この街の見物といえば闘技場をおいて他は無い。何しろ観光客のお目当て全てはそれだというのだから。 しかし私はそれに興味は全くなかった。単純に闘いを怖いものだと認識している上、元の世界でのプロレス観戦などにも心を惹かれたことはついぞない。 でも、仲間が大会に出るともなれば話は別だ。 「こうして見ると、ユーリって堂々としたもんだよね。すごい……」 闘技場の中心、コロシアム内で向かってくる敵を軽々といなすその黒尽くめの人物を見つめ、私は零れるように呟く。歓声や罵倒、色々な声が響く中でも隣にいたレイヴンは耳を私に向かって傾けた。 「ちょっとぉ?ちゃんまさか青年に惚れちゃったとかそんなんじゃないわよねぇぇぇ?」 「ええええ?」 思わず見合うような形になり、私は慌てて首を振った。 「違うよ!そうじゃないけど!ただ単純にかっこいいなーって思っただけ!」 レイヴンの更に隣に座っていたジュディスも私に向けて微笑むように振り向いた。 「あら?それはユーリに魅力を感じてるってことではなくて?」 「それはそうだけど、ちっ、違うよ!全然そういう意味じゃないよ?」 極めて落ち着いて答えるけれども、否定すればするほど嘘臭く聞こえる。いや、でもそれが事実だし。確かにユーリはかっこいいけれども、異性として意識しているとかそういうものでは全くない。私は大きく何度も頷きながらジュディスの方を覗きこんでいた。 「あー!もう!そんなんだったら俺様が出るんだったわー!ちゃん絶対おっさんの魅力にメロメロよ?骨抜きよ?」 そんな私たちの間で頭を掻き毟りそう言うレイヴンに私は冷ややかな視線を送る。 「何度も言ってるけど、そういうんじゃないってば。きっとそんなことにはなりません」 私が視線を変えずにそう言うとレイヴンは今度は勢い良くジュディスの方へ向き直る。しかしてこの変わり身の早さはちょっと見習いたいと思う。 「ジュっ、ジュディスちゃんはっ?俺様の魅力にときめいちゃうよね!?だよね!?」 「うふふ、どうかしら。おじさまのご活躍次第だとは思うけれど」 さすが、ユーリとはまた別にいなす方法を備えているクリティア族の美女はニッコリと微笑むと指先をコロシアムの中心へと向けた。 「ほら、次の試合が始まるわ」 『さーていよいよ決勝戦だぁ!!果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか!?挑戦者ユーリ・ローウェルに対するのは!チャンピオン!フレン・シーフォ!!』 地鳴りのように歓声が響き渡る中、私を除く応援席のメンバーの誰もが困惑の顔でお互い見合っていた。 「どうしたの?このチャンピオンが確かこの街を乗っ取ろうとしてるっていうんでしょ?」 そう私がレイヴンを見上げると、彼は薄く笑って、顎を摩りながら言うのだった。 「こりゃあハメられたかな」 「え?どういうこと?」 私の前に座るエステルは柵から乗り出さんばかりの勢いで出てきたチャンピオンの姿を凝視している。 「あれって……」 すらりとした体躯に白いマントをなびかせ、まるで王子様のように登場したチャンピオンの姿に、女性の黄色い歓声が沸く。 私も彼には見覚えがあった。 ダングレストへと親書を届けにきた騎士だ。輝く金髪に、優しそうな面差しを覚えている。 「騎士団だ。フレン隊隊長。しかも青年の幼馴染なんだって」 隣のレイヴンが囁く。私は思わず「えっ」と声を上げた。 そうしている間に、目の前の彼らは動き始める。剣が打ち合わされる音が高く響いた。 たまに何やら言葉を交わしながら、ユーリとフレンは剣を交える。その様子は演技ではなく、本当に真剣勝負のようだ。 「じゃあ、どうなってるの?」 「うーーーーん。おっさんも事態を見守るしかできねぇわ」 ちょっと楽しそうに目を細め、レイヴンは試合を見つめる。舞台の主役二人は未だ戦っている。 「!?」 と、そこへ突然、観客席から黒い影が二人の元へ降りていったのだ。それは舞台の中央で止まった。