憎めない女
私は藤代誠二が好きだ。
もう、すっごく好きで。
どこが好きって、あの顔で無邪気っぷりと、サッカーしてるときの真剣な彼の、そう、ギャップってやつ。
とにかく、その時の私は藤代くんばかり目で追う毎日。
そうすると自然に目に入るあの子がいたんだ。
彼女は私と同じクラスで、サッカー部マネージャーの、。
私にとっちゃあ多少目障りな存在なのだけど、は嫌な女ではなく、むしろ付き合いやすい方だし、特別嫌いにはなれなかった。
同じクラスでも、所属しているグループは違うし、あまり話す機会は無いけれど、
たまに話しても結構ポンポン話ははずむし、サバサバしていて、そう。私は結構が好きなのだ。
だからこそ、あえて私は藤代くんの話題は決して出さなかった。
いくら好きで、付き合いやすい女といえども、敵には違いないのよ。
きっと、の方は、私が藤代くんのことを好きなことぐらい知っているのだろう。
……毎日、教室から見えたといっては騒ぎ、に藤代くんが教科書借りに来たときだって、そりゃあ後から騒いでたんだから、当然なのだけれど。
うん、でも、私からに協力して欲しいだなんて頼むことはしたくなかった。
それは、何ていうのか、女のプライドってやつなのかもしれない。
だって、私は気づいていたから。
その日、私が夕食をルームメイトのカナと食べているところへ、藤代くんが食堂に入ってきた。
その上、その時は何と幸運なことに、私の真後ろに位置する机へ向かってきていたのだ。
思わずカナに小声で興奮気味に囁いていたもの。「今日はすっごくいい日だ!」って。
でも、そのせいで、聞きたくないことも聞こえてしまったのだけれども。
藤代くんは、彼のルームメイトの笠井くんと一緒だった。
普段、彼らがどんな話をしているのか、なんてもう、興味沸きまくりなので、
私は背中全てを耳にする勢いで、全神経を集中させていたのだ。
気持ち小声で彼らは話していたのだけれど、私は一言も漏らさぬように注意深く聞いていた。
夕食のカレーがご飯に染み込んで染み込んでふやふやになるのも関係なかった。
『…で、それからは何も無いんだろ?誠二はどうもしようがないじゃないか』
『…そうだよなー。もう、ホントあれだよ!半殺しだよ!ヘビの半殺しってやつ』
『…それを言うなら生殺しだろ』
『…どっちでもいいよ。あれからには明らかに避けられてるし、もう俺、先走りすぎた!』
『…ホント、は分かりやすいけどな…』
『…まだ言うんじゃなかった…マジどうしよ…はー』
それからはずっと聞いていても、藤代くんが溜息まじりに「どうしよう」しか言わなかったし、
笠井くんからははうんざりしたように食を進める音しか聞こえてこなかったけれど、
私は、知ってしまった。
藤代くんは、に、告ったんだ、ということを。
それからは私、お皿の上には手もつけられず、カナと一緒に部屋に戻って、ベッドに入ってから、泣いた。
よく、耐えたと思う。
一緒に聞いていたカナは元気づけるためにか、
「でも、さんと付き合ってる訳じゃないみたいじゃん!むしろフられたっぽいじゃん!今がチャンスなんじゃない?」
なんて言っていた。
でも、私にはそうは思えなかった。
確かに、と藤代くんが一緒にいる姿を見るのは少なくなったけれども、
私が見る限りではいつもと同じだったから。
仲良さそうだったから。
それに、多分、だって藤代くんのことが好きなのだということを、女の勘が告げていた。
それでも、毎朝、サッカー部の朝練を見るために早起きしている身体はいつもの時間に目覚めてしまった。
ベッドの中で少しうだうだと悩んだけれども、まぁ見るだけなら誰にも文句言われないし、と私は歯を磨き始めた。
まだ夢の中のカナを起こさないよう、そっと部屋を出る。
いつものことなのだ。
