一ヶ月前は、区立図書館で会った。
二週間前には、他校で練習試合中に会った。
三日前には、寮の近所のコンビニで会った。
…偶然にも程があるだろう。















 ほ ど け る 夏 















私はその見覚えある後姿を見つけて、ぎょっとした。
私服だし、もしかしたら違う人かもしれないけれど、
まさか、また?
咄嗟にスニーカーの並ぶ棚に身を隠しながら、そっと様子を伺ってみると、今度はもっと驚く。

「お前何してんの」

後姿であったはずの彼が、急に目の前にいたのだ。

「何って……用事で」
「こそこそして、あやしすぎ」
「いや、別にこそこそなんてしてないし!」
「っつうか、本当にお前とはよく会うな」
溜息まじりにそう三上は言うと、前髪をうざったそうにかきあげた。
本当に私もそう思う。仕方なく、苦笑いをしつつ、頷いた。

私とこの人、三上は同じ中学に通い、そして同じクラスの一人というだけで、他には接点はない。
けれど、外出するたび、至るところでこの三上とは何故だか顔を合わすのだ。
今日も、たまの部活の休みの日なので、バドミントン部である私はラケットのガットを張り直すべく、こうして電車に乗って、別の町のスポーツ用品店へとやってきた。
すると、またしても三上とばったり出会ってしまったという訳だ。

「…で、三上は何してんの?」
「俺も、買い物」
三上はそう言うと、手に持っていた、スパイクを少し持ち上げた。
三上はサッカー部だったから、まあこういうところに用があるのも分かる。
でも贔屓にしているお店まで一緒だとは…。
「何、お前一人?」
「え、うん」
「じゃ、ちょっと待ってろ」
「え?」
強引にそう三上は言い残すと、自分はさっさとレジへ向かっていった。
何で待ってなきゃいけないんだろう?
「何なの?」
精算を終えたようで、レジ袋をぶら下げた三上は真っ直ぐに私の元へ来ると、ぽつりと言った。
「俺、喉渇いたんだけど」
「はぁ」
何となく、三上が示唆するところが見えた気がして、私は瞬きをした。
は?」
自分は何でもないような顔しやがって。
「渇いた…かも」
妙に私だけが意識してるみたいじゃない。

このスポーツ用品店の入っているビルの一階にはコーヒーショップが入っている。
そこへ私と三上はお茶をしにやってきた。
いや、お茶をしに、という形容は何だかやっぱりしっくりこない。
デートみたいで、恥ずかしい。
そこでも、驚くことに、三上はおごってくれた。
お店のお姉さんに「ご一緒ですか?」と聞かれ、私が別々です、と言いかけたところ、三上は勝手に「はい」と答えてしまった。
否定するのも気まずいなぁ、と思っていたら、支払いまで三上が済ませてくれた。
何だか調子が狂う。

「三上、はい」
「何だよ。別にいらねぇよ」
席について、私が財布から500円玉を取り出すと、三上は手でしっし、と追い払うような仕草をした。
「でも」
「別にいいって。元々俺が言い出したんだし」
もう取り合わない、と言うように、アイスコーヒーを飲み始めた三上を見て、私はしょうがないか、と小銭をしまう。
「じゃあ、うーん、また今度どっかで会ったら何かおごるわ」
私もアイスラテを一口飲んだ。電車や店の中のエアコンは湿気をたくさん取っているだろうから、喉も喜んで水分を飲み下す。とても、おいしい。
「あー、それならいいかもな」
椅子に踏ん反り返るようにして、三上は言った。
『また今度』が本当にどこかであるのかは分からないけれど、やっぱり三上とならどこかで会う気がする。
「マジで、と何でこんな会っちまうんだろうな」
私はうーん、と考えるように唸ってみせる。考えたって分からないけど。
「こういうのってあるんだね。偶然の偶然、みたいな」
「いや、今年入ってから何度目だよ?偶然会うの。コレ偶然どころで済むか?」
私の言葉に半ば呆れたような顔をしている三上。偶然どころじゃなきゃ、一体何だって言うんだろう。
「…まさか、三上、運命とか言わないよね。きもっ」
「はぁ?んなこと誰も言ってないだろうが!きもいって何だお前」
偶然でも運命でも何でもいい。
少しでも、三上と繋がっていられれば、私は何となく嬉しい。
『好き』の一歩手前、みたいな感じなのかな、と私は一人で結論づけて、氷の浮かんだラテをまた一口飲み込んだ。
三上の顔がほんのり赤い。
恥ずかしいこと言ったって思っているのだろうか。
可笑しくなって、笑えた。