人間。男の人のようで、予想外の事態にざわつく声が広がる。とんだ珍客に水を差され、戦っていたはずの二人は動きを止めているし、司会者は動揺した声をあげていた。 「これってパフォーマンス?」 そう言って隣のレイヴンを見上げても苦い顔をしている。 「いや、違うだろ……」 急にリタが叫んだ。 「ザギ……?魔道器がなんか、変……あんな使い方!」 突然舞台の真ん中へ現れたその男は左腕を天に振りかざしていた。それが魔道器であることは私にも分かる。確かにそれは低い音を立てながら作動しているようだった。 「なんだか禍々しくって、動悸がするわ……」 言葉通りレイヴンが左胸を抑える。私は大丈夫?と目で見るけれど、彼はいつものヘラリとした笑い方をしながらも、視線はザギと呼ばれた彼から離されなかった。 その時。 「あの魔道器!」 と、突然ジュディスが叫ぶと客席から舞台へと飛び降りたのだ。あんまり軽やかなので止める暇もなかったけれど、後を追うようにリタもエステルも続く。 「ちょ、ちょっと!」 レイヴンがぽん、と頭に手を載せる。見上げると困ったように眉を寄せて笑っていた。困っているのは私も同様だ。 「ちゃんはここにいな。何があるか分かんないから」 「う、うん」 「危なくなったらすぐに逃げるように!」 そう言い残し、彼も闘技舞台へと降りて行く。慌てて下を覗き込むと皆は早々にザギとやらと戦い始めていた。多勢に無勢だというのにも関わらず、ザギは例の腕を振り回し、独特な闘い方を見せている。段々に観客もこれが演出ではないと気付いているらしく、歓声ではない困惑の声があがり始めていた。 「どうなってんだよ!決勝戦はどうした!」 「こりゃあ無効試合かぁ!?」 「運営出てこぉい!!」 元々荒くれ物の集いだと聞いていたけれども、罵声が飛び交いながらも未だ面白がってユーリたちとザギが戦うのを見ている観客も大勢いた。 しかしそこで急に大きな爆発音がしたのだ。 舞台の真ん中から突然放たれた音と光に一瞬会場が静まった。 「腕が……?」 明らかに魔道器の暴走に見える。例のザギが付けていた腕だ。彼は重たげな腕を叱咤するように声を上げるが、そこからは煙と、暴走した結果なのか魔法のように衝撃波が飛び出されている。それは至るところで闘技場自体を揺らした。 結果、魔物が飛び出してくるという非常事態になる。舞台上には一気に魔物がひしめきあう一方で、観客席も皆が我先にと出口に向かうので大混乱だ。騎士団のフレンさんが指揮を飛ばし、騎士の人が辺りを駆け回っている。呆然としてしまいそうになるが、とりあえず舞台上の皆を見つめる。 「ねえ、みんなー!!大丈夫ー!?!?」 一生懸命そう呼びかけるが、全く聞こえる様子はない。皆は魔物の駆除に忙しそうだ。 そうしていると、ふと気付くと周りには誰もおらず、少し私は焦る。そんな私に気付いた騎士の人が駆け寄ってくるところだった。彼が近くに寄ってきてやっと顔が判別できて、思わず声をあげた。 「あっ、えっと、フレンさん……」 「君も早く避難して!こっちだ!」 そっと背中を押され、言われるがままに出口へと向かう。当然彼は私のことを知らない。フレンさんは険しい表情で一言「なぜ」と呟いていた。私と目が合うと、慌てて少し微笑む。それを見てつい私は口にしていた。 「どうしてユーリと闘うことに、って意味ですか?」 「!君は……?」 まだ闘技場の出口から先は人でごった返している。それを待ちながらフレンさんは私をじっと見つめる。……そんなに見られると、困る。私は視線を合わせずにちょっと俯いた。 「私は今ユーリたちと一緒に同行させてもらっているといいます。何で騎士団のあなたがチャンピオンだったんですか?」 「……騎士団の任務だからだよ。それより君たちこそ。いや、ユーリはハメられたと言っていたな。ちょっと話を聞いてもいいかい?」 金髪を揺らし、彼はちょっと微笑んで私に尋ねた。おそらく私の警戒心を解こうとしての行動だろう。