とうとう修学旅行当日まで予定を考えてなかった私は、同じく予定を立てていないメンバーを率いて若王子先生がガイドをしてくれるというので、それについて周っていた。
 自由行動なのだから何も決めずに行ったほうが楽しいかも、と思っていたので、どれもこれも新鮮に楽しめているのが本当だ。逆にちゃんと予定を立てていた友達には呆れられたけれども。

 そんなのんきな集団である私たちが有名な清水の舞台を眺めていると、見知った制服の集団を見かけたのだ。

「あ、あれってさぁ、はば学の制服じゃない?」

 隣のクラスの女の子がそう言うので、つられてそちらに顔を向ける。確かに、見覚えのある制服に見覚えのある顔。……見覚えの、ある。
「……赤城くん」
「え……?」
 そのときの彼の呆けた顔はちょっと見物だった。









あまのじゃく 










さんが他校の彼氏と抜けまーす」
「えっ先生、違いま」
「えええーそうなのー!!!!」
「ち、ちが……」

 赤城くんと少し話そうということで、先生に許可を取ると、すかさずそう囃したてられて、私は逃げるようにその場を離れることになってしまった。遠くでちょっと笑いながら見てる赤城くんを思わず睨んでしまう。彼のせいな訳ではないけども。違うのに。



「まさかこんなところでまで、会うとは思わなかったな」
「それはこっちのセリフだよ……」

 改めてそう言うと、思わず彼と顔を合わせて、笑う。
「でも良かったの?赤城くんは抜けて」
 私は、はば学の制服の集団をちらっと見る。もう背中しか見えないけれど、私のように囃したてられたりはしてはなかったようだ。うん、我が羽学の面々は先生が先だってからかってくれていたので……ちょっと違うけれども。
「僕?大丈夫。待ち合わせ決めたし。君こそ良かったの?先生もいたみたいだけど」
「……うん、大丈夫。喜んで見送ってくれてたよ」
「喜んで?」
「ううん、えっと、いいじゃない。行こう!」
 ”他校の彼氏”というフレーズが頭の片隅にふわふわと鎮座している。そんなのじゃない。そういうものじゃないって自分に言い聞かせているのだけれど、自然と頬が緩みそうになってしまう。

 そのとき、視界に彼がひらりとさせる白いものが映った。紙。何かの冊子だ。
「そういえば、赤城くんはどこに行く予定だったの?」
「えっと……あとは神社めぐりをしようと思ってたけど」
 その冊子をぱらりとめくりながら赤城くんが言う。なるほど、旅のしおりみたい。私はそれをちょっと覗き込む。
「わ……なに?」
 赤城くんは冊子を私の目から隠す。でもちらっと見えた単語に私はつい笑ってしまっていた。
「今、縁結びって書いてあった?」
「あ、うん、まぁ、同じ班の女の子たちが行きたいって言ってた神社がそれだから。ほら。女子はそういうの、好きだろ?」
「うん、そうだね。嫌いな子はあんまりいないかもね」
 おまじない、恋占い、きっと女の子なら気になる単語であることは当然だろう。年頃ならば、尚更。首を左右に揺らして、私も言う。ふと真っ直ぐに、赤城くんの視線を感じた。
 目と目が、かちりと、合う。
「……君も?」
「うーん、どうかな」
「何で隠すんだよ」
「だって私も一応、女の子だし」
「ああ、なるほど」
「ああ、ってどういうことよ」
 やっと気付いた、と言いそうなほどの赤城くんの顔から目を逸らす。怒っている訳じゃないけれど、彼のその目はからかうような色を帯びていたので、気に食わなかっただけだ。
「まあ、それじゃあ行ってみる?君が行きたいんなら、縁結びの神社」
「私は行きたいって別に言ってはないよ?」
 ローファーの先をとん、と地面につけ、そう私が言うと、赤城くんはとても楽しそうにひとつ笑った。さらっと彼の前髪が揺れて、陽に透ける。悔しいけれど、かっこいいんだな、とちょっと思って、やっぱり横を向く。
「あ、笑ってごめん。怒った?」
「いいえ。怒ってる訳じゃありません」
「何だよその言い方。あまのじゃくだなって思って、笑ったんだよ」
 ぽん、と頭の上に手の重み。
 赤城くんは笑いを堪えたような顔で、「とりあえず。神社行ってみよう」と誘ってくれた。



