たこさんウインナーは笑う










 薄く卵液を流し込むと、十分に熱したフライパンからはいかにもおいしそうな音が立った。それを菜箸で軽く混ぜてからフライパンを斜めに構えて、慎重に巻き始める。
 時刻は朝の5時。まだ窓の外も薄暗い。眠い目をこすりながら慣れない卵焼きを作ることから私の朝は始まった。

「ルカちゃん用のお弁当箱、買おうかなぁ」
 そうひとりごちてから、同時にそこまでは流石にどうかとも思った。彼女とかそういうポジションならまだしも、私は幼馴染、という生暖かい場所に甘んじている訳だから、そこまでは彼だって望んでないだろう、と思う。というか、ひかれる、とも思った。
 仕方が無いので、いつも家で使っているタッパーへと作ったばかりのおかずを詰めることにした。
 まだ温かい卵焼きに包丁を入れると、湯気が立ち上った。柔らかすぎて切れ目がぽろぽろと崩れてしまった。
「あれ、きちゃない……まいっか……」
 包丁を握ったついでに、ウインナーをたこさんに見えるように、足の切れ目を入れる。でも足を8本作ろうとしたら、ぼろりと2本ぐらい足が取れてしまった。
「ああ……」
 すごく悲しそうなたこさん。焼いたらまぁ何とかなるか、と先程のフライパンで炒め始めたけれども、焼いたところで取れた足がくっつくことはなく。バランスの悪いたこさんをタッパーの中の卵焼きに立てかけた。

 そうして慣れないながらもなんとかお弁当の形になったものを並べて、私はふうっと息を吐いた。特に凝ったものは作れないし、入れてもないけれど、これなら彼も気負うことなく食べてくれるだろう。ご飯の側には母が作ったふきの煮物も入ってるし、何となく立派なお弁当っぽい。私はウキウキしながらそれらを包んだ。

「あら?あんた、遅刻するわよ?」

 そうダイニングの母に声を掛けられて、はっと時計を振り返ると既にいつも家を出ている時刻を5分も過ぎていた。もうそんなに時間が過ぎていたのか、と私は慌ててエプロンを放り投げて、お弁当箱を2つ掴んだ。悦に入ってる場合じゃなかった!

「いってきます!」
「は〜い。ルカちゃんによろしくね」
「うん!」

 母はのんびりとコーヒーをすすりながら私に手を振る。私は手も振り返さずに急いで玄関を飛び出した。



「へ〜すっげ……!ホントに作ってきてくれたの?」
「うん、自信はないけど」
「何で、すげーおいしそうだよ」
 そう言ってルカちゃんはにこっと笑ってくれた。

 今日、こうしてすごく早起きをしてまでお弁当を作ってきたのは、ルカちゃんが他人のお弁当を奪っているのを知ったからだ。しかも彼は他人のメインおかずばっかり狙うという。それはたまったものじゃない、と私がお弁当作りを志願した、という訳だ。
 お昼休み、屋上で待ち合わせをした私とルカちゃんは朝の努力の結晶を前に向かい合って座っていた。
 ランチクロスから可愛げのない保存容器がどん、と出てきたときには、ルカちゃんに爆笑されたけれど、いざ蓋を開けてみたらとっても喜んでくれた。私はやっぱり嬉しくて頬がゆるみっぱなしだった。
「やべーすごい嬉しい。コウのやつに自慢してやろ」
「え!?まさかコウくんもお昼ごはん、持ってきてないの?」
 私は緩んでいた頬をきゅっとひきしめた。私はコウくんが人のお弁当を取り上げているところを見たことがないばっかりに、彼は自分のをちゃんと毎日用意している、と思っていた。
 すると、ルカちゃんは唇を尖らせて言った。
「違うよ。アイツは自分でおにぎりとか買ってるよ。ちゃんと……多分。そーじゃなくて。ちゃんに俺だけ作ってもらったんだぜって自慢してやろっと思ってさ」
「そう。ふうん」
 確かに、同じ幼馴染で兄弟なのに、ルカちゃんにだけお弁当を持ってくるのは悪いかな、とちょっと思った。コウくんに聞いてもどうせいらないって言うのだろうけれど。