ただ私は、王子様然としたその姿にやっぱり動揺した。 かっこいい。すごくかっこいい。 そんなこと思ってる場合ではないとは思うが、今まで見たこの世界の人で何よりこれほどまでに王子様という形容が似合う人物には出会わなかった。 「何をお話しましょう……?」 動揺した胸を落ち着かせるように抑え、顔を見上げる。彼は一つ頷くと、出口の混雑さにウンザリしたようで、裏口の方へと私を導き始めた。 「君たちギルドはどうしてこの大会に出たんだい?依頼、だったのだろう?」 走りながら彼が尋ねる。裏口から内部に入ると、もうもうと煙があがっていた。その中を彼に手を引かれ、走る。煙の影から魔物が飛び出てこないかどうか私はびくびくしていた。そんな私に気付いたのか、フレンさんは剣の柄に手を当てながら、小さく言った。 「大丈夫。僕が君を守るから。おびえないでも平気だ」 でもその心配はよそに、無事に地下道のような細い道を抜けるとやっと闘技場の外へとつながる扉をくぐることができた。ほっとして私はちょっとだけ話す気になる。……やはり魔物が出そうなところでは落ち着いて話すこともできないものだ。 「依頼です。でもそれをお話するのは守秘義務違反とかそういうのになりますよね……」 「ラーギィ。そうだね?」 煙が充満していた中からやっと外へと出て、大きく呼吸をする。それは二人共で、先に呼吸を整えた彼に、突然肩をつかまれた。驚いてフレンさんを見上げると彼は真剣な顔をしていた。 妙にどきどきとする中、何と言おうか逡巡しているそこへ誰かが走り寄ってきて声を掛けられる。 「ちょーっとちょっとちょっと!うちの子に何してんの!」 ひっぺがすように横から肩を抱かれ、フレンさんから離された私は驚いて見上げた。それは目の前の王子様もそのようで、目を見開き、私の後ろに焦点を合わせる。 もちろん声で誰が来たのかは分かったけれど、とにかく驚く。 「レイヴン!いきなりびっくりするじゃん!」 「まぁまぁ。じゃあ騎士さんよ。ちょっと俺様たち急いでるから、また今度!」 そう言い捨てて、レイヴンが私の肩を持ったままくるりと回れ右をする。私もそれに倣う形になった。 「えっ。いや、まだ話が!」 背後から追いかけるように聞こえる声を振り切るように、レイヴンは私の腕をひいて走った。私も思いきり着いて行く為に足を動かす。ああ、誘導してもらったのにお礼を言い損ねてしまった。突然の展開に混乱しそうだったけれど、走っている間に考えをまとめる。 「ねっ、ねぇ、どこ行くの?」 「さっき、幽霊船でみっけた宝箱を持って逃げやがってねぇ。あのラーギィがっ」 「いっ、いつの、間に、そんなこと……」 息があがる。少しは旅に出て体力がついたかなぁと思えども、そう数日で簡単につくものではない。私の腕をひく彼の手を逆にひいて、ようやく足を止めてもらった。 「とりあえず街を出るから。お、あそこ。青年達が」 「あ、ほんとだ」 街の出口付近でラピードを囲む彼らと合流した。 逃げたラーギィさんを追っていたラピードが彼の服を食いちぎって持っていたらしい。それのニオイを追って捕まえようと意気込んでいたのだった。 ラピードの導く方へと急ぐ。特に箱を奪われたことに憤慨しているリタと、ジュディスは先頭を切って走っていた。 「ちゃん?良かったら街に残っててもいいのよ?」 明らかにへばっている私を見てレイヴンが言う。ラーギィが逃げ込んだらしい洞窟の入り口だった。ここからなら街まで一人で戻れるかもしれない。でも私は首を横に振る。 「ここまで来ちゃったし。大丈夫……」 「そう?どっちかというとこれはカロル少年のギルドの問題だからおっさんたちあんまり関係無いっていうか」 「……うん、でも着いてきちゃって。レイヴンも人が好いよね」 「まぁね。おっさん優しいからね。誰も言ってくれないから自分で言うけど」 お互い息を整えて顔を見合わせる。 知ってるよ、とはなぜか言えずにちょっと笑った。 |