 そこは京都で有名な神社らしく、私たちと同じような修学旅行生を始め、比較的若い人がたくさん参拝していた。
 鳥居の前から砂利が敷き詰められていて、社殿のほうには大きな樹が見えた。周りの木とは全然違う、と一目で分かる。
「へえ、皆大変だなぁ……」
「え?すごい他人事みたいに言うね?私達もこれからあそこに並ぶんだよ?」
「え、あ、ああ……」
 その、願いを叶えてくれるというご神木の周りにはたくさんの人が集まっている。私はそちらへ足を向けかけて、かすかに引っ張られる感触に、不思議に思いながら……振り返った。
 赤城くんが私のケープの端をつかんでいたのだ。

「どうしたの?」
「いや、ここって女の神様だっけ……?」
「うーん、私そこまでは調べたりしてないんだけど」

 赤城くんはケープから手を放すと、持っていた例の冊子をぱらりとめくる。

「もし、女の神様だったら、嫉妬されるんだろ?」
「え?」

 赤城くんの言うところがよく理解できず、私は首を傾げた。彼はあいまいに笑うように、少し息を漏らした。

「いや、えっと、よくそんな風に聞かない?」
「うーん?」

 そこで初めて彼は口をへの字に曲げた。今日初めてのしかめっつらだ。

「君ってホントに、鈍感っていうかさ……。まあいいや。君だけお参りしておいでよ。僕はここで待ってる」
 突然のその話に私はえっ、と声を上げた。人ごみを見て行く気が削がれたのかな。と私は思ったけれども、わざわざ京都まで来ているのだから、勿体無いとすら、感じた。
「え?何で?赤城くんも行こうよ。せっかく有名な神社なんならさぁ」
「いや、だって、僕は意外とそういうの信心深いというか」
「さっきから何の話?」
 私が少し語尾を荒げてしまったのが、原因か。彼はちょっと大きな声で、反論してきた。

「だから!男女二人でお参りしたら別れるってジンクスがあったら、嫌だって思ったから」
「えっ?ジンクス?」

 彼の言おうとしていた、そして今口にしたその意味をやっと私は理解した。

「えっと……ううんと、そう?」
「……うん、そう。何で全部言わないと、君って気付かないの?」
 彼がぷい、と横を向いた。耳たぶが赤く染まっている。私はそれを見て、今度は自分の頬が熱くなってゆくのが、よく、よく分かった。
「……じゃあ、やめとく?」
「いや、君が行きたいんだったら、君だけ行ってきてって」
「うーん、そうだね……本当はお守り、欲しかったんだけど」
「だから、いいって。買ってきなよ」
 お互い、なのか意識してしまって、顔が合わせられなかった。私は頷く。
「うーん……うん、じゃあちょっと、待ってて」
 本当に、境内に入ろうとしない赤城くんを置いて、私は鳥居をくぐった。
 人はたくさんいて、とても賑やかなのに、ふと涼しい気持ちになる気がする。神社独特の雰囲気がして、私は少し、どきどきした。ジンクスなんてありませんように。別に私と彼は付き合ってなんかいないのに、思うことが同じなのかもしれない、と胸の奥がむず痒い。

 手早く参拝を済ませ、社務所のほうへと向かう。目的を同じとする女性がたくさんいるので、すぐにどこか分かった。
 私は狙いのものを手に取ると、お金を払って、すぐに戻る。入り口でぼんやりと待っている、赤城くんの元に。息が弾んでいるのはちょっとばかり癪なので、すこし手前から、落ち着くように、空気を大きく吸って、吐いて、歩いて戻った。

「おかえり。何か、早かったね」
「うん、だって赤城くん待たせてるし」
「別に気にしなくていいのに」
 私は買ったばかりの包みを開いた。小さな紙袋に入っているそれを引っ張り出すと、すぐに赤城くんにも見せる。
「はい。これは赤城くんの分ね」
「お守り、だ」
「うん、これお揃いなんだって」

 並んで赤と青の小さな袋。「二人のお守り」と大きく書かれていた台紙はちょっと恥ずかしいから見せないけれど、揺れる青いお守りを受け取る彼はとっても嬉しそうで、私は逆に恥ずかしくなってしまう。
「大事にしないと、神様に怒られるよ?」
「君はまたそういう……。うん、大事にするよ。ありがとう」
 私に向けられた笑顔は、やっぱり、気持ちよいほど柔らかくて、自然と私も微笑んでいた。



「そういえば、君は何をお願いしに行ったのか聞いてもいい?」
「お願い事は言ったら駄目なんじゃない?ジンクス的には」
「……そんな返事しなくてもいいだろ?」

 またいつでも、会えますように。
 











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