「じゃあ今度はコウくんのも頑張って作ろうかな」
 私が割り箸をルカちゃんに手渡しながら言うと、彼は不満そうに眉毛を寄せた。そんな顔をするときは、彼はいつもよりぐっと子供っぽい表情に見える。
「何でー。俺だけ特別みたいで嬉しかったのに。コウにも作ったら自慢できないじゃん」
「そう……?」
「そう!!だから、やめて。俺だけ特別。な」

 ふいに顔を近づけて、囁くようにルカちゃんが言うので、私は咄嗟に身を逸らせた。
 本当に急にこういうことを言うのは止めてほしい。本当に。
 そのままそっくりその言葉を返してあげたかった。

『私だけ、特別にして。私以外の女の子からお弁当、もらわないで』

 こうして慣れないお弁当を作って持ってくるのにはそういう訳があったのだ。ルカちゃんはたまに女の子からお弁当を作ってもらっていたりする。もちろん、他人のお弁当を勝手に奪うのはどうかな、という気持ちもあるのは本当だけれど、小さな独占欲を満たす為、という目的も少しだけ、ある。

 そう思っている私の心情を知ってか知らずか、ルカちゃんは元気に言った。

「いっただきます!」
「召し上がれ」

 ルカちゃんは私の目の前でお弁当に一気にぱくついた。足のないたこさんについては「これどうして足ないの?」と突っ込まれたけど、正直に「千切れた」と言ったら笑われた。

「ああ、うまかった。ごちそうさま」
「はい。お粗末様です。お茶飲む?」
「うん」

 ペットボトルのお茶を手渡すと、ルカちゃんはそれをおいしそうに飲んだ。ああ、何だかちょっと付き合ってる通り越して夫婦みたいだなと思ってしまい、恥ずかしくて慌てて心の中で訂正した。

「さっきの話だけどさ」
「うん?」

 気持ちルカちゃんが顔を寄せて話しかけてきた。私はまだお弁当を食べている途中なので、お箸を持つ手だけを膝におろし、聞く姿勢になる。

「ほら、コウには弁当作らないでっていう……」
「ああ」
 そういえば、それに対しては別に返事も何もしていない。私は口に含んでいたミニトマトを慌てて飲み込んだ。
「えっと、それで、本気ってこと?」
「本気っていうかさ、やっぱ、何か面白くないじゃん?」
 面白くない、というと、私がコウくんにお弁当を作ると、ルカちゃんが面白くないということか。私は首を少し傾げた。
「俺、結構ヤキモチ妬きだからさ」
「またまたー」
「いや、ホントだって」

 ふっと頬を強い風が掠めた。次の瞬間はルカちゃんの唇が私のそれを封じていて、私は咄嗟に息を止めた。

 一瞬ののち、ルカちゃんが私から離れる。私が落としてしまったお箸を拾って自分の食べ終わったタッパーに詰め込んでしまった。そしてルカちゃんの使っていた割り箸を手渡してくれる。

「ん?弁当食べないなら俺もらうけど?」

 その声でやっと私は我に返った。今の一連の動作がぼんやりと風景として写っていた。幼馴染の彼が動く様子に突然色が付いたように見えて、私は目の周りに熱が集まっていくのを感じた。
「なっ……なにするの……!突然……」
「いや、何だかちゃん信じてなかったから」
「……ええ……?」
「俺さ、コウにはやっぱり渡したくないんだよね」
 ルカちゃんはそう言って私に顎をつんと向けて、それからいたずらっ子のように、笑った。その笑顔には私は勝てないんだ。眩しい青空をバックに笑うルカちゃんを見上げて、私は多分真っ赤になっているだろう頬を抑えて笑ってみせた。ちゃんと笑顔になれていたかどうかは分からないけれど。





















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