「あー、やば。片想いだこりゃ」 割り箸を左右の手に一本づつ持ったままの私を見て、森長はふうっと呆れたように息をついた。 「なにそれ。まだそんなの信じてんの?」 「信じてるってか…つい占っちゃう訳なんだけどね。だって当たるもんよ。結構」 中学生の頃、話に聞いたことがある。割り箸を割って、きちんと均等に割ることができれば、両想い。片方が太くなってしまえば、片想い、とかいうやつだ。未だに割り箸を割るときは、何気なしに願掛けをしてから、割れ目に力を入れる。もう半ばクセみたいなものだ。 いびつに割れた、私の持つ箸。湯気ががんがん立ち上る丼に差し込んで、もちもちおいしいと評判のちぢれ麺を引き上げた。 森長はへー、と気のないように言うと、私も頼もうか迷った餃子に箸を伸ばす。その箸の頭の方はキレイに平等な太さになっていた。 私たちは中学時代からの同級生であり、先日始まった教育実習で行った母校で久しぶりに顔を合わせた。 そう、今は同僚というか戦友というか、まあ、同じ教職を目指す実習生同士なのだ。今日は実習生同士で飲み会があった帰り、ラーメンが食べたくなったという森長に同調した私とで飲んだ後のラーメンを食べにきたのだ。実の所、森長と二人で話がしたかったというのが大きいのだけれど、そんなのは億尾にも出してはいない。 「にしても、何で飲んだ後のラーメンっておいしいの?こんなんじゃ絶対痩せられないんだけど。 森長が食べたいなんて言うからさぁ…」 「人のせいにするんじゃありません!ていうか、別に太ってないじゃん。 いいじゃんこれぐらい平気平気」 「太ってなくは、ないんだけど…」 さらりとフォローしてくれるあたり、森長の根本的な部分は変わってなさそうだ。 「ねえねえ、今でも風祭くんとか水野くんとかに会ったりする?」 これがとんこつしょうゆって味なんだ、とレンゲで汁をすすって、私は聞いた。 森長はうまいなー、と呟いてから、答えてくれる。 「いや、会うことは無いなー。あっちは皆忙しいからね」 少し遠くを見つめるように、森長は箸を休める。 それを聞いて、私は改めて森長を見つめてみた。中学時代よりもずっと高くなった身長。髪型も違う。でもなんて変わらない印象を与えてくれるのだろう。彼の着るポロシャツのワンポイントをじっと見ながら、私はそう思う。 中学時代の活き活きとサッカーのことばかり考えていた森長のことは、すぐに脳裏に浮かんだ。 「じゃあ、晴れて先生になれたらさ、サッカー部の顧問になってね?」 ほろ酔いのいい気分も手伝って、私は言った。森長は、ははっと声を出して笑ってくれる。 「えー、じゃあは女子部の顧問になってくれよ?」 「さあ、赴任先に女子部があるかどうかは分からないけど」 「無かったら、作るんだよ。あんときの小島さんみたいにさ」 優しく笑って森長は言う。 このとき、私はやっと気がついた。 変わらない印象の理由―彼の瞳はずっとあの頃のまま、輝いているからだ。 何だか急に恥ずかしくなって、私は目を伏せる。それから森長が「おいしいから食べてみる?」と勧めてくれた餃子をつまんでみる。 「そうそう」 不意に森長が始めた。私は顔だけあげて、話の続きを促す。 「さっき片想いって言ってたけど、、好きなやついるの? あれ、中学んときの細川は…?」 急に振られた話の内容に思わず、まだ皮の中が熱い餃子を吹きそうになる。 「あー、ああ、細川くんねー、いたねー。そんな人も。ていうかよく覚えてるね?」 水を飲み下し、喉につまった餃子を流し込む。「うまいよね餃子?」と言う森長に返事を返せない。だって味わう余裕がなかった。 「そんな人って…、まぁ、中学時代の恋愛なんてすぐ終わるもんか」 「んー、うん、そうかもね」 実はその細川くんとは高校時代も付き合っていた。大学入学と共にお別れしたのだけど。だから私の青春を代表するような人だった。思わず懐かしくて割り箸の妙に太い所を見てしまう。 「森長は?どうよ。今、彼女とかいるの?」 私がそう言うと、彼のちょっと酔いの残る目元がぱっと大きく開いた。 「俺のことはいいって…」 「えー?私のことばっか聞いたって不公平じゃんかー。教えてよー」 森長は黙って麺をすする。私も一緒にすする。咀嚼する。飲み込む。 「…うん、今はいない」 「今はいないんだ」 「そう。かれこれ1年くらいになるかなー…」 「そっかー」 お互いごくごく普通に青春を送ってきたのだろう。もちろん、まだこれからだって送るつもりなのだけれど。私は森長を少し見上げながら言う。 「じゃあ今度、友達紹介してよ。私も友達連れてくし」 「うん、まあ、でも俺はでいいんだけど」 一瞬聞き流すぐらいのさりげなさで森長はそう言った。 私はその言葉に箸を動かす手を止める。 もしかして、ここは笑うところ? 「なにそれーリップサービス?」 あははーと付け加えて森長を見ると、微笑んだまま森長は私を見ていた。 「別にそういうんじゃないよ。まじで思ったから言ってみた」 ちょっと恥ずかしかったのか、誤魔化すかのように声を出して森長が笑う。それからぽつりと、言った。 「いや、ちょっと、何か言ってよ。恥ずかしいじゃん」 そう言われても何も返せず、私は黙り込む。横に長い皿の丁度真ん中に、ぽつんと餃子が残っているのをただ見つめた。もう、中身はそんなに熱くはないはず。 「ごめん、………何か俺舞い上がってたみたい。恥ずかしいんだけど。酔ってたってことにしといて」 彼はその茶髪をかきむしり、再び丼に向かった。私は相変わらず箸を止めたまま。でも黙っているのは居心地が悪い。私も意を決して、口を開く。 「あの、うん、つうか、ほら、割り箸キレイに割れてるじゃん。森長のやつ。それって両想いってやつだよ。いいかも。私も森長が」 こういう風に言ってしまうのは酔った勢い? だらだらと言い訳がましく私が言ったセリフ、森長は単語ひとつひとつに頷いて、そして最後に吹き出した。 「中学んとき、俺がのこと好きだったの、知らなかっただろ」 嘘みたい。「嘘ばっか」と言いながら、胸の奥がくすぐったい。私は細川くんしか見ていなかったからそんなの気づくはずもなかったのだ。 森長のことが好きだ。未だに眩しい笑顔で笑うことができるの、それは自分で気づいてるんだろうか?この間、久しぶりに会ったときに見せてくれたその笑顔に私の方が惹かれていたんだよ、と告げようとして、やっぱり恥ずかしくて、口の端からは笑い声しか漏れてこなかった。 代わりに、片方が太い割り箸の頭を見て、当たるも八卦、当たらぬも八卦、と呟いた。 |