日 曜 日 の 恋 人













ある晴れた、日曜日の昼下がり、一人で公園のベンチにぽつんと座る女が一人。
それは私。
天気が良いと、この公園も人が多いなぁ、とやや曇る瞳で周りを見渡した。
小さな子供を連れた家族連れ、若いカップル、ボール遊びに興じる小学生たち。
その中の家族連れを目にして、私は溜息にもならない何か気持ちの悪い、どす黒い気持ちを押し出したくて、息を吐いた。

なにが、家族だ、ばかやろう。

私は、昨晩、3年間付き合った彼氏に振られた。
彼は、妻にお前のことがばれそうだ、と一人で騒ぎ、一方的に私を切ることで、その騒ぎを自分で収めたのだ。
3年間の愛人生活が突然に幕を下ろされた私は、その幕の裏で、状況整理をすることもおぼつかないまま、ただひたすらぼんやりとしていた。

もう、実家帰ろうかな…。

そう私は思ったのだけれど、実際家を出ると、つい彼がよく待っていてくれたこの公園に来てしまったという訳だ。
私の住むアパートの目の前のこの公園。規模も大きくなく、あまり人も来ないこの公園。
自分のしている行動のバカさ加減に呆れて涙も出ない。
何で、今、ここに私は一人で座っているのだろう。
部屋で、面白くも無いバラエティ番組でも見て、笑うマネぐらいしていたほうが、心の健康のためなんじゃないか、とか思う。

足元に転がってきた、白と黒のサッカーボール。
顔をあげると、小学生がこちらに手を振っていた。
うざったい。欲しかったら自分で取りにこいよ!
私はそれを見て見なかったことにして、そのまま座っていた。

「蹴るぞー!」

突然側であげられた大きな声にびっくりして顔を上げると、私の前には一人の男の人がこちらに背を向けて立ちはだかっていた。
そして大きく蹴り上げられたボールは真っ直ぐに、先ほどの小学生らの下へと戻っていった。
男の人は陽に透けてきらきらと揺れる、茶色い髪の毛で、何だかすごく背中が大きい。
私はしばしその光景に見とれていると、その男の人が振り向いたので、思わず顔を逸らした。
彼は会釈しながら、口を開く。

「隣、いいですか」
「は?はぁ」
私は目線をよそに向けたまま答える。
何だ、この人。ベンチなら他にもあるのに。
ナンパかと思ったけれども、何となく怖くなり、私は動けずにいた。
その男の人は私との間に少し空間を空けて、座った。
木製のベンチが、軋んだ。

「あの、どうかされましたか」

彼の低い声は私に届いたが、答える気力はなく、私はうつむいたままだ。

「すみません、気を悪くしないでください。俺、あなたを前に見かけたことがあって」

その言葉に、私は顔だけ、彼に向けた。
私はその柔和そうな顔に何となく見覚えがある気はしたが、どこで出会ったかは分からずに、首をかしげた。
「……どこかで、会いましたっけ?」
「ええ、角のスーパーでお勤めじゃないですか?」
「あぁ…はい」
どこかで見たことがあるのは、客として来ていたからか、と私は納得した。
今日は私服だが、確か、学生だと思う。よく制服のまま買い物に来ているな、と私は彼を思い出した。
私服だと、大人っぽく見えるけれど、彼は、高校生なのだろうか。
彼は微笑む。
私はさっきまでの嫌な暗い気分が少し薄れたことに、気づいた。

「いつも、俺、あなたのレジで買い物をしています」
彼は少し頬を染めて、言った。
私はその彼の仕草に少し笑う。
それを見ていたのか、彼は続けた。
「あ、そう、その笑顔が好きで、あなたの所に並ぶんです」

私は、今、笑った。
好きだった男に振られた翌日、明らかに年下の男の子の何気ない、ほんの少しの好意がにじみ出ている一言だけで笑えた。

「…私、今日、すごく元気無かったの」
今度はその言葉に、彼が優しく微笑んだ。
「そうみたいですね。先ほど、遠目で見かけて、そうなのかなって思いました」
「うん。だって、昨日、彼氏に振られたの」
「…そうなんですか…」
急にこんな話を振られて、彼は目に見えて困った顔をした。
私はそんな彼に、ただ聞いて欲しくなって、言ってしまったのだ。
「奥さんがいてね、その人。私、でも、初めから知ってたから、その人だけ責められないよね。でも、好きだったからいいかなって思ってた。
 けれど、結局彼は、家族を選んだんだ。私は捨てられちゃったのよね」
私は、笑いながら言う。
すると、彼は男の子らしい太い眉をひそめて、言った。
「悲しく、ないんですか」
悲しくないわけないじゃない。
すぐにそう言おうとした私は、言葉につまった。
涙が、出た。

優しい、男の子は、私が泣きやむまで、隣に座っていてくれた。

いつの間にか、薄暗くなっていた。
冬の日は短く、辺りにいた家族連れもカップルも小学生もどこかへ行ってしまい、今度は、犬の散歩をしている老夫婦や、おじさん、おばさんがときおり通り過ぎていった。

私がひとしきり泣いて、落ち着くと、彼はハンカチを差し出しながら、こう言った。
「そんなふうに、静かに泣かれると、抱き締めたくなったんですけど、いいですか」

彼は私の返事を待たずに、横から私を抱き締めた。

息苦しくて、何だかまた、泣きたくなった。



















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