おひとつどうぞ すっかり秋めいた街路樹をぼんやりと見ていた。色づくのはもう少し先かな、と思うけれども、そうしている間に秋は通り過ぎてしまうのだろう。私は訳もなくセンチメンタルになりつつハンバーガー店の中から一人で通りを眺めていた。すると、知った顔が歩いてきて、驚く。思わず持っていたポテトをぽろりと零してしまったほどには。大きな窓のこちら側で彼を見つめていると、向こうも私に気付いたみたいで、慌てたようにジェスチャーをしている。 (そっち、行っても、いい?) 私は大きく頷いて、おいでおいで、と手を動かした。 先程のセンチメンタルはどこへやら。私はわくわくし始めた胸を落ち着かせるために、カフェオレを一口吸い込んだ。 「塾の帰り?」 「ああ、君は?ひとりでおやつタイム?」 「文化祭の準備で遅くなったからちょっとお腹すいて……っていうか、何だかその言い方ひっかかるな……」 「あはは、気にするなよ」 軽く爽やかに笑い飛ばすと、通りを歩いてきた彼―赤城くんは私の向かいに腰を下ろした。 赤城くんは期間限定の柚子胡椒豚しゃぶバーガーを頼んだみたい。トレイに載っているそれをじっと見る。ちょっと、おいしそう。 「それ、おいしいかな?私も次はそれにしてみようかな」 早速包装を解いて、一口食べた赤城くんは視線を上にやると、少し間を置いて、答えてくれる。 「うーん、……まあ、多分、普通……かな」 私はおやつとしてなので、チキンナゲットとポテトだけを頼んだのだった。ナゲットをひとつ掴むと、赤城くんに見せる。 「一口、もらってもいい?コレあげるから」 そう私が言うと、赤城くんは大げさにぎょっとした顔をした。 「え……?」 「やっぱりちょっと気になって。食べてみたい」 お願い、という意味を込めてじっと彼の顔を見つめると、ふわっと彼の頬が赤みを帯びた。 「じゃあ、僕もう一個買ってくるから。ちょっと待ってて」 「え?いいよ、一個は食べられないかなって思ってさっき止めたの。帰ったら夜ごはんだし」 「いや、そういう……」 「赤城くん、私、別に全部食べたりしないよ?」 妙に慌てている彼を私はちょっと笑いながら見つめた。 もしかしたら自分の分がなくなると思って慌てているのかなあ、と。私ははい、とナゲットを彼の頼んだポテトの上にちょこんと載せた。 ふう、と一つだけ赤城くんは大きく息をつくと、包みごと私の目の前に差し出す。 「いいよ。はい」 「わーい、ありがとう!」 ハンバーガーを受け取るときに、少し指が触れた。ちょっとだけ、びっくりして手を離す。 「あ」 「…………これで意識するならもうちょっと意識してもいいんじゃないのかな」 何やらぼそりと赤城くんが言った。私はよく聞こえなかったので聞き返す。 「え?」 「いや、いい。食べないの?」 「ううん、食べます食べます」 今度は慎重にハンバーガーを受け取ると、一口、かじりついてみた。 豚しゃぶ独特のぱさりとした食感と、柚子胡椒のぴりりとした味わい。ふんわりとした香り、レタスの歯ざわり。どれを取ってもそのままバンズに豚しゃぶが挟まっている、想像したままの味だった。 私は黙ってバーガーを飲み下すと、また慎重に赤城くんにそれを返した。そして一口、カフェオレを飲んでから、感想を述べた。 「うん……普通だ」 「だろ?」 ほら、と赤城くんは目で言って、そのまま豚しゃぶバーガーを頬張った。 「思ったんだけど、これジュレポン酢、とか流行ってるやつ入れたら良かったような気がするの」 「ああ、言えてる。君、商品開発に向いてるんじゃないか?」 そう勝手に批評しながら、私たちは目を合わせて笑いあった。 「ねえ、見て、あそこの高校生、ひとつのハンバーガー食べあってるよ」 「可愛いねー!高校生っぽいカップル!」 後ろの方の席から、若い女性の声でそんな会話が聞こえてきた。思わず合わせていた目を解いてしまう。 恥ずかしい。すごく。 カップルでも何でもないんです、とそう言ってしまいたい衝動にも駆られたけれど、心の隅っこの方で、じんわりと温かい気持ちにもなった。 こんな風に、こっそり喜んでいることは、絶対に、絶対に、赤城くんには秘密だ。 「だから、もう一個買ってこようかって、言ったのに……」 「だって、そんな、もったいないと思って……」 赤城くんの表情をそのまま見られないまま、私はポテトをひたすら食べつづけた。でも、耳がすごく熱くなっているのが自分でもよく分かる。 横目で見た、彼の耳たぶでさえ、赤くなっていたのだから。 急いで食べたポテトの味は、塩気も何も、よくわからなかった。 |