ヤキソバソース















「ああづーい」
私は首筋に流れてきた汗を拭いながら目を細めた。
あづいあづいあづいなああもおおおお。
なのに何でこんな屋外でせっせこ働いてるんだ私ったら。
それはもう、くじ運が悪いせいなんだけど。絶対貧乏くじというもの、私引く運命なのだもの。
そう悲観に暮れながら、隣でもせっせと汗を流す人を横目で見る。
「……も働けよなー…」
藤代は私を軽く睨み付けるとまた真面目に仕事に戻った。
よく会議室にある長机をひたすら組み立て、並べる作業。
ひたすら、といっても、五脚ぐらいなんだけど…。
それに私たちは取り組んでいた。
これが終わっても次の仕事はまだある。
明日は文化祭。
我がサッカー部も毎年恒例のカレーライスという出し物をやる。
これが大変なんだ。ふう。
後でコンロも出してきて、火が点くか試して、容器も用具室からもらってきて用意しとかなきゃだし、看板もそろそろできるだろうから据え付けなきゃいけないし。
ていうか、何で女の私がこんなことしなきゃなんないのかなぁ。
藤代はね、働き盛りの(?)男の子なんだから当然だけど。
私は、ホントくじ運悪い。調理スタッフになりたかったよ!もー。
「今頃涼しい室内で延々とにんじんやらじゃがいもやら切ってんだろなぁ…いいなぁ」
「うっわ。にんじんとか言うなよ!俺はこっちの仕事でよかったっつうの」
「藤代はねぇ。私はあっちがいいよ!渋沢先輩がきっと優しく教えてくれるんだー。いいなぁ」
「あつくるしーこと言うなー。いいから働け働けー!」
「ふう。これで机最後だもん」


「てか、何で私女なのに外で力仕事な訳?」
は並みの男より力ありそうだし、平気じゃん?」
「うっわ。かちんときましたけど。何だそれ!」
「マネっこはいつも重たい洗濯物やらドリンクやら運んでるじゃんか」
「…そうだけどさー。それとこれは違う気がする…」
それにしても暑い、と手で頬を扇ぎながらやっと並べた机に寄りかかる。
テントの下な訳だけど、地面から這い上がるむわむわとした熱気に心底嫌気が差してくる。
他のテント担当の後輩たちが「看板もらってきますね」と声をかけてさっさと校内に逃げ込んでゆく。
その後姿をぼんやり見送りながら、うー、と唸るような返事をする。
「藤代は平気そうだねぇ」
「俺だってへばるけど、練習に比べたらぜんぜん」
平気、と言いながら藤代はにっこり笑う。
思わずすごいなー、と感嘆の声を漏らす。
「ね、、喉渇かない?」
お、ナイス提案、と私。「渇きまくり!」
「じゃあ、購買までダッシュして負けた方がおごりな」
「はぁ?…ふざけんなー…って先行くな!」
藤代はにっこり笑顔を残して思いっきりダッシュしていった。
あほかあいつ!?
武蔵森のエースストライカーと呼ばれる藤代誠二の俊足にかなう女子がいて!?
しかも私、50m9秒台なのにさ!
慌てて追おうとテントから出ると激しい日差しを腕に感じ、無駄だと分かっても腕をUVからかばいながら、私は校庭を横切った。


「はぁ、はぁ、はぁ、」
案の定、息を切らせるどころかへばりつく状態で購買のベンチに頭からぐったりと抱きついて伏せるハメになった私。
当たり前よね!
現役サッカー部とはほんと、身体が違いますから!
息をするのもしんどい程、身体が火照ってる。
そういえば、藤代、どこだろう?
