そ れ は だ ん だ ん と
(2) その土曜日の当日、クラスメイトとの待ち合わせの場よりも早く出会う寮に住む女子と連れ立って私は向かった。 しかし、皆の気合の入れ方が違うのにちょっとびっくり。 「何、何でそんな皆気合いれちゃってんの?」 その私の言葉に軽く顔を見合わせる女の子たち。 「え、だって私服で男子と会うんだよ?そりゃ気合も入るってもんよ」 「そーよ。あたしは、藤代くんの私服楽しみだもん」 「あたしは、笠井くん」 きゃっきゃっと盛り上がる彼女らを前に、私はごくごく普通のタンクトップにジーンズ。何だかめずらしく萎縮してしまう感じ。 至って普段の私と、多分何も変わらないなっていうところ。 皆は妙に女の子らしくスカートだったり、ノースリだったり、華やか〜だ。 私も何か可愛いの着てくれば良かったのかな。 そうこう考えている間に待ち合わせである校門に着くと、向こうの男子寮の方からわらわらと歩いてくる集団が目に留まった。 藤代がいつもと変わらず、大きく腕を振っている。 「おはよー!」 バカでかい声も同時に聞こえた。 思わず笑える。 「おはよっすー」 「おはよー」 口々に返事が聞こえて、私たちも歩き出す。 合流すれば藤代は私に向かって言った。 「じゃあ、行こっか。幹事サン」 「はいはい。案内よろしくー」 そして、皆を振り返って藤代は言う。 「何か、皆すげーな。今日。いつもと違うなー」 私も思わずその言葉に乗っかる。 「ね、すごいよね。皆カワイんだけど!」 そう言うと、きゅっと藤代は私を振り向きながら、言う。 「も何か違くね?」 「え?フッツーだけど…」 何だか皆には聞こえないようにしたいのか、早口で、小さく藤代が言ったのを私は聞き逃さなかった。 「かわいんじゃね?」 …むしろ、聞き逃せなかった、というか…。 もちろん他の人にも聞こえてるだろうに、藤代は笑顔でそのままだ。 まぁ、こんなリップサービス、藤代にとっては日常茶飯事だということを忘れてはならないのだけれども。 私は顔色を変えることなく、そんなわけ無いしーとか何とか何となく返しておいた。 クラスの女の子は妙にニヤニヤ顔で私を見てくるけれども、それにも私は何の反応も示さない。 藤代は臆面もなく、こういうことを言ってしまう方なのは知っているし、今までもサラっと言われてきた。 それがこの前の球技大会のときから私、ヘンだ。 すごく、意識してしまう。 それには気づいていながら、気づかないフリをして、私は何ともない顔を続けていた。 皆でバスに乗り、途中参加の人と合流しながら、目的地であるカラオケ店に着いた。 先生は、これだけの人数がいれば、割と安心だな、とか何とか言って、カラオケには来ないと言っていたので、不参加。 それで良いのかな、とうっすら思うけれども、寛大な先生で良かった、ということにしておく。 さて、盛り上げ役としては、1曲目は外せない。 私は藤代と一緒に皆でノれるような曲を選んで、歌う。 そしてめいめいが盛り上がり始める中、私は買出しに出た。 今日は私が幹事だということで、張り切っている、みたい。 楽しそうな皆には声もかけないなんて、あとでユカに知られたら薄情ね!なんて言われちゃいそう。 そんなことを考えながらカラオケを出て、すぐ横のコンビニに入ると、慌てて肩を引っ張られて、私は思わず声を上げた。 「ぅわぁぁ!」 「っ驚きすぎ!!」 肩を引っ張った張本人がもっと大きな声を上げて、コンビニの店員さんはぎょっとして私たちのほうを向いた。 私と、張本人は慌てて頭を下げる。 それから、慌てて飲み物コーナーへ走り、私はその張本人―藤代の顔を見上げた。 「何!藤代。何か欲しいもんでもあった?」 「ん、コーラ!て、それだけじゃなくて、一人じゃ重いだろ?って」 急に優しい言葉をかけられて私はしばしぼーっとしてしまう。 「…おい?どーかした?」 「…あ、いや、何か、何で?こんな女扱い初めてされるけど…」 本当にそうなのだ。 今まで男の子にそんな優しさかけられたことないから。 そんな私を見て、藤代はニコニコと笑って言った。 「何言ってんの。、ちゃんと女の子じゃん」 それを聞き、私の胸はまた大きな音をたてた。 今度は頬が赤らんでくるのが自分で分かるくらい。それは隠しようが無かった。 「………!」 「、照れてる?」 ぷっと藤代は吹き出すと、何と腹を押さえて笑い始めたのだ。 その姿を見て、私は急に血の気が頭のほうに上っていくのを感じた。 な、なんてやつだろう! 人をからかってから!! 今まで女の子扱いされたことなんて覚えが無かった私は免疫無くて当然じゃないか! 私はすぐに顔をそむけ、黙って飲み物の入っている大きな冷蔵庫を開け、いくつかペットボトルをかごに入れ始めた。 「ご、ごめん、?怒った?」 「うるさ。帰れ」 「さっきのは違うって。あんまりの反応が可愛くて、つい」 私は冷蔵庫の扉を無造作に閉めた。藤代が慌てて「コーラも!」とか言うのを無視して、お菓子コーナーへと入る。 「ごめんってー。本当、!」 「…うるさいー」 藤代は勝手にコーラをかごへ押し込んだ。 私はそれすらも無視して、次々にお菓子をかごへ放り込む。 