わ た し の 王 子 さ ま 












ああ、吐きそう。
分かっちゃいたんだ。風邪気味だってのは。
ホント、でも、今日は週明けのテストがある日だから、どうしても学校休めなくて。
だから、私は満員電車に揺られていた。
お母さんはまた追試受ければいいじゃないって言ったけれど、私はどうしても嫌だったのだ。
あー、吐きそう。次揺れたらやばいかも。
何より、こう蒸し暑くて、しかも密着してるのがハゲおっさんだから、こう、体臭も朝からキツいんですけども。
「おい、大丈夫か?」
私に?声かけられた?
私は急に声のした右上方をそうっと向いた。
あ、でも、ホント出そう。
声をかけたであろう人物の胸元が見えた。
あ、同じ制服、同じガッコ…?
その時、ポロポロリン、と音楽が鳴って、最寄ではない駅についてしまった。
吐き気のあるときの人の乗降っていうのはとても危険で。
否がおうにも、席につけなかった私は人の波にのまれなければいけなくなり、非常に身体が揺さぶられ、やばい。
あ、ドア開く…!

!!

その時、私はぐっと引っ張られた腕の力によって、電車から降ろされてしまった。
うそうそうそ。何で!これ逃したらちょっと遅刻しちゃうっぽい。
いつもは寮から通っているから、電車で通学なんてしない。
けれども、週末実家に帰っていた私はそのまま実家から学校に行くことになり、うっかりとギリギリの電車に乗るハメになってしまったのだ。
だから、ギリギリなの!やばいの!
誰だよ腕ひっぱったの!つうか、引っ張られたせいで余計気持ち悪さが、増して、きた。
「やば、きもちわる」
「お、おい!」
「………ごくん」
喉まできちゃった胃の中身を、私は強引に押し戻すことに成功した。
喉がヒリヒリいたいけど。
頭の中身がぐるぐると回るが、今ので少し落ち着いたらしい。
それに、混んだ車内から出られたことが、一番の理由にもなる。
腕を引っ張った人に感謝かな。
未だ握られる腕の先を見る余裕が出てきた。
やっと顔を上げて、私は少し驚いた。
見たことがある、気がしたからだ。
でも、どこで見たのかは覚えていない。
彼はやっと手を離し、固まる私に「大丈夫か?」と声をかけた。
何か、言わなくちゃ。
「ありがとう、ございます」
私がそう言うと、彼は心配げに眉を寄せていた顔から、ふうっと息を吐き、安心したように少しだけ笑った。
「あんた、顔白すぎ」
彼はそう言い残し、すぐに立ち去ったのだ。
…。
ぷしゅうっと音を立てて、少し遠くで電車のドアが閉められていくのが見えた。
いけない!と慌てて飛びつくも、時既に遅し。私を置いて、電車はゆるゆると動き始めてしまった。
折角助けてもらってなんだけども、何か、何か、何だそりゃ。
しかも、助けてもらったっていうか、学校遅刻だし!
こんなんじゃ休めばよかったかな、と項垂れたその時。
頬に冷たい感触を感じ、慌てて飛び退いた。
「な!」
「飲めよ」
さっきの彼がなんとポカリを私の方へ突き出していたのだった。
今の電車に戻ったんじゃなかったの?
やっぱり、何だか親切な人?
私は素直にそれを受け取り、また頭を下げた。
「ありがとう、ございます」
彼はニヤ、と薄く笑った。
この人、どっかで見たことあるんだけどなー、と私はその笑顔を見てまた思う。
何より、顔がキレイに整っているし、笑っても普通の顔でもすうっと垂れている目尻。何だか見たことある。
ウチの学校は生徒数が多いことで有名な部分もあるし、ただすれ違ったくらいあるかもしれないんだけど。
ぼーっと見ていると、彼が口を開いた。
「何だ、俺に惚れたか?」
「ち!違います!ただ、どっかで会ったことあるかなーって思って…」
「そりゃ同じ学校だから会ったことぐらいあるかもしんねーな」
「そ、そうですね」
すごい横柄な態度。