校庭からの購買に直通している扉から飛び込んだのに見えなかったような。
頭を起こして探す気力も無く、ただ息を整えることで精一杯だった私の首にとびきり冷やっこい温度差を感じて、
「っひゃ!」
情けない声を上げてしまった。
「びっくりした?」
「ふーじーしーろー」
顔だけ上へ向けると、背後から覗き込む藤代と至近距離で目が合う。
「うわ!」
「飲みなよ」
「うっや!」
また冷ややかな固い感触を頬に感じ、情けない声を出した私にぷっと吹き出しながら藤代は離れて、私のつくばっているベンチの隣へ腰を下ろした。
少し動悸が治まった私もそれに倣う。
「レモンティ?ナニ、おごり?」
「うん。今度返して。倍にして」
「飲むが勝ちー」
藤代の言葉を無視してぷしゅっと小気味良い音を立てて缶を開け、私は喉を鳴らしてレモンティを飲む。
「っかあー!おいしいー!」
「走った後はうまいだろー?」
「いや、多分普通にあのまま歩いてきてもおいしかったと思うけどね?」
まるでおいしいのは自分の手柄だと言わんばかりの藤代に私はそう言い放つと、
「つうかさ、女の子が喉鳴らしまくって飲む?フツー」
笑いをかみ殺しながらそう悪態を吐いてくる。


いつも、こうなのだ。コイツは。
私が女扱いされたことなんて一度も無い。
今だっていつだって、そう。
ま、その方が心地よいなあ、なんて。
サッカー部の一軍レギュラーの藤代と、いちマネージャーの私はそんな感じの友達感覚がやりやすい。
逆に気なんて使われたら、やり難くて仕方ないもんね。
唯一、私を女の子扱いしてくれるのは渋沢先輩だけなんだけど、それも部活以外でだし。
部活中は女の子だろうがなんだろうが容赦無く大量の仕事を押し付けてくるんだけどね。


「…アンタの前でぶりっこしたってしょうがないでしょ」
私はわざと目を細めて藤代を軽く睨みながら言ってみる。
「ま、それもそうか」
その言葉のしっぽに被さるようにすっかーんと固い金属音が鳴る。
藤代の投げた空き缶がゴミ箱の淵に当たって跳ね返った音だった。
「…」
「だっさ!おっかし!あははははは!」
「くっそ、微妙に恥ずかしい…」
藤代は憮然とした表情で転がる缶を取りにいって、反省の色無く、その場所からまたゴミ箱へと缶を放り投げた。
今度はキレイに放物線を描いて。缶はカゴに入り、がんがらがんっと他の缶たちとの衝撃音を響かせる。
「まあ、二回目だし?ここよりゴミ箱近いし?これで入らなかったら微妙どころかすっごい恥ずかしいよね?」
「うるせ!もー、、早く飲めよ!戻るぞー」
「ん」
最後の一口をすすって、私も藤代を真似て「シューット」空き缶を投げた。がらがらごん!と。
「やったー。藤代よりうまいー」
「むかつくー。もうジュースおごったりしねえ!絶対しねー!」
「あはは、負け犬の遠吠えってやつ?」
「うっさいなー。俺気にしてないしーこれっぽっちのことー」
「ああ、日差しが暑い…」
「無視すんなよ!」
「はいはい。気にしてないんだねーこれっぽっちのことー」
「先いくぞー」
「ちょ!ダッシュはなしで!」





私はサッカー部のマネージャー。
だからちっとも部員に対して恋愛感情を抱こうともするわけなくって。
事実、一学年先輩マネに釘を刺されてもいた。
「部内にそういうの持ち込んじゃうと、色々面倒なのよね」
そう前置いてから、最近あったバレー部の話を聞いた。
部にいた二人の女子マネージャーがある男子部員を取り合って、結局は二人とも振られて、退部してしまったらしい。
「確かに、そういうのがあると、他の部員とかもやりにくいですもんね…」
私はふうん、と頷きながら言う。
「そうよ。勝手に好きだって思う分には誰も文句言えないけどね、他の人の迷惑考えずに行動しちゃうとねぇ。
 だからバレー部、今マネいなくて大変らしいし」
半分まぶたを閉じて頬杖をついて、そう言うノリコ先輩を私はまじまじと見つめた。
ノリコ先輩は綺麗だけど、その分皆、近寄りがたいのか、気を使ってる。
それは綺麗なだけじゃなくて、こういうオーラ出してるのかな。「めんどいから近寄るな!」みたいな。
ん?何か今引っ掛かった…えっと…。
「ノリコ先輩、好きな人いるんですか?」
