ありがとうございます。励みになります!!
それでは、月夜の告白で、ボツにしたけど気にいってるシーン、クリフトさん大暴走編をお楽しみくださいませ。








そう考えながらぼんやりと薄く震えるエッダの肩を見つめていると、ふいに抱き締めたくなる衝動に駆られた。
そんなことをすればエッダに嫌われるに違いない。突き放されて最低だと罵られることだろうとクリフトは頭を振った。
なのに次の瞬間、心とは裏腹にクリフトの腕はエッダの身体を抱いていた。白いハンカチがはたりと落ちた。

(もしかしたら、ずっとこうしたかったのか)
エッダの瞳を陰らせる事柄を知りたくて。心を覗いてみたくて。
深入りしないようになんて自分に言い聞かせていたのはこうなるのが分かり、怖かったからだろうか。
エッダに拒絶されるのが怖かったからだろうか。
(ずっと目で追っているうちに、僕は…)
エッダにへの気持ちは『勇者』に対する信頼の情だと思っていたが、いつしか恋愛感情のそれへとなっていたのだとクリフトはやっと気づいた。

そのままエッダはひとしきり泣き、泣き終わるとぼそっと呟いた。
「…痛い」
それを聞いてはっとクリフトは身を引いた。
「す、すみません!」
思った以上にクリフトは強く抱きしめていたようで、エッダは両腕をさすりながら足元を見ていた。
「…私は勇者なの。けれどね、私の村を滅ぼした奴が憎くてたまらないのよ」
少し枯れた声でエッダは続ける。
「私が勇者だって思って、頑張れるのはこの憎しみがあるからだわ。
 世界がどうこうより、皆の敵を取りたいっていうのが本音。
 こんな勇者、どう思う?」
エッダはそう言うと泣き腫らした目でクリフトを見上げた。
痛々しいその瞳を見つめ、クリフトはまたエッダを抱き寄せた。
今度はエッダも頬を染めながら抗議の声をあげる。
「やめてよ…どういうつもりなの?!」
それには答えずにクリフトは呟く。
「好きなようになさったら良いんです。
 例え憎しみで敵を討とうとも、世間の方々は皆さんエッダさんに感謝こそすれ、非難などする訳ありませんから…
 僕だって世界を救うなんて大それたこと、これっぽっちもできると思いません」
「クリフト、あなた聖職者でしょう?そんなこと言って…」
「これは僕個人の考えです…聖職者だということは少し置いておいてください」
エッダは黙った。
「世界を救おうなんて思わなくても、世界の為に勇者になろうとしなくても良いんですよ。
 ただ、結果として世界が救われた…ということでは駄目ですか?」
目を丸くしてエッダはすぐ側にある彼の顔を見た。
(まさかこの人の発言とは思えない)
そういえば先刻から意外の連続だとエッダは思う。
この発言といい、この突然の抱擁といい、その腕の力といい、今まで見てきた人とは違う人のようだと。
そう思うと今度は胸の動悸が激しくなるのが分かる。
頭の芯から脈打つ響きが身体中を熱くさせた。一層顔が赤くなっていくのが分かり、エッダは慌てて言葉を紡ぐ。
「いつものクリフトじゃないみたい…そんなこと言って良いの?
 本当にそんなこと思って私は生きて、良いの?」
早口でまくし立てるエッダをすぐ上から見下ろしてクリフトは言う。
「当たり前じゃないですか。
 家族の、故郷の人のために敵討ちをしたいと思うことのどこがいけないんです?
 僕も、まだ分かりませんが、もしサントハイムの方々が殺されていたら…
 皆様のために、敵討ちがしたいと思うでしょう。
 聖職者の僕がこう思うことはいけないことかもしれません。
 神父様は”罪を憎んで人を憎まず”と仰るでしょうし、僕も今までそう思ってきました。
 けど、この先あいつらを放っておいたら世界はとんでもないことになるでしょう。
 それを阻止する大義名分の下、そういうふうに思っていても良いと思うんです」
エッダは頭の中がぐらぐら揺れているのを感じていた。
冷静に言葉を見つけることができない。息をすることさえも困難になってきた…。
そう思い、クリフトを力いっぱい突き飛ばした。
急に胸に込められた力にどうすることもできず、若草色の法衣が舞い、クリフトはしたたかに尻餅をつく形となった。突然揺れた目の前に白いハンカチが現れた。
「私、分からない」
また、泣きそうな顔をしてエッダはそう言い、くしゃっと自分の巻き毛を掴む。
「そう思ってこの先旅することが正しいのか、間違っているのか、分からないわ」
クリフトの思考回路も麻痺していた。
ゆっくりとハンカチを拾いながら立ち上がるとまた口を開いた。
「僕は、あなたの力になりたい」
その言葉を最後まで聞き終わると同時にエッダは踵を返し、まだ暗い宿への道を走り去っていった。
(何が何だか、分からない)








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