エイプリル・フール












何だか寒いなぁ、と思い、机に向かっていた頭を振りかぶると、案の定、ドアが開けっ放しになっていたのだった。
「…何でいきなりドア開けてんのよ。結人」
ノックぐらいしてよ、とぶつぶつと続けた私に、結人はさして気にしないふうに、ごく自然に部屋に入ってきて、ごく当たり前のように私のベッドの上にあぐらをかきはじめた。
「もう寒くねーだろー。今日から4月だぜ?」
「何言ってんのよ。それにしたって寒いに決まってんじゃん」
私はつけずに我慢していたエアコンのリモコンを操作した。
ぴぴぴ、という電子音が鳴り、送風口が開き、ぬるい風が吹く。
それをベッドの上にいた結人はまともに受け、
「逆につめてぇよ!…つーか、相変わらず寒がりだなー」
と、言った。
私はただ頷きながら、はおっていたニットのカーデガンを脱ぐ。節約、とか思って我慢して極力部屋の温度を下げないように努めていたのに、結局つけちゃった。エアコン。
「えー、俺が来たから、むしろ部屋の密度で温度上がるだろ」
「そんな気遣い結構ですからー」
そもそも一体コイツ、何しにきたんだ。
ベッドの上で落ち着くと、その辺にあった雑誌をめくり始めた。
結人は結構こうして私の部屋に勝手に来る。
それは隣の家に住む、昔からのトモダチ…いわゆる幼馴染という気安さなのか。
小さい頃は結人のお父さんもお母さんも働いているから、ウチで一緒に夕飯を食べて遊んだりもしたけれど、もうそんな子供じゃないのに。
そんな、子供じゃないのに、結人はこうして私の部屋に勝手に、来る。
そして、何をするわけでもなく、私が何をしていようと、自由に音楽を聴いたり、今みたいに雑誌を眺めて同じ時間だけを共有しているという、ただそんな間柄なのだ。
確かに小さい頃のようにその頻度は少なくなったものの、その間柄というのは別段変わるものでもない。
「結人、お茶飲む?」
「ん、飲む飲むー」
こうして私が聞くのは気を使っているからじゃなく、私が飲みたくなったから。
私は椅子から立ち上がり、ドアに手をかけて部屋を後にした。
階段を下りると、お母さんが居間でテレビを見ていた。そして、目が合うと、一言「ゆうちゃんにお菓子出したら?」と言ったのだ。
…もう、何でうちのお母さんってこうなのかなぁ。
「お母さん!いい加減結人が来たら階段から一言声かけるなりしてよ。もし着替えてたりしたらどーすんのよ!」
思わず私はそう声を荒げると、お母さんたら、きょとん、とした後に、本当に可笑しそうに笑い始めた。
「なーに言ってんのよ!今更!むしろ何か展開があるかもしれないじゃない」
そういう風に言うお母さんを私はきゅっと睨んで、黙って番茶を入れると、せんべいの袋をつかんで居間を出た。
お母さんは一体何を期待してんだか。
…母親だっつうのに!
お茶をすすりながら階段を昇り、膝で部屋のドアをノックすると、結人がドアを開けた。
まさか、こんな私たちにそんなもんあるワケ無いじゃないか。
ふとお母さんの言葉を思い出して、ぶっきらぼうに結人にお茶を渡すと、それを受け取りながら結人は、
「何怒ってんの?お前」
って能天気に聞いてきた。
「別にね、怒ってるワケじゃないけど」
「ふうん?」
まさにどうでもよさそうに結人はそう言ってベッドではなく、床に置いてある小さな机の前に腰を下ろした。何となくそれに続いて私もその対角線上に座る。
「な、さっきコレ読んでたんだけど、この髪かわいくね?やってやろか」
結人は急にそう言ってベッドの上から雑誌を引っ張り下ろして机の上に広げた。
そこには高く結われたおだんごが少し不可思議な形で頭の上に鎮座している写真。確かに可愛いなぁ、と思いながら、結人を見上げて、頷いた。
すると、結人は勝手知ったる私の数少ない美容道具の入っているバニティボックスを引っ張り出してきて、さっさとクシやらピンやら取り出す。
そうしてじっとしている間に結人の手が器用に、私の髪を結い上げていく。
こういうことはたまにあって、何でもないときにこうして私の髪で遊ぶことも小さい頃から続いていることだ。
結人の腕は確かなもので、私は小学校の卒業式だとか、ピアノの発表会のときなども結人に髪を結ってもらうほど。
間違いがなく、可愛く結ってくれるのだ。
それは私も嬉しいし、結人は私の髪を結うのが一番楽しい、と言う。
「やっぱ、の髪は触り心地いいなー。適度に柔らかくて、でも俺みたいに猫っ毛じゃないし、扱いやすいし」
「ありがと。私も、結人に髪触ってもらうの好き」
私はそう言うと、目の前に鏡こそ無いけれど、可愛らしい頭になっている自分を想像して、目を閉じた。
すると、それからすぐに結人は「できた」と言って、手鏡を私に手渡した。
「どうよ」
「うん、いいんじゃない。今度の日曜、遊びに行くからして?」
「…あー、今度の日曜は試合だわ」
「なんだ」
「また次回」
「…うん」
私は手鏡を横から下から覗きながら、髪の毛の出来を確かめた。
雑誌に載っている笑顔のモデルよりも、頭だけは可愛いかも。と思ってちょっぴり笑った。
「何笑ってんの、お前。きもっ」
「うるさー」
私はこっそり笑ったのを結人に見られた気恥ずかしさに背を向けた。
その時、突然、だった。