単刀直入に私は聞いてみた。途端に目は見開かれた。
「なっ。ナニいきなり!?」
そう返されると、言っていいものか。うむー。
「いえ、ちょっと気になったので。ノリコ先輩、美人なのに彼氏いないし」
「あー。えっと、ありがとう。でもね、美人だーって言われても、本当に好きな人に好かれないと、ねぇ」
何だか動揺しているようなノリコ先輩は初めて見た。何だかギャップが可愛いなぁ。
「で、は?」
「え、私ですか」
困った顔をしてすぐに言葉を返す。
「それが…いいなって思える人すらいないんですよ…周りの友達にももっと楽しい青春送れ!とか言われるんですけどー」
「えー、ホント?でも確かに、ウチの部にいたら、目ぇ肥えちゃうかもね」
あははっとにこやかに声を弾ませて先輩は言う。
私の言葉は嘘じゃなかった。
正直、恋愛にあーだこーだ悩んでる友達たちが羨ましいなぁとすら思う。
「でも、私、部活が忙しくてそれどころじゃないみたいで…」
「うん、まぁ、それもあるよね」
武蔵森学園中等部でも一番大所帯の我がサッカー部のマネージャーはたった二人。
しかも、夏休みいっぱいで先輩は引退ときてる。
その引継ぎなんかも最近じゃああって、もうまさに目が回る忙しさなのだ。
男にうつつを抜かしている場合ではないのだ。
「早く新しいマネージャー入部してこないかなぁ」
「いやぁ…さっき言ったように、なかなか恋愛感情持ち込んでこない子って難しいし。その上あの過酷な労働…」
そうなのだ。
第一に、マネージャーの仕事はきつい。
夏なんかずっと選手とあまり変わらず外にいるから陽には焼けちゃうし、重いものもたくさん持たなくてはいけないし、
かといって気配り忘れたりしたら毎日ハードな練習してる皆に悪いし。
忘れた時点で三上先輩に何を言われるか分からないし。
その言葉のキツさに辞める子も多数いるぐらいだ。事実、私も入ったばかりのときは一生懸命やっても仕事がトロいだのって怒られて、こっそり涙したこともあった。
今じゃあ、三上先輩も意地が悪いだけで言ってる訳じゃないって分かるんだけどね。真剣に取り組んでるから、こそ、なので。
けれど、その分やりがいもあるから、私には向いてるみたいで。
たくさん働いて、監督に誉められたこともあるし。
近しい友達なんかは「よくやるよね」なんて言われるけど、それも報われることがあるからできるのだ。
それに、学園のスーパーアイドル集団の近くにいられるのはやはりちょっと嬉しい。
キャプテンの渋沢先輩や三上先輩を初めとした、アイドル集団。
あんな藤代でも顔はいいし、サッカーしてるときだけ(強調)はかっこいいしモテるから、
周りの羨望の眼差しがすこぉし私を気持ちよくさせてくれるのであります。
…その分、やっぱ反感とか嫉妬の対象になるときもあるのだけれど。
まぁ、それにも打ち勝たないとマネージャーは務まらないって訳です。
「あ、もう10時。話し込んじゃったわね」
「ホントだ。明日はまた早いですしね」
「そうだったわね。カレーの準備もあるし…は明日は接客の方だっけ?」
「そうでーす。くじに負けて接客当番でーす。自由時間少ないでーす」
「じゃあ早くないじゃない。私なんか三年間調理よー。地味よー」
「あはは、ノリコ先輩が接客した方がお客くると思うけどなぁ」
「何言ってんのよ!目当ての子がモリモリくるでしょ!」
「んなあほな」
「ん、じゃあおやすみ」
「はい。おやすみなさい」
私たちは最後となった談話室の明かりを消して、それぞれ自室へと引き上げた。



当日の朝、接客当番のミーティングの時間に間に合うように私は部室へと向かった。
今日も暑いなー。カレー売れるんだろうかー。と扉を開ける。
「おはようございます」
「お、おはよう、
早々、渋沢先輩が優しい笑顔で振り向く。
「あれ、渋沢先輩、何でここに?」
私は普通に疑問に思って言う。確か先輩は調理スタッフだし、それに当日は3年生は作業しなくて良いはずなのに。
それは学校で決められていることなのだ。当日は3年生は楽しむだけって決められてるんですよ!と言うと、先輩は困ったように笑う。
「俺は部長だからな。ま、当番のシフト表を作っただけだよ。の言うとおり、ちゃんと今日は遊ばせてもらうから」
