初めに好きになったのは、どっちだったのだろう。




「なぁタツボン、あの子、誰見とるんやと思う?」
「はぁ?」
「タツボンなんか?俺なんかな〜?もしかしたら、ポチやったりしてな」
「お前、いつもそんなことばっかり考えてんのか?」
「ちょっくら、聞いてくるわ〜」
「コラ…!」

















               ベ イ ビ ー フ ェ イ ス 















私は中学校なんて久々に来たし、しかも私の通っていた学校ではないし、
どうしたら良いか迷っていた。
車で校門に乗りつけるのもどうかと思うし、教員用の駐車場とかもよくわかんないし。
とりあえず、校庭のフェンスの脇に車を停めて、運動部が練習しているのを見物することにしていた。

「…確かサッカー部って言ってたな。見えるかな?」

黒と白のボールが駆け回っているのがフェンス越しに目の端に映り、あっちか、と良く見える位置に移動する。
うーん、分からない。部員らしき男の子はチラホラいるんだけれど。
最近の子は発育いいな、皆、背なんて当然私より大きいな、と眺める。
が、肝心の人物がいない。
「外には出ないのかしら…あ、」
うわ、金髪の子がいる!ヤンキーなのかな、最近の中学生ったら怖いかも!とか思った矢先。
その金髪の子が、たったかたったかこちら目掛けて走ってきたのだ。
いや、どう考えても私のほう来てる!
もしかしたら、中学生の運動見てはぁはぁしてる変態とか思われた!?
ご、ごめんなさい!私、そういう趣味ではありません!
「なあ!ネーちゃん!」
「は、はい!!」
びっくりした!意外に低くて男っぽい声で「ねーちゃん」なんて声かけられたものだから、思わず敬語になってしまった。
「誰見とったんや?どこの中学?いや、高校か?あそこでたむろっとるムサイ衆がな、聞いてこいって煩いんやわ〜」
金髪の少年はその髪の毛に負けないくらい眩しい笑顔でそう一気にまくしたてた。
か、関西弁?な、なぜ。
「え?ていうか、私…」
中学?高校?恥ずかしくなって、顔が火照ってくるのが分かる。
うわ、勘違いされるかも!
そんな私を見下ろしながら、彼はニヤニヤしている。
「え、もしかして、俺なん?」
「コラ!!ナンパしてんじゃない!!」
パコーンと小気味良い音が響き、彼は頭を押さえてうずくまる。
その背後には見慣れた顔。メガホンを持って、腕組をして立つその人は。

「夕子先輩!探してたんですけど!」
「ごめんごめん。、久しぶり〜」

彼女は私の大学時代のサークルの先輩。
今は中学の先生をしているし、お互い忙しいし、かれこれ半年ぶりぐらいに会う。
ずっと、彼女が大学を卒業しても仲良くさせてもらっている先輩だ。
私のことを可愛がってくれている。

「佐藤くん!いつまでもはいつくばってないで、練習戻る!ホラ」
夕子先輩は今度は軽く、持っていたメガホンでぽこんと彼を叩いて、顔をあげさせた。
こうして見下ろすと、ちゃんと中学生みたいだ。
だって、今は半泣きだし。(そんなに痛かったのか…)
「え、え、姉さん、この子、夕子ちゃんの後輩なん?じゃー高校生でも無いん?」
「そうよー。何ナンパしてんのよ。相手にもされないでしょうが!オトナをからかうんじゃありません!」
「ふうん…」
夕子先輩のお小言を聞いているのか、いないのか、金髪の彼は立ち上がって、私をじろじろと見下ろした。
その髪の色のせいか、身長のせいか、私は気後れしてしまう。
「ちっちゃいなぁ、オネエサン。カザと変わらへんぐらいちゃう?」
「え、カザ?…」
「っ佐藤くん!!!!いいから行きなさい!」
パコーン。
またも同じ調子の音が鳴り、今度こそ、金髪の彼はこちらを向きながら走り去っていった。
「ほなまたな〜!ちゃ〜ん!」
その背中を見送りながら、突然呼ばれた私の名に、私は年甲斐もなくどぎまぎしていた。
「こ、高校生に間違われた?」
「ごめん、。アイツはああいうヤツなのよ」
はぁっと深く溜息を吐いて、夕子先輩はフェンスにもたれかかってきた。
「…先輩、お疲れですね…」
毎日ああいう子ばっかりなのかーと思うと、私なんかじゃ務まらないなぁ。
さっきみたいにからかわれるのがオチだわ。
「そうね…。だから、今日はおいしいもんパーっと食べよ!待たせてごめんね。もう終わるのよ。着替えてくるから」
「はい」
、車?どこ停めた?」
「あ、そこです。そこ。先輩バスでしょ?」
私は少し離れた先を指差した。赤い、ちんまりした国産の軽。
「そうなのよー。じゃあ、今日はアシお願いしちゃおう!じゃあ、待っててね〜」
そう夕子先輩は明るく笑って小走りで去っていった。
そんなに焦らなくてもいいのにな、と後姿を見送る。先輩だけれど、可愛いな、なんて。
「じゃ、私は校門まで迎えにいくかな」
車のロックを解除しながら私は愛車まで歩いた。
今日はどこに行こうかな。おいしいもんって言ってたけど、私はパスタが気になるお店がある。そこにしようかな、とか考えながら。

