夏の終わり










 熱い熱い甲子園。気温の高さに加え、応援席はまたとない熱気に包まれていた。
 高校三年間で初めて来た甲子園。幾度も勝利を掴み、徐々に応援団とチアを始めとした生徒の応援人数も増えていったところだった。そして迎えた今日、準決勝。わが羽学のユニフォームをまとったナインたちは、今球場の中央で皆、うなだれていた。涙を流している人もいた。……それはフェンスで阻まれたこちら側も同じだった。

「悔しい…」
 帰りのバスの中、私はなかなか落ち着かなかった。今日の三回戦目だった私たちの高校の試合。悔しさが尾をひいていて、すでに夕食として配られたお弁当も済まされバス内は早めの消灯となっていた。行きとは違い、盛り上がるものもお喋りするものもおらず、皆一見静かに眠りについているようだった。そっとカバンの中から携帯電話を取り出す。
 私は同じ応援団の天地くんにメールをしてみた。









 帰りのバスの中、皆興奮が冷めやらぬようで、車内はにぎやかだった。だが顧問の教師が消灯だといい、電気を消してしまい、僕たち応援団仲間は暗い中お菓子を食べながらぼそぼそと喋っていたときだった。僕のポケットの中で携帯電話が震えた。隣のヤツに見られないようにそうっとサブディスプレイを確認してみると、そこには「」の表示。僕はカバンで隠しながら中身を確認することにした。

『すごく、悔しい。私たちの応援ももしかして4度目だから勢いが落ちていたんじゃないかって思う。もっと精一杯やれたかもしれないなんて思うと悔しい。』

 何を言っているんだろう、この先輩は、とため息を吐く。
 どう考えたって野球部が負けたのは応援団、そして先輩の所属するチアのせいなんかじゃないだろう。そんなことは誰に聞いても同じ答えが返ってくるはずだ。
 僕も、そして本当はきっと先輩も分かりきっていることなんだろうと思う。
 それでも自分のこととして悔しがっている先輩はすぐ慰めてやりたかった。
 少なくとも、部活のことで先輩が僕に対して愚痴や弱音を吐いたことはこれまで一度もない。
 それがこのメール。
 相当参っているらしい。僕はしばらく思案して、ゆっくり携帯電話のボタンを押し始めた。

『もしかして、自分のせいで負けたなんて思ってるの?』

 窓の外を眺めた。丁度バスは草津のサービスエリアへの側道へ入るところだった。なんていいタイミングなのだろう、と僕は携帯と財布をズボンのポケットへ押し込んだ。



 何台も高速バスが立ち並ぶ。夜といえどもまだ21時だった。高校生がおとなしく寝る時間にはまだ早い。皆トイレ休憩や飲み物の買出しに忙しいようで、意外と人が多かった。僕はトイレの向こうに設置してあるベンチに座る彼女に近づいた。

「せ〜んぱい。ここいい?」
「わ!!天地くん!」
 返事も聞かずに僕は先輩の隣に座る。先輩は「びっくりした!」と言いつつ、少し横にずれてくれた。

「さっきのメール見たよ」
「うん、ごめん、急にあんなメール」
「返事も見た?」
「うん……思ってないけど、でも私たちの応援がもっと力強かったら、なんて…」

 外灯から少し離れているこのベンチは薄暗かった。僕はうつむく彼女をじっと見つめる。耳に掻き分けられた髪の毛に草がついているのを見つけて、そっと手をやった。その瞬間、驚いたように先輩は身体ごとこちらへ向けて、同時にまた少し僕から離れた。

「な、なに!?」
「草がついてた。芝生で寝たの?」
「そんな訳ないでしょ…どこから飛んできたのかな」
「……ねえ、もし泣きたいなら、胸貸すよ?」

 その細長い草を手で弄びながら、僕は笑って言う。左手をさっと広げた。

「どーんと、来ていいよ」
「……ばか」

 先輩は苦笑いのような表情でこちらを見上げている。
「来ないんなら、僕がぎゅってしにいってあげてもいいけど」
「いいです、結構です……分かってるから。私のせいだなんておこがましいよね。ただただ、悔しかったの」
 そういう先輩の顔がいつもよりもぐっと大人びて見えて、僕は少し息をのんだ。これから先、どんなに望んでも願っても叶わない歳の差がまた大きく開いたような気がしたから、僕は小さく嘆息する。
「天地くんだって、悔しかったよね。ごめん、へんなメールして」
 僕は返事もせずに黙っていた。何だか先輩がずるく思えたからだ。僕を完全に置き去りにしていってしまうその先輩が。
「でもさ、天地くんに聞いてもらって、私すっきりしたな。ありがとね」
 お姉さんぶったようなその口調に僕はすごくイラついて、先輩の髪の毛をぐしゃぐしゃっと撫で回してやった。ついでにさっきの草もまた頭の上に乗せてやった。

「な、なに!?なにするの!?」
「僕の気も知らないで!ホント先輩、自己完結もいい加減にしなよ!」
「え!ご、ごめん……」

 先輩はうなだれて髪の毛もそのままに手を膝の上できちんと揃えた。
「迷惑かけてすみませんでした」
 ぐしゃぐしゃの髪の毛がやたらしおらしく見えて(自分でしたとはいえ、無残な姿だ)、僕は先輩の膝の手に自分のそれを重ねた。
「でも、僕に弱音吐いてくれたの、嬉しかったよ」
「嬉しかった?迷惑じゃないの?」
 窺うように顔をあげた先輩は上目遣いで、さらにずるかった。こういうときは年上だと感じなくなるから全くもって、ずるいものだ。少し鼓動が早まった。
「うん、嬉しい。頼りにされてるのかなって思うから」
「私も、胸貸してくれるって言ってくれたとき、嬉しかったよ。天地くんはホントに頼りになる後輩だなって思った」
 うん、一言多いんだな、この人は。
 僕は脱力する身体にまかせて、先輩の肩に僕の頭を乗せた。後輩、後輩、そうだ。その壁は分厚くて硬い。いつそれが砕けるのだろう。

「天地くんも、泣きたいの?」
「うん……違う意味でね」
「違う意味?」
「もう、聞かなくていいから」
「うん…」

 泣きはしない。けれども、何だか頭が痛くなるような気がする。ふとすると小さく虫の泣く声がした。

「え、もう秋の虫か。気が早いやつもいるね」
「そうだね。もう、夏も終わるんだね」

 僕たちが共に過ごせる夏もこれで最後なのかもしれない。胸の奥で固まってゆくひとつの気持ちに僕はどうしようない程切ない気持ちになった。





















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