「何だ、そうだったんですか」
、本田に似てきたんじゃないか」
そう言って、渋沢先輩は苦笑しながら私の頭に手を乗せた。
本田、というのはノリコ先輩の苗字で。
「そりゃ、もう、一人きりのマネになっちゃいますから…ノリコ先輩の後を継がなきゃいけませんもん!」
「はは、頼もしいな」
渋沢先輩の手はとても大きくて、あったかい。
こんなこと言うと、恥ずかしいし、先輩も喜ばないだろうから言わないけれど、
何だか、お父さんみたい…(ぷぷ)
すると、突然扉がバーンと開いた。
中にいるメンバーはびっくりして振り返る人も、呆れたような顔をして振り返る人もいたが、私には入ってきたのが誰だかすぐに分かった。
「藤代!おそーい」
「遅いぞ。藤代。起きられなかったのか?」
私と渋沢先輩はほぼ同時に声をかけた。
「っ…違いますよ!ただ単に時計が遅れてて…」
私たちを見て慌てたように藤代は置いてあるパイプ椅子に寄りかかるようにして座った。
まぁ、私もさっき来たばっかりなんだけど。
それは言わないで、「いつものことよねー」とか言っておく。
渋沢先輩はまた苦笑しながら低いけれど通る声で話し始めた。
「…まあ、これで今日の当番が揃ったな。シフト表はここに置いておくから各自チェックしておくように。
 約束等あれば仕方は無いが、原則、交代など無いようにな。
 それでは俺は調理の方へ顔を出してくるから、屋台の方は頼んだぞ」
渋沢先輩はそう言い、最後の方は接客スタッフのリーダーくんに呼びかけながら、慌しげに部室を出て行った。
あんまりじっとしていれない性分なんだよなー、と思いながら、皆が集ってるシフト表を覗く。
「ふんふん。丁度昼時かー」
忙しい時間帯だなぁ、とがくり。そこへ妙に明るい藤代が声をかけてくる。
「俺、12時から。もだったじゃん?」
「そうなの?一番忙しい時間帯だよねぇ」
そう言うと、にっこり笑って藤代は言う。
「まぁ、がいれば周ると思ってるし!ヨロシクな!」
そんなこと言われると、何だか頼りにされてるみたいでくすぐったい。でも、ん?藤代がいるってことは……。
「うっわ。てーか、アンタがいると絶対客増えるわ!うわーうわー」
急に嫌がる私に、流石の藤代も眉間に皺が寄る。あれ。気づいてないのか?
「何だよそれ?」
「だから、アンタ目当ての女の子が増えるってことよ!去年、三上先輩が当番だったとき、それは酷かったんだから!」
私は去年の文化祭の日を思い起こす。
三上先輩からカレーをもぎ取る女の子たちの群れ。
同じカレーなのに、私が差し出しても無視なんだから!
挙句、「アンタ、どういう関係でここに一緒にいるのよ!」みたいな因縁までつけられて…。
あまり楽しくなかった思い出に私はひとつ身震いする。(大袈裟?)
「もう、嫌だー!あんなの!…ねぇ、誰か私と代わらない?時間だけでいいからー」
皆それを聞いても苦笑い。うーん、今さっき、渋沢先輩が「原則交代禁止!」て言ったばかりだしなぁ。
だから当番は嫌なのよー。はぁ。
「だーいじょうぶだって!じゃあ、俺の接客テク、見せてやるよ!」
ほんと、妙に明るさだけはピカイチの彼がそう言う。
「うん、アンタに全部お願いしたい気分だわ…」
うー、お昼になるのが怖い…。


「カレー二人前です!」
「はーい!」
ああ、やっぱものすごい忙しい!目が回る!!
流石、武蔵森が誇るスーパーアイドルの成せるコトだ。
いったい何処で漏れるのか分からないが、12時から藤代が屋台に立つという噂は広がっていたようで、私が当番の交代にきたときは既にその列が並んでいた。
こりゃびっくりびっくり。
いや、驚いている場合ではなく。私は前に立つ女の子の鋭い眼つきを見ないように、笑顔でお釣りを渡す。
「ありがとうございまーす」
「…藤代くん!カレーくださーい」
えっと、私に対して無意味な怒りをぶつけないで下さい。
女の嫉妬は怖いなぁ、と思うけど、私は比較的藤代から離れて動いているので、大丈夫!(だと思う)
これで隣にくっついて仕事してようもんならホント恐ろしいものです。
しかし、こんな風にあからさまに敵視するような人は少ない方だ。
…影でどう言われているかは分からないけれども。女の子は集団になると怖いし!
