初めに好きになったのは、俺なんや。

















 ベ イ ビ ー フ ェ イ ス 
―シゲside―
















初めて見たとき、この人や、と。思った。
ちらりと視界に入ったその人は、多分、高校生。
高校生のファンまで引き連れてくるなんてことできるの、多分タツボンぐらいやろうなぁ、なんて思いながら、観察をする。
必死にフェンス越しに誰かを探しているようで、その身体の小作りさが可愛らしくて目を惹く。
ふわふわと流れる髪の毛は薄く茶づいていて、そのシルエットに余計華を添えていた。
気になんねん。
なんっかごっつ気になんねん。
俺は気づくと走り出していた。

「なあ!ネーチャン!」
「は、はい!」
あ、驚かせてしもうたかな。
近くに立って見ると、その人はやっぱり小さかった。
ポチぐらいの身長で、ぼやっとしてる顔。なんや、ポチにえらい似とるな、なんて思ったりもして、自然と顔がほころぶ。
何か、すごい可愛い。
薄く化粧しとるところを見ると、高校生?でも制服も着ていないし、もしや大学生ぐらいなんやろうか。
俺はふむ、と観察を続けながら話しかけることにした。
「誰見とったんや?どこの中学?いや、高校か?あそこでたむろっとるムサイ衆がな、聞いてこいって煩いんやわ〜」
そう続けると、圧倒されたか、どもっている。
心なしか頬も赤い。
「え?ていうか、私…」
おや。もしかして、この俺目当てやったりして?
嘘、ラッキー。何でか分からんけど、ラッキー!
思わず顔が緩んでしまう。
「え、もしかして、俺なん?」
あ、びっくりした顔。
と、その時、俺の頭に突然激痛が走った。
「コラ!!ナンパしてんじゃない!!」
その衝撃のまま、うずくまる。
な、なんやねん。姉さんか…。
あ、あれ、でも彼女と姉さん、親しげに話しはじめた。
痛む頭を押さえつつ、話を聞くとどうも姉さんの学生時代の後輩のようだ。
じゃあ、男目当てでなく、姉さんを探してたという訳なんや。
なるほど。納得。
じゃあ、俺目当てじゃなかったんや。
何となく、というか、やはり、というか、つまらない。がっくりやわ。
でも、でも、その可愛いオネエサンの名前を知ることができた。ラッキー。
、言うんや。可愛いなぁ。名前まで可愛い。
何なんやろう。この直感。
この人のこと、きっと俺は好きになる。



「……い」

「…おい、シゲ。聞いてんのか?」
「シゲさん!」
カザのどでかい声で我に返った。
ああ、着替えながら呆けてたみたいで、周りのやつらは既に部室を後にしていた。
「何ぼーっとしてんだよ。何なんだ?」
たつぼんのイラついたような声に、のんびりと考える。
「何やねんろなぁ…」
「…」
あ、たつぼんもカザも呆れたような顔しとるわ。
でも、自分かて何なんや、思う程やねんよ。
「さっきの女の人?」
カザのするどい言葉に思わずとびつく。
「そうやねん!もー、どないしょー思て。何か、何かなぁ、めっちゃ可愛いねん!あの人!ポチは見たらあかんで〜。もう虜になってまう!」
「…お前がなんやねん…」
微妙なイントネーションでたつぼんがそう言い放つ。
「たつぼんはちゃんの前に姿現したらあかんで!男前はシゲちゃん一人で十分やさかいな!」
「何をのたまってるんだか」
明らかにバカにしたような顔でたつぼんは部室を去っていった。
カザも慌ててそれに続く。
せやろうなー。おこちゃまたちには分かるまいて!
俺は腰をあげて、少し奴らに遅れて部室を出た。
と、出てすぐのところで夕子姉さんが学年主任のハゲ山(もちろん頭頂部分が薄いからやで)と話しているのが見える。
「―で、そんな急にですか!」
「もう香取先生待ちなんですよ。第二会議室ですから」
「…分かりました。すぐ用意して行きますから」
ほお、姉さんは会議。と、いうことはちゃんはこの後フリーやねんな。
俺は心の中で算段を始める。
そして、玄関へ急いだ。
早よせな、ちゃんは帰ってまうかもしれへんし!
慌ててゲタ箱から靴を引っつかんで出すと、目の端に見慣れぬ赤い軽が入り込んだ。
ん?
良く見ると、運転席に座ってこっちを見てるのは、さっきのちゃんやんか。
車運転なんかできるんや。めっちゃ意外やん。ちっちゃい身体やねんしハンドルでかそ〜。
そんなことを考えながら、にこやかに近寄る。
俄かにちゃんは慌て始めた。
ぷぷ。可愛すぎ。
さあて、どうやって誘い出そうか……。




彼女は相当難攻不落の城に見えた。
まぁ、「中学生は相手にできん」は当たり前やろうけどな。
やっぱチン●スくさいとか思われるんがオチやろうな。
いや、ちゃんはそんなこと思ったりしいひんとは思うねんけど。
でも、少なからずとも、俺に興味は抱いてくれとるようで、少し強引ではあるが誘い出すことができた。
実際車出すんはちゃんやねんけど。
思わずガッツポーズ決めたい程嬉しかった。
正直、こないな一目惚れみたいなのんで、こうのめり込むのは初めてやった。
もうめっちゃ嬉しいんやけど。
始終顔が緩みっぱなしのような気もするけど、ちゃんはにこやかな人やなくらいしか思ってへんのやろう、と決め込む。
車内にはイヌのスヌーピーとやらがあちらこちらに置いてあった。
ああ、こんなところも可愛いやんけ。
女の子っぽいやんな。

