あいつを振り向かせる方法 

まさか本当にそうなるなんて、思ってもいなかった。 期待はしなかった訳じゃないけれど、でも、先生が本気にとってくれるなんて。
「先生、私、クリスマス空けてますよ。先生とパーティするためにさー」 「鈴木。そんなこと言う暇あれば、単語を10回書きなさい」 英語の2学期末テストの結果が散々だった私には、冬休みよりも先に補習テストが待っていた。 と言うよりも、補習テストの結果によっては冬休みすら無いらしい。 それだけは避けなければならないことだ、と今私は必死こいて、部外者のクセに英語研究部とやらに居残ってまで勉強しているのだ。 さっきまでは英語研究部長のゆうこが付き合ってくれていたけれども、何やら彼氏とデートだなんて言って帰ってしまった。 まったく、薄情だ。女というのは必ず男の方を優先させる生き物なのだろうか。それとも私の友達がそういう女ばかりなのか。 いや、それは正しいのかもしれないけれど、今の私にはどうでもいいことだ。 ゆうこのお陰で、しっぽりと先生と二人きりになれたのだから、逆に感謝こそしなければ。 ゆうこ。ちょっと言ってみただけだから。本当はすごい感謝してます。 それはさておき、何故私は英語ができないのか。 元々英語は中学から苦手ではあったけれども。 授業が面白く無い訳ではない。 当たり前だ。担当は、私の恋する坂根先生なのだもの。 否、だからこそ、良くないのだろうか。 先生の白くてごつごつした手が気になる。 さらさらの、色素の薄い髪が気になる。 清潔なシャツに覆われた、大きな肩が気になる。 うん、だからだ。そうだ。絶対そうだ。 私は大きく心の声に頷くと、溜息を吐き出した。 その私の様子を見ていたのか、先生はぷっと吹き出す。 「何ですか?つうか、何で笑うの?意味わからーん」 「いや、ごめん。なーんで鈴木こそ、意味分からんぞ。熱心に授業受けてるのに、何でテストは悪いんだー?」 先生は私の真似をしておどけながら話した。 ああ、バカみたい。 嬉しすぎて顔が緩みそう。 でも、そんな顔は見せる訳にはいかない。ダメだダメだ。絶対。負けじゃない。 「そんなの、こっちが聞きたいですよ。ああ、補習ダメだったら、どうしよう。もー、新年迎えられないじゃん…」 私は本気で頭を抱えて机に臥した。 決して言えない本当のことは心にしまって。 『熱心に見てるのは、先生のことだけです』 そんな心の声は届くはずがないから。 相変わらず先生は笑いながら私の頭を丸めたテキストでぽこりと叩く。 「そうならないために、俺が勉強付き合ってるんだろう?頑張れよ、鈴木」 机から顔をあげると、目の前に、満面に笑みをたたえた先生の顔が映し出された。 その、犬っぽい笑顔が大好きなせいだなんて、気づくことも無いんだろうな。 先生は「特別にコーヒー淹れてやる。他のやつには秘密な」なんて言い残して、部室を出て行く。 無造作に閉められる扉を横目で追いながら、少しほっとする。 正直、二人きりは心臓に悪い。 勉強なんて身に入る訳ないじゃないか。 私は握っていた青いシャープペンを離して、手の平の汗をスカートにこすりつけた。 …ノートが波打っている。 これも先生のせいだから。ああ。もー。 椅子の背もたれにしなだれて、私は窓の外を眺めた。 微かに運動場で部活中であろうサッカー部員の声がする。 補習を控えた私には眩しい、声。羨ましい。 外は小雨が降っている中なのに、よくもまぁあんな元気に声が出せるものだ。 私は皮肉を口の中だけで呟き、外を眺めたままでいた。 目の前に広がる雨のしずくが段々激しくなるのを見ていると、少し気分が変わってくる。 「……雨、ひどくなってきたなぁ」 ぼんやり呟きながらも、内心、スッキリしてくる。 サッカー部員には何も罪はないのだけど。 「…鈴木…。真面目にやってんのかー?!」 私はぼんやりしすぎていたのかもしれない。先生が部屋に入ってくるのも気づかなかったなんて。 振り返れば、先生はカップを二つ持って、眉間を寄せながら私の向かいの椅子に座ったところだった。 「今、ホラ、雨がひどくなってきたのを見てたんですよ!サッカー部、かわいそうに…」 「はああ。まったく。ちょっと休んだら、またワークんところ、復習な」 先生はそう言いながらも、またあの笑顔で私の前に黒く揺らめく液体の入ったカップを置く。 