何だかんだ言っても、皆でこうワイワイ忙しく働くのは楽しいので。
来年には良い(いや、良くはないか)思い出になっているものね。
そう忙しく働いていると時間が流れるのは早い。
、休憩だぞ」
「え、もうそんな時間?」
「いこ、いこ」
藤代が教えてくれて、私はテントの裏から彼に付いて、喧騒を後にした。


私はテントの後ろをずうっと周って、屋台の正面に行くつもりで歩く。
当然、藤代も同じく隣を歩く。テントの裏はすぐプールのある壁が近いから、人はあまり通らない。
まさか藤代と一緒に屋台周ってるなんて思われたら大変よね、と私はすこし苦笑いする。
「ナニ、。何笑ってんの」
「え、いや、別に。…藤代も休憩?」
気味悪そうに私を見る藤代に私は誤魔化して話を変える。しかも分かりきったことを聞いて。
「うん、俺と、一緒だったじゃんか」
藤代は今度は少し眉をよせて笑いながら言う。ころころと良く表情が変わるなぁ、なんて私はそれを見る。
「そうだった。あー、お腹空いた…」
「なぁ、何食べる?俺、ヤキソバとかき氷食いたい!」
私の何気ない言葉に、藤代の目が光る。コイツは食べ物大好きだったな、と私もお腹をさすりながら答える。
「え、私もかき氷は食べるよ!お好み焼きも食べたい」
「んじゃ、買いに行こうぜ」
「えっ、何で一緒に!」
当然のようにそう言う藤代に私は少し驚く。まさかアナタと学園祭周る気は無いですよ?
「いいから、行こう!」
「ちょ。強引だな!アンタ」
何も言わず私の半歩先をどんどん歩く。コイツ、歩くの早いし!
案の定、屋台の通りに入ると、好奇の視線が痛い。
私は黙って藤代の後を付いていく。


「……、あと、りんご飴も欲しいかも」
「ええ!アンタ、まだ食べる気?私、もういいよ」
私の手には、お好み焼き、かき氷、ジュース。藤代の手には、ヤキソバ、かき氷、ジュース、フライドポテト、フランクフルト。
「もう、持てないじゃん!」
「じゃー、ちょっと持ってよ?ちょっとあげるから」
「いい!いらないし!また後でくれば?」
そう私が言うと、ぶうっと頬を膨らませて、「じゃーそうするよ」とあっさり引き下がる。もう手には持てないことを流石に気づいているんだ…。
「どこで食べよう」
最早手に持つ食料を消化することしか頭に無い藤代。
どこで食べるにしても、私はコイツと一緒のところを人に(特に藤代ファンの女の子に)見られたくない…。
そう考えて、私はノリコ先輩に教えてもらった人があまり知らないサボリスポットを思い出す。
「どっか人目につかない……。B棟の東階段ならきっと誰もいないかも」
「遠!」
「いや、そこに決定。じゃあ、かき氷が溶けないうちに行くよ」
「食べながら行ってやる」
「そんだけ持って、よく食べられるね…」


思ったとおり、B棟に近づくにつれて人気は無くなってきた。
私と藤代はB棟の外階段を上り、屋上を目指す。
風が少し強いけど、でもやっぱり高いところは気持ちが良い。
目の前に広がる青い空の眩しさに目を細め、階段を上りきる。
「着いた…!」
「やったー。誰もいねぇじゃん!」
本当に誰もいなくて、ほっと一息つく。それでも用心を重ねて、階段を上ってすぐには見えない、給水タンクの裏側へ回る。
回り込み、ふう、と座ってから、何で私、こんな気苦労しながら学園祭周らなきゃいけないんだろう、と考え、隣に座り込む気苦労の原因をじっと見る。
「何?食べないの?」
当の本人はそんなこと全く考えてなさそうに、既にヤキソバをすすっていた。
「食べるよ。…あげないから」
私もお腹が空いた。早々にお好み焼きのパックを開く。ソースの香ばしい匂いが鼻をついて、空腹度は120%です。
「一口いいじゃん」
「あ!!まだ箸もつけてないのに!」
藤代は当然のように私のお好み焼きを一口分ちぎって、口の中に放り込んだ。
空腹の私を怒らせるとは…くっやしい!まだ私食べてないのに!!
