私に、さりげなく手まで貸してくれた。最近はあまり見ないようになった、近所の男の子をまさか痴漢と勘違いしてしまうなんて…。恥ずかしいのと申し訳ない気持ちとで、顔が見れない。
「…さん、急いでたんじゃ?」
「いや、ごめん。別に急いでた訳じゃなくって…」
「じゃあ、良かったら、家まで送りましょうか」
「え…」
願っても無いことだった。今の今まで怖いなぁという不安感に押しつぶされそうになりながら歩いていたので、その言葉は救世主さながら、私を救ってくれると思った。
でも、ふと思いつく。まだあどけない顔を残しているこの少年、英士くんは、確か今年中学1年生だったと思う。
5つも年下の子に家まで送ってもらうのって何だか恥ずかしいのでは?去年までランドセル背負って歩いていたんだから、逆にこっちが送ってあげるぐらいじゃないといけないのでは無いだろうか?そんなことを考えた。
「いや、あの、逆に私が送って行こうか?」
「え?…いえ、大丈夫ですけど…それより、足、痛くないんですか」
「は」
俄かに私は慌てていて、気づかなかったけれど、そう英士くんに言われて、急に膝がヒリヒリと痛くなってきていた。
ふと見下ろすと、無残に両膝とも擦り傷を負っていて、派手に血を垂れ流していた。
「わー、血だ!ティ、ティッシュ…」
慌ててカバンからポケットティッシュを出そうとしていたら、その間に英士くんは私の足元にひざまずいて、自分のタオルをあてがってくれていた。
「あ!英士くん!汚いから…!」
「早く血を拭ってしまわないと。このタオル、使ってないから綺麗ですし」
「そうじゃなくて…」
本当に申し訳無い。
私、18歳なのに、13歳に転んだ擦り傷を介抱されている。しかも、女の子なのに、男の子に。恥ずかしい。
「あの、本当に、ありがとう。ごめんね。タオル、洗って、返すから。あ、血、落ちないかもだし、新しいの用意します…」
思わず敬語になりつつ、身を引きつつ、私は英士くんから離れた。
側にいるのがもういい加減、本当に恥ずかしい。
驚いたような顔をしている英士くんは、立ち上がると、少しだけ微笑んで、言った。
「大丈夫。もう暗いし、足元も危ないから、送ります」
それが何とも有無を言わせぬ感じで、私は否定もできないまま、歩き始めた英士くんの隣を、歩いた。
身長だって、私のほうが高い。
なのに、男の子なんだなぁ、と思うと、突然、胸の奥が熱くなった。
それはまさに恋に落ちそうな瞬間なんだと、私はぼんやり思った。



















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