けれど、まさか今日でなくてもいいじゃないか!ということが起こる。
私がいつもサッカー部の朝練を見ているのは自分の教室からなのだけれど、まったくタイミングが悪いというか。
なんと、と鉢合わせてしまったのだ。
「あれ?おはよう!早いね。日直だっけ?」
「…おはよ」
明るくいつも通りの。
が悪い訳ではないって頭では分かるのに、気持ちはついていかない。
つい、無愛想に返事をしてしまった。
焦っても、焦っても、私の気持ちはどす黒い。
「どうかした?体調、悪い?」
心配そうに首を傾げている。すごく憎らしく見える。
ああ、こんな私、嫌だなって思うけれど、まさか今日、こうやって顔をあわせなくてもいいのに!と思う。
「、藤代くんのこと傷つけて楽しい?」
「え?」
やばい。
何を言ってるのか、私は。
明らかにの表情が変わった。困った顔になっている。
でも、もっと困らせてやりたくて、私の口は止まらない。
「藤代くん、すごい悩んでるんだよ。が苦しめてるんだよ」
「何で…それ」
「聞いちゃったの。……ねぇ。は、藤代くんのこと、どう思ってるの?」
私がそう聞くと、は急に泣きそうな、そんな顔になった。
どうしよう、という気持ちと、ざまあみろって気持ちが半々。
こんなこと、私が聞く権利は無いのに。
それでも、は顔を上げて、口を開いた。
「………分かんないんだ。どうすればいいか」
「…分かんないってどういうこと?自分の気持ち次第でしょ?」
イライラしてくる。それが如実に私の言葉には出ている。
逆にはいつもとは違う、おどおどしたような感じで言葉を選んでいる。
「そうなんだよねぇ。でもさ、分かんないんだ…」
そう言って、困ったように笑った。
私はそれを見て、何だか、ふうっとに対してのイライラや怒りがなくなっていく気がした。
すると、すぐに私は後悔の念を感じる。
に、ひどいこと、してない?
「ごめん。。私、ちょっとカーっとなっちゃった。ごめん。嫌なこと言って」
そう言って私は頭を思い切り下げた。思わず涙が滲んでしまう。
「え、ちょ。いいよいいよ。大丈夫だから。…だって本当のことだし」
すんなりとは許容してくれた。
嫉妬に燃えて、嫌な女だったのに。私。
「本当にごめん。私、関係無いのに。ちょっと、に嫉妬してしまいました」
「いいって。本当に、私がいけないんだよなーって思ってるから」
そう言って、また、は困ったように笑う。
「本当に、どうして良いか分かんないんだ」
私は何も言えずに、黙ってしまう。
私の中には、この人好きだ!こいつは嫌いだ!しか無いけれど、きっと、の中はもっと複雑なんだろうな。
「……ゆっくりでいいんじゃない」
「え?」
私の呟きを聞き取れなかったか、は抜けた声を出す。
「…だからさ、ゆっくり考えたりして、その間に関係を作っていけばいいんじゃない?」
私がそう言い直すと、はぱっとニッコリ笑って、
「ありがと」
なんて言ったんだ。
もう、嫌いになれる女だったら、もっと私だって楽なのにさ。
ってば、こうだから、憎めないじゃないか。
私はその日から、藤代くんを目で追うことを止めた。
もちろん、気持ちをすぐに切り替えられる訳じゃないから、しばらくは好きなままだと思う。
でも、もし、もしに、とうまく行ったときに、ニッコリ笑って、「良かったじゃん」ってに言いたいし。
いつもと違う私に、友達が「告ってだめだったか?」なんて言うのには、「不毛な恋はしないことにしたの」と返す。
だって、あいつら、両想いなんだもの。
私は気づいていたくせに、それから目を逸らしていたから、こういう目にあってしまったのよ。
早く、いい恋がしたい。
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