何となく取り留めのない話をして、コーヒーショップを後にしたのはもう夕方だった。
まだ日は高いけれど、あんまり遅いと寮のご飯を食べ損ねてしまう。
は寮帰るんだろ?」
「うん。三上もでしょ?」
「あぁ。また明日は部活だしな」
「あたしもだ」
夏休みといえども、運動部員には過酷な夏。休み、という感覚じゃあない。それなのに宿題ばかりたくさん出る。皆、いつ課題に手をつけているのか不思議だ。

帰りの電車は割りと空いていて、座席に腰を下ろすことができた。もちろん、隣に三上も座る。これからが混みあう時間帯なのだろう。
「…でももう、引退だもんね」
「ああ」
何となくしんみりして、そう呟くと、三上だってそう思っていたのか、湿った声で返事があった。
「三上、部活、楽しかった?」
「あ?…さぁ、どうだろうな」
うちの学校のサッカー部は名門と呼ばれる由緒正しき部で、その分練習も厳しいと噂されている。
それでも、三上の表情は何となく素直な気持ちの表れのような気がする。
「良かったんでしょ」
「さぁな。お前こそ、バド部はどうだったんだよ」
「あたしは楽しかったよ?」
しばらく、二年半続けた部活のことを思い出してみた。
練習は確かにキツかった。始めて本格的に運動をやろうとした私だったので、最初の頃は辛くて、放課後は憂鬱だった。でも、優しい先輩と、楽しい仲間がいたから、最後まで続けられた。
「…何かこんなこと考えると寂しくなっちゃう」
「まだまだ卒業は先だろうが」
卒業したって、顔ぶれはあまり変わらない。このまま高等部へ進む人がほとんどだ。
それでも、自分の中学生活が時機、幕を閉じるのだと感じて、ほんのりと寂しくなってしまう。
「卒業したって、どうせ俺もお前も同じ学校だしな」
「…いや、別に三上と離れるのが寂しいって言ってる訳じゃないから」
「俺は皆同じだってことが言いたかったんだっつの」
何なんだ。三上。もしかして私のことが好きなのか?
そう思ってしまえるような発言や行動ばかり、今日は目立つ。
隣の席に座る、その当人をしばし見つめてみる。
「………何だよ」
「分かんないなぁ」
「は?」
三上は普通の顔をして、私のことなんて意識していないかのように、どっかりと座っている。
「見んなよ」
「別に、見てない」
「いや、すっごい見られてんだけど」
「そう?」
やっぱり、分からない。

最寄の駅に着いて、そして真っ直ぐ寮への道を歩いていると、斜め前を歩く三上がぼそっと言った。
「……ってやつ」
「え?」
うっすらとは聞こえたが、何と言ったかまでは分からなかったので、私は聞き返す。
「何か言った?」
「お前は縁っての信じる?」
三上は至極真面目な顔をして言う。
空が少しだけ、その色を薄くさせて、陽が傾いていた。
ゆっくりと歩みを進めながら、私は答える。
「うーん、もちろん、あるんじゃないかと思うよ」
「そうだな」
肩を並べて、歩く。
「お前とは何か、ある気がする」
私は茶化す気にならなくて、ただ、うん、とだけ答える。
三上が持つ、買い物袋をカサカサ音を立てて、持ち替えていた。
その空いた手を三上は私に差し出す。
少しだけ考えて、私はその手を取った。










stage.213 お題:091,糸


企画に投稿した作品。
可愛らしい青い三上が好きなんだと私は気づきましたよ。
  






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