遠距離恋愛













それはとっくに理解してはいたのだけれど。
理解というものは、頭でするものであって、心で理解するのには頭でするそれよりも何倍も苦労があるのだ。

人ごみに紛れて、チラ、チラといつものカーキ色のダウンジャケットが見えた。
その持ち主は周りの人間よりも先を急いでいるさまがすぐに見てとれて、思わず微笑んでしまう。
だから、相当目の前にいる小さな子供連れにイライラしているようで、眉毛が困ったように歪んでいた。
そのとき。
あ、こっち見た。
その目はすぐに糸のように細くなり、大きめの口はぱきっと音を立てそうなほど、開いて笑っている。

「ごめん。遅れて」
「本当、遅いし」

私は待たされるのがあまり好きではない。まぁ、好きだという人のほうが少ないではあるだろうけど。
それを彼は知っているけれど、その上で遅れてきたと言う訳だ。
駅を出たばかりのところにあるベンチに座ったまま、私は息が乱れている彼を見上げる。
私は文庫本を1冊すっかり読み終えてしまったところだったので、ややぼうっとしたままの脳と意識と目を彼に向ける。
「ごめんね。代わりに、今日は俺がおごるから!」
「…この前みたいに、ならないよねぇ」
「う」
私は嫌味っぽく、前回のデートで彼が財布を忘れてきたことを示唆した。
だが、彼は今回は忘れはしなかったようで、ジーンズのポケットからナイロン製の黒い長財布をこれ見よがしに引っ張り出した。
「だいじょぶ!じゃぁ、行こうか!何食べる?」
「今日はパスタ!」

彼、藤代誠二くんは私の5つ年下の彼氏。
今現在中学2年生の元気な男の子。
ここまではごく普通ではあるのだけれど、少し普通ではないことが、ある。
彼は中学生にしては忙しすぎる身分を持っているのだ。
しかも、それは学園の寮に入っているせいで余計に自由な時間がとれない。
いつもは学校に、部活に、と忙しく動いているので、正直こうして会うことは1ヶ月ぶり。
若いカップルにしては会う頻度が少なすぎるのだけれども、多忙な彼を責める訳にもいかないし、私はその分年上でもあるからちゃんと我慢をしているわけだ。
本当は毎日会いたいとか、夢でも見てます、とか、そんなことは億尾にも出さないような、そんな顔をして彼が一生懸命に話す、学校のこと、チームのこと、部活のことに耳を傾けている。
デートも終えて、明日の日曜は久々のオフだということで、私が一人で住む部屋に遊びに来ていた彼は、家で食後のコーヒーを飲みながら、今日もサッカーの試合で起こったことなんかを楽しそうに話してくれている。
私も、その時間が好きだし、嫌という訳でもないのだけれど、やはり、二人きりなのだから、ちょっとはのんびりとしたいな、とか思うけれど、言わないでおく。
「…で、水野が怒っちゃってさー。したらやっぱ三上先輩まで声出しちゃって!」
そのせいで、今や私はすっかり彼の周りの事情ツウ。
会ったことは皆無に等しいのに、写真も見せられているし、誰がどんな人だかすっかり分かっているんだから。
「その三上先輩って怖いんでしょ?」
「怖いっつうか、キレたら面倒臭いんだよー。引きずる人だからさ」
「…誠二くんに言われたくないと思うよ…三上先輩も」
「うわ、何それ!俺ってどんなやつなの?それ!」
誠二くんは私の斜向かいの床に腰を下ろしていたが、身を乗り出してきた。
こうして彼は話に熱中したり興奮したりすると、無意識で顔を近づけてくるのだ。
まったく、まだまだ子供みたい。
私は近づくその唇を狙い、素早く自分のそれを押し付けた。
そうして触れるだけのキスをした後、何でも無かったかのように背後のベッドに寄りかかりながら、言う。
「誠二くんは、おしゃべりなやつ」
でも、こうして私がキスを落とすと、彼は途端に話すのを止めるのだから、本当に可愛いものだ。
まだまだ、5つの年の差っていうのは遠いものなのかもしれない。
いずれそれは段々と近くなってゆき、次第に埋まるものなのだと思うけれども。
私は今の、この5つの余裕を持って、彼との恋愛を楽しむことに夢中なのだ。
そう、私のせいで色づいた、彼の頬と唇を見ながら微笑んだ。



















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