ピン、ポーン


今思えば、今日こうしていられるのは母親のおかげだった。











公 園 に い き ま し ょ う















「ねぇ祐介、回覧板さんとこに回してきて」
「ええー?」
テスト期間中のため、部活も無いうららかな日曜日。
俺は居間のソファでごろごろとくつろいでいた。
突如、母親からかけられたおつかい、といえば可愛いが、その実非常に面倒な話に俺は思わず嫌そうな顔をしてみせた。
本音を言えば嫌というよりも、むしろ嬉しいようなことなのだけれど。
「あんたも勉強してるなら私も頼まないけどさ、ちょっとは手伝いってもんをしなさいよ」
母親は掃除機を軽く振り回してそう言う。
嫌味まで織り交ぜて。
そう言われると、あまり強くも言えずに(本当だし)俺は何も言わずにテーブルの上にあった回覧板を手に取った。
「あ、それと、そこのん、持ってって」
「…やっぱり」
母親が示した先には、ビニール袋いっぱいのさつまいも。
昨日、田舎からダンボールいっぱいに届いたその物だった。
持ってみると、やはりずっしりと右腕にそれが伝わる。
「重っ…」
「何言ってんのよ。男の子でしょ」
「それでも重いもんは重いよ」
と言いつつも、玄関に俺は向かう。
さっさと行って帰ってくるに限るのは言うまでもないからだ。
そうしてわずかな期待を持ちながら、俺はスニーカーを足につっかけた。

さんの家は斜向かいだけど、ウチとの間には大きな駐車場があるのでちょっとだけ、歩く。
母親はきっとこの距離を、いもを持っていくのが嫌だったのだろう。多分。
俺だって重くて嫌だ…。
目的のインターフォンまではもうすぐ…。
「つ、い、た」
昔は結構遊びにきたこともあったけれど、最近はちっとも来ることもなくなったご近所さんだ。
さんは、いるのだろうか。
チャイムを押すと、可愛らしい声がすぐにドアの方から聞こえる。
「はーい」
と、玄関のドアをすぐに開けたのは、小さな女の子。
あれ、さんち、こんなに小さな子、いなかったと思うんだけど…。
「ちょっと!ひなちゃん!すぐ開けちゃだめ…!あれ、祐介くん?」
「あ、どうもこんちはー」
すぐに後ろから女の子を追いかけてきたのは、さんちのおねえさん、さんだ。
……何で子供がいるのだろうか。
多分そう思ったのがまんま顔に出ていたのだろう。さんは笑いながら言う。
「ごめん、祐介くん、びっくりしたでしょ。ひなちゃん、こんにちはーは?」
「こんちはぁ」
そのひなちゃん、と呼ばれた女の子はにっこりと屈託無く笑いながら、俺を見上げて言った。
思わず俺の頬も緩んで、「こんにちは」と返す。
それを微笑みながら見ていたさんはひなちゃんの頭をなでた。
「えっと、さん、この子は子供、じゃないよね」
俺がそう言うと、おねえさんはすぐに首を思いっきり、力いっぱい、横に振った。
「こんな大きい子供がいたらたまらんよ!この子はイトコの子でひなちゃん。
 今日、ちょっと親戚で不幸があってねー、うちの両親もイトコも行っちゃって、私がひなちゃんを預かることになったのよ」
慌てているみたいに、早口でそう言うさんは何だかちょっと可愛らしい。
「そうだったんだ…。そうだよね。さん結婚もまだしてないしね」
「当たり前でしょ!相手もいないってば」
あはははは、と笑い合う。俺は内心、良い情報もついでに手に入れることができ、嬉しくてラッキーかな、とそのことについてこっそり、笑った。
さんは、にこにこと笑いながら、口を開く。
「久しぶりだねー、あがっていかない?」
正直嬉しい申し出に、俺は慌てて手を振る。
「いや、あの、えっと、コレ、回覧板と、このいも、田舎から送ってきたんだけど山ほどあったから、母が持ってけって」
あー、何か、ちょっと久しぶりすぎて緊張。
すげぇ、ヘンかも、俺。
思わず苦笑いが出てしまった。
さんは笑顔のまま、腕を中へ導く。
「何で、改まる必要もないでしょー。あがっていったら?ね、ひなちゃん」
声をかけられた、ひなちゃんは大きい頭を縦に振りながら、うんうん!と大きく言っていた。

