天 体 観 測
「うわぁ…」 都会では見られないこの星空。 自分の真上を見上げて、首が痛くなるまで、見入ってしまう。 本当に降ってくるんじゃないか、とまで思えるように、所狭しと星たちは光っている。 息をすると、昼間の茹だるような暑さとは違い、空気も冷たくて、澄んでいて、だからこそ、この夜空が堪能できるのだ、と私は思った。 「は、星座、詳しいのか?」 「ううん…有名どころは分かるけど…あれ、オリオン座、だっけ?」 「オリオン座は冬の星座だろ…」 ふうっと息を吐いて、水野くんはちょっと笑った。 私もつられて、へへ、と笑う。 「あの赤い星のところ、あれがさそり座」 つと水野くんが指し示した先を、私も仰ぐ。確かに赤っぽく輝く星が見えた。 「ああ、何か聞いたことある。水野くんって星座も詳しいんだー」 「詳しいという程でも無いけど…」 少し離れたところで、シゲちゃんの頭が見えた。一生懸命手を伸ばして、星座を尋ねる風祭くんに、それに答えている不破くんもいる。 こうやって、皆で合宿に来て、星を見ることができるなんて、もう無いかもしれない。 深く、深く、目に焼き付けておきたくて、私はまだ夜空を見上げていた。 「は星座、分かんないクセに星は好きなんだな」 からかうような口調で言って、水野くんがまた隣に立つ気配がした。 「うん…好き」 「そんなに熱心に見て、願掛けでもしてるのか?」 声に笑いを含ませながら、水野くんが言った。 ある意味そうかもしれない。 水野くんにしか、聞こえないように、 「今みたいな時間が、ずっと続きますように」 私は深く、深く、星を見つめながら、そう、告白した。 今、とても言いたかった。 それでも、水野くんの顔は見られない。私の周りの空気が水飴が固まるかのようにゆっくりと凝固していくようで、私は振り向けない。 けれども当の本人は気づいてもくれなかったようで、 「確かに、こんな合宿はもう今年限りかもな」 なんて抜けた答えを返してくれた。 「私は、水野くんとこうしてる時間が続いて欲しいと思ったの」 そう言うと、柔らかい草を踏みこんで、私は思い切って振り返ってみた。 そこには、瞬きもしないで私を見ている水野くんがいた。 その表情はあまりに突然のことに、やっぱり反応できていない、呆けたもので、私はおかしくなってしまう。 「おーい、皆、旅館に戻るぞー」 松下コーチの大きな、のんびりとした声に弾かれるように肩を揺らした水野くんは、言った。 「それって、どういう、ことなんだ?」 私は笑いながら、言う。 「水野くんのことが好きってこと」 一度言ってしまえば、はっきり言うのもどうってことは無い気がした。 初めに言った言葉の方が、何倍も、もっともっと、どきどきした。 返ってそれで私は落ち着いたのかもしれない。俄かに慌てている様子の水野くんを妙に冷静な頭で見つめることができる。 あー、とかうー、という唸り声を出しつつ、水野くんは口元を掻いている。 困らせているみたいだ。急に申し訳ない気持ちになって、私は先に立つつもりで歩き始めた。 既に皆はもっと先を行っていた。小さな丘の向こうに、宿舎にしている小さな旅館の明かりが灯っている。 ゆっくりと、未だ星を眺めながら歩いていると、後からすっと横に水野くんが歩いてきて、耳元でこっそりと囁いてくれた。 「俺もかもしれない」 そのまま彼は私を通り過ぎると、小走りで先を歩いていた風祭くんたちの集団に紛れてしまった。 私はその言葉を胸の中で反芻すると同時に、そのおかげで、耳元に残ったくすぐったい甘やかな感触をじんわりと味わうことができて、この上なく幸せだと感じた。 もう一度同じ願いを、私は夜空に瞬く無数の星たちに告げた。 |