校門に乗り付けると、丁度わらわらと生徒たちが出てきていた。
もしかしたら、さっきのサッカー部なのかな、と私は思ったけれど、シフトレバーをPに入れて、先輩を待った。
正直に言うと、さっきの金髪の子をちゃんと見てみたいな、と思ったのだ。
さっきは髪の毛ばかりに気を取られていて、しっかり顔なんて見ていなかった。
前を通ったら、こっそり観察してやる。と私は目を見張る。
…これじゃあ、本当に変態みたい?
パーマがかかっている自分の髪をもてあそびながら、すぐに私は見つけてしまった。
一際目立つ、彼を。
よぉく見ると、顔も男らしくて、あまり中学生っぽくない。
身体も大きいし、今時の子は違うなぁ、なんておばさんくさい、かな?
すると、彼の瞳と私の目線がかち合った。
やばい。気づいたかな。
すぐに目を逸らし、助手席に置いたカバンを漁るふりをする。と、窓にノック音。
振り向くと、やはり金髪の彼がにっこり笑顔で『開けて』と口パクしていた。
ここで無視しても大人気ない。あまり関わりたくないけれども、私はパワーウィンドウのスイッチを短く押した。
ちゃんやん。車まで運転できるようには見えへんかってんけどなぁ」
ニカっと言う形容詞がぴったりの笑顔でそう言う。
「そんなに見えない?これでも、社会人なんですけど…」
私は少し悔しくなってそう答える。途端、彼は大げさに目を開く。
「嘘やん!大学生やと思っとったわ!」
ああ、恥ずかしい。
普段から確かに童顔気味の私は年よりも下に見られることが多かったけれど、未だに学生だとか言われるなんて…。
その時、何か言おうとした私の左手に触れていた携帯が鳴り出した。
「!」
慌てて表示を見ると、夕子先輩、の文字。あれ?
すぐ出てくるんじゃなかったのかな、と思いながら出てみる。
「もしもし?」
『もしもし??』
「はい、校門のとこにいますよ」
『それがね〜申し訳ないんだけど、急に会議があるって言われちゃったのよ。まったく、あのハゲ!早く言っとけっつうの』
その言いように今の夕子先輩がどんな顔しているかすぐに思い浮かび、悪いけれど笑ってしまう。
右隣を見ると、彼もニコニコしている。あれ。何で?
『でね〜会議もいつ終わるか分かんないし、待たせるのも悪いし、どうしよ。また今度でも良いかなぁ?』
うん、少し、いや結構残念だけれどしょうがない。仕事だもの。
私は困り顔を作りながらも、返事をする。
「そうですね〜。また私、来週の水曜は暇ですよ?」
『あ、ホント?じゃあ、来週は必ず!私がおごるからさ!本当、ごめんね』
「わかりました。楽しみにしてますからね〜」
『んー、ホントごめん!私も来週楽しみにしてるから!じゃあね』
そう夕子先輩は慌しく電話を切った。
中学校の教員というのは大変な職業だなぁ、と。私は少し思う。
まあ、しょうがない。今日は私一人であのパスタ食べてみようかな。
そして私は途切れた携帯をカバンにしまおうと助手席に伸ばした手を一瞬、引っ込めた。
「あ!?」
「夕子ちゃん、行かれんくなったんやろ?」
何と、金髪の彼が勝手に乗り込んでいたのだ。膝にちょこんと私のカバンを乗せて。
「ちょ、君、何してんの?」
まったくいつの間に乗り込んだのだろうか。ちっとも気づかなかった。
ちゃん、電話に夢中で気づかへんのやもん。なぁ、この後、暇になってしもてんろ?このシゲちゃんとどっか行かへん?」
この子は、本当にナチュラルに人の名前を既に呼んでしまっている。
只者じゃない気がして、嫌だ。
「行きません。降りてください」
私はぷい、と前を向く。行き場の無くなった携帯をドリンクホルダーに突っ込んだ。
「ほな、このカバンごともらって…」
私のカバンをひっさげてドアを出ようとする彼に私は慌てて「こらこら」と突っ込む。すると、ニッと彼は笑う。
「まぁ、ええやん。いこいこ」
そう言い、ちゃっかりシートベルトを付け始める。
「…こんな強引な人、見たことないわ」
「さよか?」
「…でも、制服着た中学生とどっか行く気はありません。降りなさい」
私は語尾を強めて言い放つ。
「ほな、制服やなかったらええんや?」
「えぇ?」
そういう意味じゃない、と言いかけた私の口は開いたままになってしまった。
彼は狭い車内で上着を脱ぎ始めていた。
「ちょっ!」
突然目に入った男の子の上半身に私は思わず顔が赤くなってしまった。
そして、大きなスポーツバッグからTシャツを取り出すと、さっさと着てしまう。
「ジーパンもあんねんけど…ちゃん、向こう向いてくれへん?」
「もう分かった!もー、なんなのよー!!」
私は慌てて車を動かすことに決めた。
ちらりと勝ち誇ったような笑みが見えた。もう、私の負けだわ。
先生だとかに見られていたらどうするつもりなんだろ。いや、当然私がお咎めを喰らうのだろうけど。
深く溜息を吐いてハンドルを回す私に彼は声を発した。
「穿いたで。こっち見てもええよ」
「運転中」
「何や、いきなり冷たいなぁ」
私は頭が痛くなってくる気がした。
こんなめちゃくちゃな男の子。本当に何者?
「で、お家どこ?送ってあげる」
「いきなりかい!俺、腹減ったし〜。ちゃんかて、減っとるやろ?」
私は確かにお腹が空いていた。それに、正直この子ともうちょっと話していたい気もしたけれど、さすがに倫理の心がそれに勝る。
「お家言わないなら、Uターンするわよ」
「なんでやねーん!今出たばっかやんか!」
「だからぁ、中学生とどこも行けないって言ってるじゃない」
「ええやんか。俺はあんまり中学生に見られへんし、ちゃんかて若く見られるんやから。丁度ええんちゃう?」
「そういう問題じゃあないでしょうが」
「じゃあ、何?中学生と社会人はご飯食べとったらあかんのかいな」
「いや、うー」
私は言葉に詰まってしまった。確かに、それが悪い訳じゃない。
何だか私のほうがイヤらしい考え方をしている気になってきた。
ちゃん、駅んとこに出来たラーメン屋さん、うまいらしいねんて〜」
ほのぼのとした言い方で彼は言う。
うん、私の負けみたい。
ウィンカーは右を示した。右折した先には、駅があるのだもの。
「…おごったりしないわよ」
「ええやんけ!女におごらせる気はあらへんで〜」
彼は、ダッシュボードの上にあったスヌーピーを操りながらそう言った。
…本当に、中学生なんだろうか。