家の居間は、昔とはちょっと家具が変わっただけで、雰囲気は変わってはいなかった。
ソファに座るよう促され、そのまま言いなりに腰を下ろすと、隣にひなちゃんはよじ登ってきた。
「えへへ、おにいちゃん、私、ひな、よ」
ひなちゃんは柔らかそうな髪の毛を二つに結んでいて、その先がふわふわと揺れている。とても可愛らしい。
また、自然に笑みがこぼれる。
「俺は、祐介だよ」
「ゆうすけくん!」
人見知りなんてしなさそうな(実際してないし)そのひなちゃんは、ソファから飛び降りると、お茶を淹れているさんの元へ走っていった。
ちゃん!ゆうすけくんだって!」
「うん、お隣のね、お家の祐介くんだよ」
「ゆうすけくん!」
居間の中では、さんのお茶を淹れる、こぽこぽこぽ、という柔らかい音と、ひなちゃんの、きゃらきゃらきゃら、という笑い声が響く。
あー、何か、幸せっぽい…。
「お茶、どうぞ」
「あ、すいません」
「ふふ」
突然笑い出すさん。俺は何だろう、と眉を寄せてみた。
「どうしたんですか?」
「…だって、『すいません』だって!祐介くんが!ヘンだよー」
そんな思いっきり笑わなくても…。
ひなちゃんもつられて笑っている。
何だか複雑な気持ちに駆られながら、俺は呟く。
「俺だって、成長したし…」
「ふふ、そうだよねぇ。しばらく遊んだりなんてしなかったもんね」
ゆっくりと瞬きをしながら、さんもそう言った。
久しぶりに会う近所のお姉さん、は、ますます綺麗になっていた。
俺が小さいときには、さんのことが好きで好きでよく後を追いかけていた。
さんはそんなこと、すっかり忘れているのかもしれない。
だって、さんはいつもいつも俺よりも数歩先を歩む大人の人だから。
『相手はいない』なんて言ってたけど、好きな人ぐらいいるかもしれないしなぁ。
そんなことをぼんやりと考えていると、急にひなちゃんが俺の服の裾をひっぱった。
「ん?」
「ゆうすけくん、こうえんいこうよー」
首を傾げながら真っ直ぐにそう見上げられると、その可愛さに大きく頷きそうになってしまう。
慌ててさんは言った。
「ひなちゃん!祐介くんだって忙しいんだから、ちゃんと行こう?」
俺は思わず腰を浮かしたさんを制していた。
「いいよ。行こうよ!」
やったー、と両手をあげるひなちゃんと、驚いた顔のさんが顔を合わせている。
俺は何だか楽しくなってきていた。
「祐介くん…いいの?」
「俺も暇だから、平気」
「ありがとう…実は一人じゃひなちゃん持て余してたりするんだ」
見るからに元気を身体から振りまいている小さな子を見やりながら、さんは小さく笑った。
その顔がすごく近しい者のように思えて、俺はとても嬉しくなる。
「じゃあ、3人で、行こう!」
「わーい!」
何だか家族みたいだなって、思ってちょっとだけ恥ずかしくて、誤魔化すように笑ってみた。

今の丁度良い気候の時期の公園は、家族連れや小学生で結構込み合っていた。
俺みたいな中学生や、さんのような高校生は逆に一人も見当たらない。
ひなちゃんは一目散に砂場へ走っていくと、何事かを振り返って大声で言う。よく聞き取れなかったけれど、多分来いということだろう。
俺はとりあえず、砂場にいた他の親子に会釈をして、ひなちゃんの側に寄って行く。
「…祐介くん、結構乗り気?」
後ろから追いかけてきたさんに俺は笑って返す。
「案外そうかも。一番おっきな山作ってあげよう!」
さんはえー、と声をあげながらも、腕まくりを始めた。
なのに、
せっせと砂をかき集める俺たちを余所目に、肝心のひなちゃんはお友達を作って、おままごとを始めてしまった。
「……はい、おちゃどーじょー?」
「……いただきます。あら、ちゃっぱかえたの?」
その様子に俺の目は自然と細くなってしまう。
隣を見ると、さんも、苦笑い。
「ここまできたら、山、作ろうかー!」
「え、まじっすか。俺張り切っちゃうよ」
きゃはは、と声をあげてさんが笑う。
人間って何年か経っても、笑顔ってあまり変わらないんだなぁ、と俺はその笑顔につい、見とれてしまった。
そんな俺の視線を笑顔のまま、受け止めてくれたさん。
その心地よさについ自惚れてしまいそうになってしまう。
恥ずかしくて、俺は砂を無心に集めることに専念した。

