Rapunzel…epilog



 全てが終わり、焦って袖に引っ込むと誰かにやんわりと腕を引っ張られた。そのまま舞台袖の奥まったところに引き止められる。私は驚いて触れる手の持ち主を見上げてみると、それは先ほどまで相手役だったその人。赤城くんだった。
「君、すごいな、あんなアドリブが出てくるなんてさ」
 腕を引く手が熱くて、そこに意識が集中してしまう。私はそっとその手に右手を当てて、腕から外した。彼はごく素直に手を退いて軽く頭を下げる。
「あ、ごめん…ちょっと興奮したままだった」
 私は首を振る。カツラが重くて動きは小さかったけれど、気持ちは伝わったと思う。赤城くんはとても近くで私の顔を真っ直ぐ見ていた。
「アドリブっていうか、私こそ、痛いって大きな声で言っちゃってごめんね。頭にピンが食い込んで……」
「そうだったのか、ごめん。重ね重ね、だけど」
 赤城くんがまたも普通に、いつもとは違う様子で謝ってくれるので、何だか私も調子が狂う。まず、顔が思った以上に傍にあって、薄暗くて、身体も近くて、全てにおいて心臓が酷く使われている。
「なんか、近いよ……」
 少し間隔を開けようと私は後ずさると、赤城くんが手を私の顔の前に広げた。
「ちょ、ちょっとだけ待って。一言」
「一言?」
 いつもの余計な一言ではないかと思わず眉根を寄せてしまった私に赤城くんはさっきとは変わって目を逸らして、少し顔を寄せてきた。突然で反応できないでいる私の耳元で彼は囁く。
「あのさ……えっと、その格好、似合ってる。キレイだよ」

「えっ……」

 慌てて赤城くんの顔を見ようと見上げてみたけれど、その瞬間、彼は私の傍を離れて、後方へと歩いていってしまった。

「えっ?えっ?」

 私を通り抜けたときに見えた彼の耳が真っ赤だったのだけが鮮やかに私の目に焼き写っていた。
 何度も監督役の女の子に呼ばれていたのに気付かなかったのは、彼の声と、真っ赤な耳のことで頭がいっぱいで、他の情報が入ってこようとしなかったのだ。








「良かったよ!例のアドリブも利いてた!」
 控え室兼更衣室として宛がわれている部屋に戻ってくると、生徒会のメンバーに出迎えられた。氷上くんが拍手しながら僕の傍に来る。その顔が途端に不思議そうな表情になった。
「赤城くん?どうしたんだい?何だか顔が赤いようだが、興奮冷めやらぬ、という訳かな」
「えっ?そうかな。うん、緊張したよ、やっぱり」
くんもいつもとはやっぱり印象が違ったな。やはり女性は変わるものなのだな」
 急に彼女の話題になり、僕は心臓が跳ねる思いをした。思わず口元を手で覆う。脳裏に先ほどの彼女の姿が蘇った。いつもとは違う、長い髪の毛。胸元をゆるく開けたドレス。普段は見えない場所の色の白さに近くに寄ると本当に手が震えた。うっすらと化粧をしているらしき顔立ちも大人っぽく、綺麗で、まともに見られなかったのが本当に惜しい。
 かろうじて最後に一言綺麗だと伝えたけれど、ちゃんと伝わったかどうかまでは確認できなかった。いつものように言い合いになりたくなかったので逃げてしまった訳だけれど、やっぱりもうちょっときちんと言えば良かったのかもしれない。でもそれが出来なかったのは僕の意気地の無さのせい以外の何者でもない。



 数日後、羽学の生徒会から手紙が届いた。封を開けると、次の合同生徒総会の日程の手紙と文化祭の日の写真が同封されていた。最後に演者とスタッフ全員で撮った写真だった。中央にいかにも仲良さそうに写る姫と王子の笑顔に僕も思わず顔がほころぶ。

「……可愛いよな」
「会長、何の手紙でしたか?」
「わ、紺野……」
 ふいに掛けられた声に振り向くと、僕よりも生意気に背の高い後輩だった。目に入っただろうから写真を手渡す。もちろん、彼もその中に写っているからだ。

「ああ、こないだの演劇の写真だったんですね。良かったですよね」
「うん、良かった」

 彼は気を使ったのか、すぐに写真を返してよこす。そして日程の手紙の内容を読み、その日程や時間をホワイトボードに書き付けている。
 ふと率直な感想が聞きたくなって僕は紺野に声をかけた。
「なあ、紺野は姫、どう思った?」
「は?姫というと、羽学の……?」
「そう」
 彼はいかにも困ったといった顔で僕を見ていた。心の声さえ聞こえてくるようだ。「何で僕にそんなことを聞くのだろう」という。嘘がつけないタイプの彼に少し聞いてみたかっただけだ。そんな顔するなよ、と言う意味を込めて僕は少し笑いかける。

「とても、綺麗で良かったと思いますよ。アドリブも面白くて」
「だよな。綺麗だったよな」

 紺野は一つ頷くと、またホワイトボードへと向き直った。その後頭部が見えたので僕はまた写真を手に取った。
 こうしている間にも彼女はどんどん綺麗になり、手の届かないところへ行ってしまうような気になってしまう。ましてやこの演劇を見た羽学の連中はいよいよ彼女の魅力に気付かない訳がない。そう思うといても立ってもいられないような忙しい気持ちになり、僕はまた紺野に声をかける。

「ねえ、最近流行ってる音楽ってどんなのだろう。何か知らないか?」

 差し当たって、二人で一緒に盛り上がれるようなものに彼女を誘うことを決意した。
















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