「じゃあ、ヤキソバ半分よこせ!」
「え!半分かよ!」
さっさとヤキソバを適当に自分のお好み焼きの上に乗せると、すぐに口に入れた。
少し冷めてるけど、おいしい…。
「ホント、は女っぽくねぇんだから…」
「うるさーい。そんな悪態吐くと、またヤキソバもらうよ」
「もうやんねー」
こうやり取りしていると、微かに足音が聞こえた。それと一緒に話し声も聞こえる。
「?誰か来るんじゃね?」
藤代はタンクの影からこっそり上り口を見て、すぐにこっちに振り返った。
微妙に焦っているような。
私は小声で「誰?」と言いながら、藤代の後ろから覗こうとすると、藤代も小声で「見るな!」と私を遮る。
それを強引に押しのけて、そうっとタンクから顔を覗かす。
と、そこには、あれ、抱き合う渋沢先輩と、あの風に煽られる長い髪の毛は…
「見んなってば!」
藤代が急に後ろから目隠しをし、私を自分の胸に引き寄せる。頭にどすんと衝撃がした。
「いたいっ…ね、渋沢先輩と、あれは、ノリコ先輩だった?」
「見えたのかよ…」
藤代は私の顔を覆う手を退けた。何だかやり切れなさそうな声色で。なぜ?
「ねえ!抱き合ってたね!…やっぱノリコ先輩、渋沢先輩のこと好きだったんだ…」
「何だよ、それも知ってたのかよ!?」
「え、別に知ってた訳じゃなくて、誰か部内に好きな人がいるんだろうなーって思ってただけ。
 藤代こそ、知ってたの?」
「いや、俺はそうなんだって気づいただけで…」
へえ、意外にも、コイツは気づいていたらしい。バカだと思ってたのに。
「何で私に隠そうと思ってたの?意味分からんよ」
そこがちょっと、いやかなり分からない。私にそんなこと隠したって、しょうがないのに。
それとも、誰か他人に言いふらすとでも思ったんだろうか。そんなこと、しないのに。…信用無いんだろうか…。
「私が誰かに言うと思った?で、渋沢先輩のために隠してやろうと思ったの?」
「……いや、違うけど……」
そう言い、藤代は口ごもる。
「じゃあ、何で…?信用無いみたくない?私」
「そうじゃねえよ」
なかなか口を割らない藤代に私は段々イライラしてきた。
何だか仲間はずれのような、そんなぽっかりと心に穴が開けられたような寂しいような感覚がイライラを募らせる。
「んー、何か、嫌な感じ」
「…だってさ」
ああ、もうっと短い髪をくしゃっとかき回して藤代は言った。
、渋沢先輩が好きだったろ?だから、見せたくなくて…」
藤代はそこまで一気に話すと、また言葉を途切る。
は?私が渋沢先輩が好き?何だその情報???どこから聞いたんだろう?
…ん、と、いうことは…。
「え?私のため?」
そう言うと、藤代はぶすっとしたまま、首を小さく縦に振った。
私は急に可笑しくなって、声を立てないように笑った。
「…何笑ってんだよ…せっかく人が傷つかないようにしてやったってのに…」
「ぷぷっ。だって、…私、渋沢先輩のこと、好きな訳じゃないし」
私がそう言うと、藤代はまさに鳩が豆鉄砲食らったような顔をして私を見ている。ホントにそう思ってたんだ。
「一体ナンなの?どこ情報?それは」
少し呆れたようにそう続けると、藤代は決まり悪そうに口を開く。
「ん…。俺が勝手にそうなのかなって思ってただけだよ」
私はそれを聞いて少し安心する。
渋沢先輩のことを好きだなんて噂が流れてたとしたらエライことだと思っていた。
ノリコ先輩だって優しい人だから気にするだろうし、
万が一、渋沢先輩の耳にでも入ったら、それもまた気まずいし。
しかし、良かった。全部藤代の勘違いだとはー。
少し項垂れて、ヤキソバをすする手も止まっている藤代に、私は声をかける。
「良かったよ。そんな噂が立ってたんだったらどうしようって、今、思った」
「マジ、恥ずい!、…ごめん」
そう返す藤代の耳は真っ赤になっていた。
益々面白くて、静かに笑った。
「…藤代、すごく誰が誰を好きとかって気づく人なんだって思ったけど、やっぱそうでもなかったねー」
「……でも、ほど鈍くはねぇし」
ぼそっと藤代はそう返してきた。私のことを鈍いと!そうなのか?私は自分では結構気がつく方だと思ってたんだけど…。
「そんなことないって!ノリコ先輩に好きな人いるって気づいたし、」
「いや、渋沢先輩って分かるだろー。それに、自分のことなんか全然分かってねぇじゃん」
藤代は少し俯いたまま、そう反撃してくる。
自分のこと?