数十分後、砂場には子供の膝ぐらいまでの山(俺とさんの会心の作、トンネルつき)と、ひなちゃんの持ってきていたおままごとセットが一箇所に固められて放置されていた。
「いやー、久しぶりに砂なんていじっちゃったね!あ、祐介くんは毎日砂まみれじゃないの?サッカーで」
ベンチで一息つくさんは明るく笑った。
「知ってたんだ」
俺は驚いてさんの方を向き直る。俺と、さんの間に座るひなちゃんが見上げてきていた。
「お母さんが言ってたよ。毎日遅くまで頑張ってるらしいわよ、とかって。レギュラーなの?」
くすぐったい気持ちになって、わざとひなちゃんの方に目を合わせて、頷いてみた。
ひなちゃんは不思議そうな瞳で返してくる。
「すごいじゃん!」
そうさんが言うのにひなちゃんまで口を揃えて言う。それが可愛らしくって、さんと顔を見合わせて笑った。
「ああ、ひな喉かわいたなぁ」
「じゃあ、私ジュースでも買ってくるわ。祐介くんとひなちゃん、待ってて」
そう言って、さんは慌てて立ち上がって行ってしまった。
その素早さに目を見張る。
慌てるさんなんて、珍しい気もするな。
「…ゆうすけくん」
「ん?何、ひなちゃん」
ひなちゃんの顔を覗き込むと、いたずらを思いついたときのように、とても楽しそうに笑っている。
「ゆうすけくんって、ちゃんが好きでしょ」
さんがいなくなった隙にそんなこと言うなんて…!
俺は不覚にも動揺を隠せずに大きな声で「ええ!」と聞き返してしまった。
聞いてはいるけれど、4歳ともなればマセているというか、一人前な口を聞くようだ。
ひなちゃんはにこにこ顔のまま、続けていた。
「ゆうすけくん、ちゃんのことすごい見てるし、そうかなって思って。ひなもちゃん好き」
そうひなちゃんが言うのを聞いて、俺は少し安心した。
成る程、大して深い意味で言った訳じゃなかったみたいだ。
「あ、ひな、ゆうすけくんも好きだよ!」
慌ててそう付け加えてくれるひなちゃんに俺は思わずにやけてしまった。
「お待たせー!はい、りんごとオレンジとどっちがいい?」
すぐにさんは走って戻ってきた。そんなに急がなくてもいいのに、でもそれが年上とはいえ可愛らしくて、俺は笑顔で迎えていた。
「ひなは、りんご!」
「じゃあ俺はオレンジで、ありがとうございます」
さんの手が少しだけ、俺の手に触れた。缶ジュースを持ってきたせいで冷たくて、でもすごくどきどきしてしまう。
それに輪をかけるように、ひなちゃんが喋り始めた。
「あのね、ちゃん、ゆうすけくんがちゃんのこと好きだって!」
「え?」
一瞬、空気が止まったかのように、感じた。
一気に顔が熱くなり、頬へ向けて熱が集まってくる感覚が分かった。
さんはというと、これも俺と同じように、頬を染めている。
ああ、本気にとられているんだ!
ちゃんも、ゆうすけくん好きでしょ?」
思わず、期待を込めてさんを見てしまいそうになったけれど、ぐっと抑えて目を逸らした。
「うーん、その、えっと、好き、だよ」
すき、だって!
でも、それはひなちゃんの手前、というか普通に近所の付き合いとしての好きなんだろう、と思う。
ただ、それだけでもすごく嬉しいのは事実で、思わず顔が緩んだ。
「祐介くん、優しいし、実は最近中学校の側通って、サッカーしてるの見たことがあったんだ。
 かっこよかったし、すごく、素敵だった。好きだよ」
畳み掛けるように、さんは早口で言った。
思わず顔を上げると、さんと目があって、はにかむように、弱く笑っていた。
頬はほんのり紅くて、口をついて出るのは信じられないような言葉。
俺は急に幸せ度がすぎて、高い空を仰いで、笑った。
小さなキューピッド役を務め終えたひなちゃんは、俺の隣で満足そうに、りんごジュースを喉を鳴らして飲んでいた。
俺は、何て言って返したらいいんだろうか。嬉しいよ?俺もずっと好きでした?
とりあえず落ち着くために、オレンジジュースのふたを開けた。














3000番を踏んでリクエスト頂いた、望月ゆめさんにささげるドリームです。
リクエストは、森長と年上ヒロインがなぜか子供を預かる話、とのことでした。
しょうじき、はーどるたかすぎでした…!が、小さな子供を書けてちょっと幸せです。
タイトルも思いつかなくて、おかいつ(おかあさん/と/いっしょ/N/H/K)の歌から…
ひなちゃんのモデルは姪っこ(4歳)。私の結婚指輪を欲しがったので、「じゃあ○○くん(旦那)と結婚する?」と聞いたら、「ええ…△△くん(保育園の友達)がいい」と言っていました。
楽しく書けて、私としてはうきうきでした、が、ご希望に添えられたかどうかは…!ど、ど、ど、どうでしょうか…?


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