結人が私の背中に飛びついてきたのだ。
驚いた私は声も出ずに、ただ首だけを後ろに向けようと、振り向く。
結人は私の肩に頭をもたげ、額をぎゅうっと押し付けているので、どんな顔しているかは分からない。分からない、けど、何だか私はいつも通りの空気じゃないことに慄いていた。
「…日曜、遊びに行くって、誰と?」
「っえ…」
「……あのさ、聞いたよ。噂で。2組の何とかってヤツがお前に告ったって」
どくん、と頭の奥で鳴った気がした。
それは何だか、結人に知られたくないなって思ってたこと。
「…何で…」
「で、日曜、そいつとどっか行くの?」
その通りだった。
その、2組の遠藤くんに告られた私は、一旦断ったものの(だってほとんど知らない人だったから)押しに負けて、今度の日曜デートすることになっていたのだ。
その時に自分のことを知って欲しいって、彼は言ってきた。
私は気乗りはしないものの、デートってどういうものかも分からないので、とりあえず好奇心だけではあるけれど、行ってみる気になっていたのだ。
もしかしたら、遠藤くんのことをいいなって思えるかもしれないし。
私は、ただ頷いた。
「何で、お前が他の男と出かけるのに、可愛くしてやんなきゃなんねーんだよ」
ぼそり、と結人が呟いた。
「面白くねー」
…そりゃ、そうかもしれないけど。
「でも、結人、前言ってたじゃん。『お前に彼氏でもできるようになったら、俺にデートんときはまかせな』とかなんとか」
私が静かに言うと、結人はくっつけていた顔だけをあげて、私に回していた腕をわずかに強めた。
「嘘だっつうの」
「…は?」
「そんなこと無いって思って、言ったの」
私は何となく混乱してきた頭を静めるように、落ち着いて言う。
「ん?でも、今そうなったんだよ?」
「だーかーらー」
まどろっこしーな、くそ。
そう続けて、結人は言う。
「俺がお前の彼氏になる予定だったっつんだよ」
結人は私から離れて、今度は私の顔を掴んでぐいっと自分の正面を向かせた。
…と、言うことは。
何、結人は、私のことが好きだったのだろうか。
呆けている私の顔を掴んだまま、結人は言う。
「なぁ、意味分かった?やっと分かった?つうか、やっと気づいた?ばか
目の前では頬をほんのりと染めた結人が私を睨んでいる。
私は自分でも驚く程、何だか心がすーっと落ち着いていったのを感じた。
「今まで言ってたのが嘘で、今言ったのが、本当?」
結人は一回だけ首を縦に振ると、じいっと、私を見つめている。
何か、結人だなぁって私は思った。
今日はエイプリルフールだってのに、今日私にそんなこと言うなんて。
明日「うっそー」とか言っちゃうんじゃないだろうか、とぼんやり考えてしまうじゃないか。
そう考える私の読みを見越したように、結人はニっと笑う。
「今日が4月1日だから、嘘じゃないか、とかって思ってんだろ」
私は同じように、ニっと笑う。
すると、結人の目が揺れて、私の目の前に来て、いともあっさりと、私の唇に、自分のを押し付けてきた。
ぎゅうっと押し付けられて、私は思わず目を閉じたけれど、すぐにそれは離れた。
「嘘じゃねぇよ。ばーかばーか」
顔を真っ赤にしながらそんなことを言う結人が可笑しくて、私は唇を奪われた方なのに、まるで奪った方のように、余裕を持って、笑った。
「何笑ってんだよ、お前。つうか、今日言うつもりじゃなかったのに、何でこんな日に言わなきゃなんねんだよ。絶対2組の何とかのせいだし」
「…遠藤くん」
「遠藤?しんねー」
ぷいっと横を向いて未だに顔を赤らめている結人を見るのが面白くて、私は笑いをこらえながら、言った。
「じゃあ、今度遠藤くんに電話しなきゃいけないや…」
「なんて」
「私には結人がいるから行けませんって」
別に、今気づいたワケじゃないし、何ていうか、その結人のことが好きだってそう言うんじゃないんだけどね、と前置いて私は続ける。
「結人に髪いじってもらうのが好きだし」
私がそう言うと、結人ははぁ〜?とぐんにゃりと崩れ落ち、カーペットに突っ伏した。
「つうか、それって…お前俺のこと好きなんだろー?」
結人は顔だけを横にしたまま言う。
「うーん、何ていうか、別にそれは恋人みたいな好きなのかよく分からないけど、今までと同じで、好きってことはあるよ」
私は今の気持ちを素直に言うと、また結人ははぁ〜?と、言った。
「…………こんなおこちゃま、ホント俺しか待てねぇって。マジで」
結人は、待つつもりだと言う。
私が恋に目覚める、その日まで。
…私は結人と恋に落ちるつもりは無かったんだけどなぁ。
そう思いながらも、何だかどきどきと嬉しいし、初めてキスしたのは結人なんだなぁ、と思うとそれも嬉しいのは、これって、どうなんだろう。
折角のエイプリルフールだし、絶対にそんなこと、結人に教えてあげないんだけどね。
むしろ、正反対のことを言ったって、許される日なんだものね。
「結人のこと、恋愛じゃない、好きなんだと思うよ」
明日「うっそー」って言ってあげるから、ちょっとぐらい待ちなさいよね。
『本当は今ちょっと結人と付き合ってもいいかなって思ってるよ』



















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