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それでは、クリフト編の続き、エッダ編です。








人から贈り物をされるなんてことは今まで18年生きてきて無かった。
年頃の女の子である前に、勇者として旅を続ける自分には到底縁の無いものだとそう考えていた。
今の今までは。

「あ、あの、今日、市場を歩いていたところ、とても美しいものを見つけまして、良かったらエッダさんに貰って頂けないかと…」
その言葉と共に差し出された桃色の小さな包みをエッダは見つめた。
一体中身が何なのかは分からないが、どうも贈り物のようであることは見て取れる。
クリフトの真意が読めないのだが、それを遠慮する気にはならない。
エッダは戸惑いながらも、その包みに手をのばした。
「じゃあ、開けてみても、いい?」
クリフトの顔を見て確認すると、彼は首を縦に振って答えてくれた。
エッダは何となく緊張するのを誤魔化すように、手早く包装を解く。
小さな袋にリボンが掛けられているだけのそれは、すぐに口が開いた。
袋を逆さにすると、手の上に転がり落ちたのは一組のピアス。
全く予想外な品物に、エッダは軽く驚きつつも、その美しい石に目を奪われた。
「…綺麗…」
それは食堂の照明の光を受けて、波立つように光る紺碧の蒼を封じた石だった。
その深い蒼さにエッダはしばし見惚れた。
こういった宝石などにはそんなに興味は無いのだが、実際に手元にあるとやはり違う。
エッダは手の平に乗る、小さなその石の美しさに瞳を細めた。
だけれども、なぜクリフトはエッダにこれを買う気になったのだろう?
根本的な疑問がふと湧き、エッダはクリフトの顔を見上げた。
突然視線を向けられたクリフトは瞬時に緊張した面持ちになったので、エッダも眉をよせた。
「どうしてこれを、私に?」
そう質問すると、クリフトは困惑したように口を開きかけては閉じるのを幾度か繰り返す。
(私、何か変なこと聞いたかしら?もっともな質問だったような)
段々と染まるクリフトの頬を見ると、何だかエッダのほうまで緊張が伝わってくる。
「エッダさんに似合うと思ったところ、気づいたら買っていたのです…」
それを聞き、エッダは瞳を大きく開いた。
異性に、しかも自分の思いを寄せている人に、そう言われるとはちっとも想定していなかったエッダはその意味をしばし考えてみる。
少なくとも、クリフトはエッダのことを考えながらこのピアスを買ってくれたと、そういうことなのだと思い当たると、エッダの胸は高鳴った。
「あ、ありがとう」
自分のことを考えてくれて、ありがとう。
そういう意味も込めてエッダは頭を下げて礼を述べた。
「いえ、別に大して高価なものではないので、そんなお言葉は」
「ううん…ありがとう」
エッダは嬉しくて緩む頬を隠したくて、下を向いた。

食事の済んだ帰り道、二人は商店街を歩いていた。
「あのね、クリフト」
「はい」
急に話しかけられたクリフトはエッダを振り返るようにして立ち止まった。
半歩クリフトよりも後方にいたエッダはある店を指差して言う。
「あの店覗いてもいいかしら?」
エッダの差す指の方には、小さな雑貨店があった。
クリフトは「もちろん、行ってみましょうか」と答えた。
雑貨店には色々なものが置いてある。食品から薬草の類も、それから日用品。
目的のあったエッダは見回りながらも色々手に取るようなことはしないで、真っ直ぐにその前に進む。
エッダはクリフトにお礼として自分からも贈り物をするつもりだったのだ。
その手に取ったものは、皮製のブックカバー。
クリフトが空いた時間によく本を読んでいることをエッダは知っていた。そして聖書をいつも持ち歩いていることも知っていた。
だから、ブックカバーならば、割と使ってもらえるのではないか、と考えていたのだった。
エッダの後ろから、きょろきょろと周りを見渡しながら付いてきていたクリフトは、多分それが自分のためだということには気づいてはいないだろう。
エッダはさっさと支払いを済ませると、店から出ていたクリフトの側に行った。
「ごめんなさい。行きましょうか」
「はい」
一見恋人同士のような会話がなされている自分たちを気恥ずかしく思いながら、だがエッダはほわりとした幸福感も感じていた。
「エッダさん、あの、よろしければ、少し散歩でもいかがでしょうか」
だからこそ、その申し出にも、エッダは自然と浮かんだ笑顔で答えた。
「ええ」