親切な人なのに、この態度。
うーん、分からない。多分どこかで会ってるんだろうなー。
「お前、何年?」
彼は私の隣に腰を下ろし、もう一つもっていた缶コーヒーのプルタブをぷしゅっと開けた。
「私、3年C組」
「3年?つうか、俺Dだし、隣じゃん」
あ、そっか。だから見たことあるんだ、と納得。
そうして私も彼に倣って、腰をおろした。ありがたく頂戴したポカリを開けて、一口飲む。
口内がすっきりして、気分がまた少し良くなる。
「俺の名前、知らねぇの?」
彼は私を見ずに、ホームを見ながら自嘲気味に鼻をならした。
この人、何?
「知らない」
「だよな」
彼は改めて私の方を向いた。
端正な顔がきゅうっと歪んで、くしゃっと笑顔になった。
さっきのニヤってのより、よっぽどかっこいいな、なんてちょっぴり思う。
「俺、三上亮。知らね?」
「知らない…」
そんなに有名人なのか?三上亮。みかみあきら…どっかで聞いた…。
……てん。
あ!あ!思い出した!ユーコがかっこいいって言ってたサッカー部の人かな!?
そういえば、一度だけ練習のぞきに付いていったことがあった!
思い出してみれば、そうだったかもしれない。
確かに、顔はかっこよかった気がするけれど、よく覚えてはいなかった。
私は元々彼に興味は無かったし、サッカーもほとんどルールが分からないようなものだし。
「俺のこと知らねぇ女子がいるんだな。なんか新鮮でいい。お前、何てーの?」
今更やっぱ知ってました、なんて言えないし、思い出したことは黙っておこう。
何だか三上くんは嬉しそうだし…。
そんなに知らないことが嬉しかったのか?
「私は、
目が合うと、口元だけニっと笑っている。
。お前あんな白い顔して電車乗ってんなよ。車内で吐いたらどーすんだよ」
くくっと声を殺すようにして三上くんは笑った。
私はポカリをまた一口飲んでから、口を開く。
「だって、今日、テストでしょ。いかなきゃってそれしか無かったし」
「あー、そういやそうだったか。つうか、もう完璧遅刻だけどな」
三上くんは目だけ私に向けて、言う。そうだ、その通りだ。学校に電話しなきゃいけないかも。
私は俄かに慌てて立ち上がった。
「次の電車、何分だろ?やばくない?三上くんだってやばいでしょ?」
「どうせ追試だし、午前中には終わんだから、サボっちまう」
さらりと言われたその言葉にええー!と反論しつつも、それもそうだな、なんて思い始めた。
、デートすっか!」
「えええー!?」
今度こそ、声をあげてみたけれども、私は内心楽しくてしょうがなかった。
テストは追試。学校はサボり。男の子とデート。
何だか、普通じゃないもの。
、どこ行きたい?」
三上くんは、まるで王子さまのように、手を差し伸べて立ち上がった。
すごい、かっこいいかも!
何より、私の恩人な訳だし?
私は恥ずかしいけれど、差し出されたその手に自分のを重ねた。
「じゃあ、まず三上くんのこと、色々教えてください?」
彼はニヤっと笑うとそのまま私の手を引いて歩き始めた。
階段を降りて反対側のプラットホームへ着くと、ちょうど電車が入ってきたところだった。
その騒音に紛れて、彼はぼそっと言った。
「ホントは俺は前からのことは知ってたけどな」
耳元で囁かれたその言葉の意味に何か深いものを感じて、私は思わず顔が赤くなってしまった。
それって!
私のこと、見てたってこと?
開いた電車は席がポツポツ空いていて、とりあえず並んで座ることができた。
さあ、これからどうしよう?スタバでも行って、おしゃべりしましょうか?
私は気分の悪さなんて、どこかに飛んでしまっていることすら気づかぬ程に、三上くんに心奪われてしまっていたのだ。

















タイトル付けに本気で悩んだ。
つうか、王子さまて……
わ、笑わないで…




夢メニューへ
TOPへ