「あと、本当は生徒にやっちゃいけないんだけど、これもやる」 「え……」 波打つノートの上にポンと小袋に包まれたクッキーが置かれた。 「甘いものは脳にいいからなー。少しなら」 自分も同じ袋からクッキーを取り出しながら、先生は口端をあげる。 もう、この人、酷い。 私は顔がにやつくのを抑えられなさそうなので、わざと大げさに言ってみる。 「わーい!よかったー。丁度小腹が空いてたんだよねー。先生、ありがとう!」 抑えない。心底の笑顔を先生に向ける。 これが精一杯の私の告白だから。 先生は変わらない笑顔を私に向ける。 私の大好きな、先生の一番好きな、笑顔。 私は直視できずにすぐにクッキーの袋を開けにかかる。 「なあ、鈴木。もし、補習ひっかからずに無事に冬休みに入ったらな?」 「はひ」 私は既にクッキーを頬張っていた。うまく話せない私を笑顔で見ながら、先生は続ける。 「クリスマスパーティ、しようか」 「は」 口がいっぱい。頭もいっぱい。 急にかけられた誘いの言葉を理解するまで数秒のインターバルを頂く。 「…みんなで?」 「いや」 頭を振りながら、先生は笑顔を崩さず、先の言葉をためた。 意地悪だ。この人は。 私は待てないのに。 「先生と、私?」 「うん」 私は頭の中が動かなくなるような感覚に襲われた。 「な、なんで?どうして?」 「だから、鈴木頑張れよ!俺も鈴木に頑張ってもらわないと」 「そ、そういうこと」 ただ先生は教え子のやる気を出すためにそんなことを言っただけなのか。 乙女心を弄ぶような男なんだ、と悲しくも嬉しい余韻は収まらずに妙に納得しかける。 きっと私の顔は今の心の中を素直に表しているに違いない。 こんなに一気に揺さぶられて、仮面を被れる程私は強い子じゃないもの。 「勘違いしてないか?俺は、鈴木とパーティしたいから、頑張って欲しいんだぞ」 「えー???」 先生の言葉に顔を跳ね上げて私は座っているのに頭一つ分上にある先生の顔を凝視する。 先生は笑顔。 「もう、先生からかわないでください!」 泣きたい気持ちになって、すぐに私は俯く。 「ごめん。鈴木。からかって、ないよ」 何だか、先生の声の調子ががらりと変わった気がしてそっと先生の顔を覗いてみた。 先生の顔からは笑顔がふっつりと消えていた。 「鈴木が好きだから言うんだよ」 瞬間、私は自分の耳を疑った。 先生の顔を眺めても、いつものように、にかっと笑ってくれない。そんな真面目な顔、怖い。 私は何も言葉を返せない。 もうやめて。頭の中、すごいことになってるから。ぐっちゃぐちゃだから。 引き出しから、先生と初めて会った日のことだとかが流れ出てきている。 漫画の中みたいに桜が舞っていた。今の私の頭の中も、桜吹雪、いや台風並の大騒ぎ。 「今日は、もう帰ろうか。雨すごいな、送ってやるから」 そう言葉を置いて、先生は職員室へと向かった。 私は、そう。腰が抜けたみたいに椅子から立てない。 誰が誰を好きだって? 車のキーを片手に持って、先生が笑顔で部屋に入ってくるまで、私は身動き一つできなかった。 「一緒に行くのはまずいから、鈴木、5分後に校門ダッシュしてこいな」 先生の笑顔が扉の方を向くのを見計らって、台風の勢いに任せて、私は先生に飛びつく。 「……鈴木?」 「先生は、ずるい」 「あはは、ごめん」 「その、笑顔がずるいんだもん。見られないよ」 ああ、人生で初めて男の人に自分から抱きついてしまった。もう、鼓動は早すぎて何がなんだか分からないから、もう全て良しとしておく。 「私、言ってない」 「え?何を」 「言ってないです」 「うん」 大きく息を吸って、吐くのが深呼吸。先生の、これは何の匂い?落ちついて。私は言葉を舌に乗せる。 「先生のこと、ずっと好きだったんだから」 先生の、私よりもずっと大きな身体に回した手に、私の好きな、白い大きな手が重ねられるのを、感じた。 aikoの曲名で10のお題に戻る げろる。 はずかっしー!!はずかっしー!!!でもアップしてしまう。 でも、教師と生徒なシチュエーションにかなり萌えな私は一人で盛りあがって書いてました。 ちなみに、この先生のイメージは、坂口憲二な感じで。 あんな先生いたらーん! あ、ケインコスギでも可。  








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