宿から大通りを挟んでエンドール城の堀が見える。
その側には木が生い茂り、人気もあまり無く、気持ちよい夜の散歩スポットであった。
美しい月夜のこの晩、たまに恋人同士と見受けられる男女とすれ違い、エッダとクリフトもお互い意識をしすぎている。
二人の間には依然、少し間隔がある。けれども、今晩はそれを少し埋められるようなそんな気がエッダはしていた。
堀に月が映るのが見え、周囲にも誰もいない場所にでた。
ここならゆっくりできそうだ、とエッダは思う。
「この辺で、座りましょうか」
「はい」
先に腰を下ろしたエッダに倣い、クリフトも隣に座る。
エッダはおもむろに、先ほどの雑貨店で買った包みを取り出した。
「はい、これ、良かったら、なんだけど」
突然、目の前にだされたそれに、クリフトは困惑したように、首を傾げた。
「もしかして、ピアスの…?」
「うん。いらなかったら良いんだけど、良かったら使って欲しいなと思って」
「そんなつもりでは」
慌てたように手を振るクリフトを見て、エッダは少し気持ちが落ち込む。
遠慮しているのだろうけれども、素直に受け取ってくれれば気持ちが良いのに。
「だって、私ばかり貰っても悪いもの。迷惑じゃなければ貰って」
クリフトは手を自身の胸あたりに出していたので、エッダはそこに包みを押し当てた。
「そんな迷惑なんかでは…、宜しいのですか?」
ここまできてそう言ったクリフトに、ついエッダは笑ってしまう。
「ふふ、クリフトに貰って欲しいって言ってるのに、宜しいもなにも」
笑われたクリフトのほうは憮然とした顔でエッダの持つ包みを見る。
「…本当にこんな、お礼など頂くつもりでは」
「うふふ、分かってるわよ。私もクリフトに貰って欲しいから買ったの」
先刻、クリフトに言われたようにエッダが答えたので、クリフトも思わず苦笑する。
「分かりました。それでは…頂きます」
「ええ、どうぞ」
やっと受け取ってくれたクリフトにエッダはほうっと息を吐いた。
クリフトのことだから、遠慮しきりで貰ってくれないのではないかとも危惧していた。
それでも、そんな遠慮深いところも好感が持てる、と今晩だけは思う。
「開けてもよろしいでしょうか?」
「ええ、開けてみてください」
クリフトが遠慮がちに包みを開く。
(気に入ってもらえるのかしら…)
先刻、クリフトもこういう風に胸がどきどきとしたのだろうか、とエッダは思う。
「これは…ブックカバー?」
クリフトの手に収まったそれは、既によく手に馴染んでいるかのように見えた。
エッダは頷く。
「うん。使えそうかしら」
クリフトの顔を見上げると、エッダの顔を捉えながらも、ブックカバーを広げてみては、微笑んでクリフトは言う。
「丁度、今使っている布製のものが、くたびれてしまった所でした…すごく、嬉しいです」
「良かった」
クリフトは本当に嬉しそうに笑ってくれた。
それを見て、エッダも本当に嬉しくなって、笑った。
「クリフトの嬉しそうな顔は私も嬉しくなるわ」
それを聞いて、クリフトはエッダの方を向き直って、正座する格好になった。
「あの…」
エッダはクリフトの顔を見上げる。月明りに照らされ、思った以上にはっきりと見える彼の頬は赤く染まっていた。
改まった様子のクリフトにエッダもクリフトの方へ身体を向けた。
「…抱き締めても良いでしょうか」
その突然の申し出にエッダは思わず身を固くした。
「…え?」
クリフトの顔を見つめたまま、エッダは首を傾げた。
真剣なその表情にエッダも口を結ぶ。
「…」
黙って首を縦に振ったエッダを、クリフトは包み込むように抱き締めた。
いつか、大分前にこうしてクリフトに抱かれて泣いたことがあった。
そのときは、こんなに色々思いを巡らす余裕が無かった。
今だって、余裕がある訳ではないけれど、それでも、クリフトの胸が温かいことだとか、洗いざらしの服のようなお日様の匂いがすることだとか、鼓動が自分と同じくらい、もしかしたらそれ以上に早く脈打っていることだとかを感じることができる。
何も言葉にはできなかった。
でも、エッダはクリフトの背中にそうっと自分の手を回してみる。
クリフトもその感触に、少し力を強めてエッダを抱く。
一層ぴったりとくっつくと、余るところは無いようにそう思えた。
今この瞬間だけは何もかも忘れて幸せでいられると、エッダは瞳を閉じた。











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