一緒に隣でメシ食うと、少し気づいたことがあった。
何か、いいって思うたんは、多分彼女の雰囲気や。
何かごっつ居心地ええねん。
ほんわかしとると思うたら、急に突き放されたりもするんやけど、何だかんだ言って、俺の侵入を許してる。
急に彼女の横顔がオトナに見えた。
薄暗い店内の明かりだけのせいじゃ、ないんやろうな。
ちゃん、こんな薄暗いとこやったら、ちょっとオトナやな〜」
え、と、照れたようにちゃんは笑った。
「でも、佐藤くんは大人っぽいよね。いや、ちょっと安心した」
その言葉を聞き、俺はスープを飲みながら、違和感に気づく。
少し落ち着いた声やけど、どっか子供っぽくて可愛らしいという形容が当てはまるその声。
さっき自己紹介してんに、『佐藤くん』やて!
大概の女はすぐに『シゲちゃ〜ん』て呼び始めるんに、余所余所しいなぁ。
オトナっての、アピールしとるちゅう訳か?いや、でもこの人に限ってそれは無さそうやな…。
でも何だか面白くなく。
「シゲって呼んでええからさ…俺かてちゃんて呼んでんねんからさ」
俺はストレートにそう言った。
やっぱり、好きな人にはちゃんとファーストネームで呼んで欲しいもんやろ?
学校じゃないねんから、佐藤くん、なんてなぁ?
俺の言葉にちゃんは顔をくずして、笑う。
「わかった」
可愛い!素直やん!
もしかして、穢れなき乙女なんかなってぐらいの可愛さやわ。
さっき年聞いたら、23言うてたから、さすがに穢れがどうのってことも無いやろうけども。
むしろ、それでもこの笑顔が出せるなんて、本当に性根がええ子なんやろうな。
…益々俺は甘く痛む胸が苦しくなってくるような、そんな感じを覚えた。
ええわ。。ええわ。
何か、カザみたいに突っ走りたくなる、そんな感じを与えられる。
俺もまだまだ中学生男子やってんなぁー。
もしかして、これもカザの影響やったりして。
可笑しくて、こっそり一人で笑った。
「食うた?ちゃん。おあいそしよかー」
「うん、お腹いっぱいだわー」
さっき言うた通り、女におごらせる気は無かったから、俺はさっさと伝票を持ち、レジへ向かった。
「ちょ、私、自分のは」
「ええからええから」
慌てて追いかけてくるちゃんを押し返し、精算を済ます。
ありがとうございましたー。
機械的な店員の声が響き、俺らは店を後にした。
「私の、600円だったでしょ?ハイ」
ちゃんはそう言って千円札を俺に差し出した。
店の外にでてまで財布出しっぱなしでこんなんするなんて、生真面目やなぁ。
ほんま、カザみたいやん。
「ええって。お付き合い代?うふ」
「そういうもんじゃー」
「まあまあ、早よぅ車開けてーな」
「あ、そうだった」
ぴ、と電子音が鳴り、俺は助手席のドアを開けながら、小さく呟いた。
「後々お代は頂きますよって」
反対側から乗り込んできていたちゃんにはしっかり聞こえなかったようで、ちゃんはありがとう、と微妙に納得してないようなそんな顔で頭を下げた。
ふわふわの髪の毛が揺れて、狭い車内にシャンプーの香りが漂う。
急にちゃんを抱き締めたくなったけれど、それは今は抑えておかんと、あかんあかん。
「それじゃあ、帰るよ。お家はどこですか」
「あんなー、来た道とりあえず戻って…ついでにコンビニ寄ってくれたりせえへん?」
「はいはい」
やっぱり俺の予想通り、ちゃんが回すハンドルはなんだか大きく見えた。

楽しくも短いドライブは終わり、車は寺の前で停まった。
寂しいなぁ。
その可愛い声もっと聞いてたいんやけどなぁ。
そう正直に言ったら意識しまくりそうな気ぃするから辞めとくんやけど。
でも、少しだけ、正直になっても、ええよな?
彼女が今作り笑顔なのも、少しだけ、自惚れてもええんかな?
今現在、同じ気持ちなんかなって。
後部座席に置いたバッグを取ろうと身を乗り出したら、さっきのシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
やば。今、ええかな。
「ほな、またな。ちゃん」
「!」
柔らかい、彼女の口先。
っっ。
もっともっとしたいけど、我慢やで、成樹!嫌われてもええんか!
そう叱咤して、何でも無い顔をして俺は車を飛び降りた。
何か、誤魔化さな。
うう、よし。
「今度は昼間も遊ぼうな。んで、名前、呼んでぇや!」
苦しいかな。
でも、本音やし。
その可愛い声で呼んで欲しいねん。
「……じゃあねー」
「うおい!無視すんなや!」
普通にスルーされた。やっぱ中学生の酔狂や、とか思うとるんやろか。
こちとらクサイ程熱い気持ちやっちゅうんに…。
そう軽く肩すかされたところへ、例の甘い声は続けた。
「…また今度ね。シゲ」
急に助手席のドアがばこんと閉められて、びゅうんと車が発進していった。
あ、あれ。
あれれ?
今、呼んだやんね?
『シゲ』言うたね?
車が見えなくなってから、俺は思いっきりガッツポーズをした。
「よおっしゃあ!」
脈ありやんな!こりゃ!
久々にこう胸が高鳴るのはそりゃあ悪い気分では無かった。
もう、めっちゃためるんやからな。
しかも、『シゲちゃん』やのうて、『シゲ』やった。
無性に喜びを感じて、猛ダッシュで寺の勝手口まで走った。
喜びが多分身体からはみ出ていたせいなんやろ、と思う。
早速、盗み見た携帯番号、かけてみなあかんわ!
『シゲ』って呼んでくれはるやろうか。











オットナ〜な彼を期待してた方、すんません。
こんなシゲもいいかなって

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