「おいしい!」
「ほんま、ええダシやん」
私は、塩ラーメン。彼、佐藤成樹くんは醤油味を選んだ。
お店事体は新しくて、雰囲気も良いし、活気があるけれど、時間が比較的早いためか、席はポツポツ空いていた。
私たちはあまり人に見られないよう、奥のカウンターへと座っていた。
テーブル席よりは軽い関係そうだな、と考慮して。
けれども、全く知らない人は、佐藤くんはとても中学生には見えないだろう。大学生といっても通る。
私はその私服っぷりに少し安堵していた。確かに、見た目は私と変わらないぐらいには見られるな、と。
ちゃん?塩味ちょっとちょうだい」
「ん?いいよ」
こういう遠慮のなさにも少し慣れてきた。そう、慣れると案外居心地は良さそうだ。
私も気を張らないで接することができるし。
しかし、気になる。
フェンスからは比較的遠くに佐藤くんはいたのに、走ってまできて、どうして声をかけたのだろうか。
…ただ単によそものということが珍しかったのかもしれないが。
「ねぇ、何で私に声かけたの?」
彼はすすっていた麺を口に頬張ったあと、飲み込んでから口を開いた。
「んー、遠目で見て、『可愛い!』て思たから」
照れる様子もなく、しれっとそう言う彼は、益々、私の中で年齢詐称疑惑を深めた。
しかし、それだけに軽すぎて嘘っぽい。
「ぷ」
私は思わず笑ってしまった。
「何?可笑しい?」
「うん。ありがとーねー」
私は笑いながらそう返す。その笑みに佐藤くんもニッコリする。
「嘘ちゃうよ?ほんまに、側で見ても可愛かったし、おデート誘ってみてん。ちょっと強引にでも、一緒にいたかってん」
…今度は流石に顔が火照る。
暑いな〜ラーメン食べたしな〜と誤魔化す私を見て、彼は声を出さずに笑っていた。
完璧に彼のペース。
実際年の差が感じられなくて、私は少し焦る。
だって、本気になってしまったら、どうしよう?
夕子先輩に顔向けできないじゃない。
現に、ほら。
心が浮つくのを、私、抑えられなさそう。
そんな私の心情を知ってか知らずか、佐藤くんは微笑んでいた。
それを見て、あ、格好良いじゃない、なんて思い始めた私。危険だわ。

