ご機嫌なふたり











「おーい」
「…………何?」
「ちょっと武器見るの付き合ってくんねぇかな」
「えっ?何で私?」
「まぁまぁそう言わず」
「やーだっ!ちょっと!引っ張らないでよ!」


 そうしてユーリは無理にの首根っこをひいて幸福の市場<ギルド・ド・マルシェ>へと足を運ぶ。多少強引ではあるが、彼にはそうせざるを得ない理由があるようだった。



 時をほんの少し前へと遡る。

 ダングレストに一行が到着し、しばらく彼らは訪れた街を見物でもしようと解散したのだ。リタは言うまでもなくこの街の魔道器を少し見たいと言い、エステルは色々な市場に気を取られふらりと街の中央へ行き、カロルは馴染みの街だ、どこか知り合いのところへ行ったようだ。
 さてはて残ったが、慌てたようにユーリを避けてどこかへ行こうとしていたところを、その当人ユーリがさらりと捕まえたという訳だ。

「たまには俺に付き合ってくれてもいいんじゃねーの?」
「えっと、私ちょっと色々、雑貨見ようかなぁと思ってたんだけど」
「んじゃあ武器見たあとに見りゃあいいだろ?そっちも付き合うし」
 そこまで言われやっと観念したように自分に付いて歩くを見て、ユーリはそっと手を放す。ほんのりと彼女の頬が色づいているのを視認し、彼は微笑む。
 ユーリはここのところに避けられていると感じていた。そしてそれは間違いなく、事実だった。

 彼らは幼馴染だ。
 時には兄妹のように、親友のように、いつも一緒にいたその関係はまさに「幼馴染」としか形容できない、とユーリは思っている。
 そこにはもう一人、フレンという少年も入っての関係だ。
 何をして遊ぶのも三人で一緒だったし、フレン少年が帝都を離れるまでそれが永遠に続くのだろうと疑わなかった。それはユーリもフレンもも同じ。
 それが例えかりそめだったとしても、そのままで続けさせることはできた。
 がフレンを異性として見ている。それを知ってもずっとそのままでいることはできたというのに、壊したのは自分だということをユーリはもちろん分かっている。

 あのとき、に触れ、動揺した彼女を見て一瞬理性が飛んだ。
 そんなことは彼の今までにおいて初めてだった。
 しかしその一瞬で色々と悟ったのだ。別に自分の気持ちを押し込める必要も無いし、本人にそれが伝わった以上、取り繕う必要すらないのだと。



「で、どれにするの?」
「うーん、やっぱ新しい剣がいいんだよな。大分歯こぼれしてきたし」
「そっかぁ。私もそろそろ良さそうなのがあれば新調したいけど、まだ大丈夫かな」
 けして広くはない店内、もう一人客がいるが、ゆっくりと吟味できそうだ、とユーリは息をつく。彼は訪れた街で新しい武器を見物するのがこっそりと楽しみでもあった。
 は武器の居並ぶ隣の薬品類やグミを流し見ている。そういえばその辺の補充もしておくと良いと思い当たったユーリはに耳打ちした。
「雑貨見たいっつってたろ?ついでにこの辺も見ておいてくんねぇ?」
「……っ」
 ユーリの予想通り、は耳を押さえ、飛びのいた。振り向いた頬は瞬時に染め上げられている。その様子に気をよくしたようでユーリは意地の悪い笑い方をする。
「なーに意識してんだよ」
「す、するよ!近いもん!不必要に近いもん!!」
「そうかー?」
「いやいやいや、もういいってば。えっと、グミの補充ね。分かった。分かったから、これ以上近寄らないで。話しかけないで。補充について考えなきゃいけないから」

 激しく慌てるを前に、ユーリは可笑しくてたまらない、というように爆笑していた。

「兄ちゃん。アッツいねー」
「だろ?」
 が店員と精算をしているところに、もう一人の武器担当らしき店員が話しかけてきた。こちらはこちらで吟味するとするか、とユーリも大人しく薦められる武器を手に取ったり眺めたり、始めた。




 大体の買い物を済ませ、二人は店を出る。鼻歌を奏でるユーリの様子には小さく笑いを零した。
「ん?何だよ」
「だって、ユーリ、ご機嫌じゃん」
 新品の武器を買えてご機嫌なんて子供みたい、と続けてがまたちょっと笑った。ユーリ自身はそんなつもりは全く無かったし無意識だったが、気分がいいことには間違いがない。ぼそりと彼は呟く。「まあ、お前も一緒だしな」
 極めて小声だったのでには届かなかったらしい。ユーリの一歩先を歩いていた彼女は振り向いた。
「え?」
「さて……何か甘いもんでも食いに行くか」
「うん、お楽しみのね!」
 甘党な二人はやはりご機嫌な足取りで飲食街の方へ向かっていった。

 ふと目に留まったカフェ。可愛気に出された看板は手作りのそれらしく、流木かなにかで立てられていた。そこには簡素なメニュー。ケーキセット500ガルドの文字。
「あ、ねえ、ここにしてみる?」
「あー、じゃあ入ってみっか」
 が指差し、ユーリは頷きながら微笑んだ。彼の脳内は既に甘味を摂取するべく動きが遅くなっているのだろう。は勢い、木の戸を開けた。カランコロンと大きくベルが鳴り、可愛らしい制服の女の子が出てくる。

「いらっしゃいませー。二名様ですね!こちらへどうぞー」

 すんなりと宛がわれた席に座り、店内をぐるりとユーリは見回した。素朴な中に、女性の好きそうな可愛らしい雑貨がちらほらと飾ってある。彼はこういったものに全く興味はないが、向かいに座ったは少し瞳を輝かせるようにして出窓に飾ってあった人形を見つめていた。その様子に思わずユーリは顔をほころばす。
「ご注文は?」
「えーと、俺ケーキセット」
「私も同じので」
「かしこまりました〜。少々お待ちくださいませ〜」
 先程はユーリのことをからかうように、「ご機嫌だね」と言った。だが今は彼女のほうがワクワクするように目を細めている。その様子が子供の頃と全く変わっておらず、ユーリは小さく笑った。

「え、何。何笑ってるの?」
「いや、今度はお前がご機嫌だなって思って」
「うん。すごく可愛いお店!でもきっとユーリもケーキがきたらまたご機嫌さんでしょ」
「俺は今も気分いいぞ?相変わらずだ」
「ふうん」
 ふとしたときに、彼女は大人っぽくなったと思ってしまう。それは特に彼女がフレンに対して幼馴染以上の気持ちを抱いていると知り、且つそれが叶いそうにない、と彼女が感じているときに殊更感じる。
 それが手に取るようにユーリに分かるのは、元来の世話好きな性分ゆえか、自分の気持ちのせいなのか、そこまでは彼には区別がつけようにない。
 だからこそこうして「昔と変わっていないのだ」と触れられるとき、ユーリはとても心が躍った。

 ケーキの味も、彼女の笑顔も、ユーリにとっては格別だった。





















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