その時、急に藤代は顔を上げた。
さっきの、「見るな!」って言ってたときと同じ真剣な顔。
それを真っ直ぐに向けられて、私は言葉が喉につかえる。
「な、なに?」
ころころと表情が変わるヤツだけど、こんな真剣な顔、滅多に見ないのだ。
そう、サッカーの試合中ぐらいだろうか。
いつもと違う、藤代。
「自分のこと好きなヤツがいるなんて、思ってもない?」
藤代の目の強さに、私の平常心はやられてしまったみたい。
何だか怒られているようなそんな気分になってきた。言葉は聞こえても、意味が理解できない…。
私のことを、好き、な人がいるって、こと?
黙ったままの私に、畳み掛けるように藤代は言う。
「もう、我慢できそうにねぇや。もうお前の鈍感さには付き合ってらんねぇもん。俺、が好きだ」
この状況で、少しだけ予想した言葉をすんなりと彼は吐いた。
顔色はちっとも変わってないのに、藤代の耳だけは赤いまま。
逆に何だか私の方が顔が火照っているような気がする。
「で、でも、」
口が勝手に開いた。藤代はその先を促すように「ん?」と今度はすごく優しい顔になって首を傾げる。
ホント、ころころ変わる…。
いや、でも、何て言おうとしたんだっけ。そう、そう。
「でも、私、藤代のこと、そんな、その、好きとか嫌いとかで見たことないし」
私はこんなに慌てて、呼吸も乱れているというのに、返って藤代はすごく落ち着いている。
「じゃあ、今は好き、嫌いで言ったら、どっちになる?」
せめて呼吸を整えようと、息を吸って、長く吐いてから、私は言った。
「そりゃ、好きな方に入るけど…でも、それは友達とか部活仲間としての…」
「あー、あー、その先はいい、いい。とどめ刺すな」
すると、私の唇を5本の指先で押さえながら藤代が目を閉じた。
突然、触れられたところが熱を帯び、激しく意識してしまい、動けなくなる。
藤代は思った以上に私に触れてしまったことに動揺したようで、「ごめん!」と言いながら慌てて手を離してくれた。
私は首を振るだけで精一杯。
どうしたら良いか分からないので、ただ黙っていた。
下を向くと、お好み焼きのソースの匂いが鼻につくが、食欲なんてどこかに行ってしまったみたい。
藤代も同じようで、箸は落とされたままだった。
「……」
「……あのさ」
少しの沈黙が続いたあと、先に口を開いたのは藤代だった。
私は黙って、目でその続きを促す。
「…別に今すぐどうこうって気は無いんだ」
私はまばたきを数回繰り返し、藤代の顔を見つめる。
少し俯いて、そして少し微笑んで、彼は言う。
「当然、は無関心ってこと分かってたから。だって、お前鈍いもん」
鈍い、と言われるが、反論の余地は無く、私は口を横に結んだまま、困ったように笑ってみた。
それを見て、藤代は同じように笑った。
「ごめん。困らせるつもりじゃないんだけどさ。だからさ、これからで良いんだ」
その言葉の真意が掴めず、私は少し首を傾げる。藤代はまた笑う。
「これから俺のこと好きになってくれたらいいから」
さらっとそう言われ、ふんふん、と頷いてから、改めて言葉の意味に驚いた。
「…すっごい自信…」
「そう?でも、俺しつこいからさ、諦めるなんてできねぇんだもん。しかも、嫌いとかって言われた訳じゃないし」
何だか開き直っているような、そんな藤代に私は小さく棘を刺す様に言葉を紡ぐ。
「でも、これから私が本当に藤代のこと、その…、好きになるかなんて、分かんないよ?」
そう言うと、藤代は、不敵にニッと笑ってみせた。
ああ。
この笑顔は、私、    。
「好かれてみせようじゃん」
その笑顔のまま、尊大な言葉を私の上に振りかけて、まるで何事も無かったかのように藤代はヤキソバを食べ始めた。
私は悔しいし、怖いけれど、新しく生まれた私の中のざわめきを認めざるをえなくなった。
屋上は風が強くて、その風は何度も私の髪の毛を強く攫う。
けれども、私はそんなの気にする余裕は、もうとうに無かった。
















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