こんな格好良い男の子と一緒に食事なんてしたの、久しぶりで。
けれど、ちっとも気を張らないでいられて楽チンだなーなんて思っていたのに、
いつしか私は意識してしまうようになった。
ちょっと薄暗い店内は、彼を益々大人びさせた。
手とか、骨っぽくて、いいな。好きだな。
やばいやばい。お酒も飲んでないのに、酔ってるみたいじゃない…。
そんな私の様子に彼は気づくこともなく、黙々と麺を平らげていく。
ちゃん、こんな薄暗いとこやったら、ちょっとオトナやな〜」
にかっと笑いながら佐藤くんはそう言う。
「そう?」
「うん。化粧もしとるしかな?ホント初めて会うたときは、高校生やー思た」
「うそー。もう。嬉しいような、悲しいような。微妙だわ」
私は曖昧に笑う。
だって、私は今23だから、ええっと、彼は15だから、8つも違うんだ!
そう計算して何だか肩ががくんと下がるような気がした。
若い…なぁ。
「でも、佐藤くんは大人っぽいよね。いや、ちょっと安心した」
彼は目で「そう?」と言っているように首を少し傾げた。口はどんぶりで塞がっているから。
「ぷはー、食った食った。ええ、と、その”佐藤くん”ての、やめてくれへん?」
どんぶりと箸をぱちん、と机に置いて彼は言った。
え、何?怒ってる訳じゃないよね。
私こそ、首を傾げて彼を見た。
「シゲって呼んでええからさ」
俺もちゃんって呼んでんねんから。と彼は付け加えて水をぐぐっとあおる。
なるほど。そこが面白くなかったのか。あくまでも対等でいたいというようなことなのだろうか。
何となく、彼の本質に触れたような気がして、顔が緩む。
私は頷いた。
「わかった」
ちゃん、素直やな〜」
シゲはにこにこ笑ってこっちを見る。
肘をついて私を見つめる。
「……そんな見られると、食べにくいんだけど…」
「ええやんか。手持ちブタさやねん。ちゃんの食べとるとこ、見とりたい」
「うわ!まさか常套文句?」
「おほほほ」
否定も肯定もせず、シゲは笑った。
……こういうところはホントに中学生には、思えないんだけど…。



「ここでいいの?」
「おう!今日はありがとな、ちゃん」
私は中学校の近くのお寺で車を停めた。
「…この寺にお世話になっとんねん。そんな不思議そうな顔すんなやぁ」
あ、私、今顔に出てたかしら。
慌てて笑顔を作る。
笑顔じゃない理由は、もう少し他にもある気がするのだけれども。
「…じゃあ、おやすみ」
「ほな、またな。ちゃん」
「!」
シゲは急に助手席から身を乗り出し、暗闇の中、私にキスをした。
触れるだけの、軽いキス。
私は虚をつかれて、呆然としてしまう。
その体制のまま慌しく後部座席にあった大きなスポーツバッグを取って、シゲはさっさとドアを開け、車から降りた。
「今度は昼間も遊ぼうな。んで、名前、呼んでぇや!」
「……じゃあねー」
「うおい!無視すんなや!」
「…また今度ね。シゲ」
私は開け放されていた助手席のドアをばたんと大きく閉めると、急発進した。
それは照れ隠しのことだときっと彼は分かってしまうだろう。
恥ずかしい。こんなに動揺するなんて。
バックミラーには片手を軽くあげている彼の姿。
やばいなぁ。見とれてると事故っちゃう。
ここまでだと、重症かもしれない。
夕子先輩。ごめんなさい。
私、彼に惹かれはじめています。
触れられた唇が熱くて、思わず左手でなぞる。
心臓がわしづかみにされたように、ぎゅうっと切なくなった。











犯罪ですか?大丈夫だよね。
8つ差なんて、余裕じゃん!

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