そうしてずっしり重たくなったかごを持ってレジへ向かうと、横から藤代がひょい、といとも簡単にかごを持ち上げ、レジの台に乗っけた。 …こういうとこだけさらっとやっちゃうんだから。なぁ。 私は隣に立つ藤代をひとつ睨み、小さくありがと、と言い、精算を済ました。 すると、藤代は何も言わずに飲み物の入っているほうの重たい袋をさも普通であるように持ち上げて店を出た。 私は慌てて残された、スナック菓子の入った軽い袋を持って追う。 「ちょ、藤代!重いでしょ!」 「平気だよ」 「…じゃー、半分持つ」 「いいって!重いし」 「やっぱ重いんじゃん…」 「…」 私は黙った藤代の左手にぶら下がる、スーパー袋の取っ手を一つ掴んだ。 藤代は右手に一つ、飲み物の入った袋、そして左手の同じく飲み物の入った袋は私が半分持っているという形になっている。 「ま、これなら、なー」 「?どうゆう意味?」 「だって女の子に自分より重いもの持たせらんないだろ?」 「…もういいよそれは」 私はうんざり顔で藤代をちらっと見た。 藤代は同じように、横目で私を見ながら、話す。 「…も女の子だろうが。ちょっとは男頼ればいいじゃん」 「なんでー」 「男は、女を守るために生きるから」 そんなクサいことを藤代が言ったので、思わず顔を藤代へ向けると、藤代も私を真っ直ぐに見ていた。 その顔が妙に真剣だったので、私は顔を背けることができずに、立ち止まってしまう。 袋の片方を持つ私が立ち止まったことで、藤代も立ち止まり、私と藤代はしばらく見合う形になった。 それから先に口を開いたのは藤代で、「とりあえず、エレベーターまで行こう」と私を引っ張っていった。 藤代の思いがけないセリフに私はどきどきしながらも、やっとエレベーターに乗ってから、口を開くことができた。 「藤代、何かっこつけちゃってー」 私が笑顔交じりにそう言うと、藤代はさっきの表情が消え、いつもの笑顔で、やっぱり?などと言ったのだ。 その後は私はその話題に触れることなく、次に何を歌おうか、などと話しているうちに、部屋の前に着いた。 ドアを開けると、すぐにユカが次早くいれてーなんて騒ぐので、私はとりあえず買ってきたものを女の子たちに渡して、マイクを手にした。 私の選んだのは、これまた女度の低いロック系。しかも、男性ボーカル。 ノリ切って歌うと、もう一つのマイクで歌ってくる藤代がいた。 「何、、このバンド好きなの?」 「え、藤代もー?ちょっとマイナーだし知ってる人あんまいないかーなんて思ったんだけど!」 「うち、兄ちゃんが聞いてたから」 「うちもそうだよー」 また、意外な共通の話題。 周りのテンションも、私のテンションも上がっていった。 「つうか、歌うねー、!」 「あー、好きだからねー!」 私の返事に藤代も嬉しそうに頷いた。本当に藤代は好きなようで、それからは藤代もガンガン歌い、私はといえば、好きなバンドを知っている仲間ができたなって感じで何だか嬉しくなった。 でも、さっきの藤代のセリフが急に頭の中でリフレインして、何だか気恥ずかしくなってしまう。 私はそれからそのバンドの歌を歌うのをやめた。 そうして、楽しい時間はすぐに過ぎ去り、花火の時間となり、皆マックでハンバーガーを買い、河川敷へと向かった。 まだ夕方の少し明るいそこで大人数でハンバーガーにかぶりつく姿はちょっと異様で、犬の散歩をさせていたおばちゃんやオネエサンはみなぎょっとしたり、微笑ましげに見られたり、とにかく毎日そこを通る人には驚かせたようだった。 先生も後で「早めに来たかなって思ったら、お前らみんなでマック食ってて何か面白かった」とか言っていたし。 その先生の登場で、皆一様に花火ムードになった。 我先に、と打ち上げ花火をセッティングしたり、手持ち花火に火をつけ始めたり、何だか皆のテンションは高いままで、誰にも収めることはできなかった。 私たちの担任である杉村先生はそれを傍観するように少し離れて見ているので、危なくはないのだろうけれど、ちょっと何とか言ってほしいものだ。 藤代は男子たちに囲まれて、打ち上げ花火のセッティングに大忙しだ。 私は少し冷えた頭で手にしていた花火の先っぽに火をもらい、とりあえず楽しむことにした。 けれど、色とりどりに弾かれる炎を見つめると、心が浮き立ってくる。 「ユカ!見てー2本もち〜!」 「うわ!回すなー!」 何はともあれ、こうやってクラスの皆が一丸となって何かをするのはとっても楽しい。 はしゃぐ私たちに向かって、藤代が叫ぶ声が聞こえた。 「おーい!そっちの女子!打ち上げすっぞー!!」 その言葉に私たちも少し駆け寄る、と、 しゅうーという勢いのよい音と共に、炎が噴射しているのが見えた。 それはみんなを魅了し、また次の打ち上げ花火に引火した。 そして次の花火はぽーん、と空高く火の玉が飛んでゆくタイプで、私は頭を思い切り上に上げた。 それは既に暗くなったあたりを照らして、すぐに消えた。 売っている打ち上げタイプの花火はこんなものだよなーとか言いながら、次の花火に藤代たちは火をつける。 その花火は噴射するもので、皆の顔も、私の顔も明るく照らし、赤や青や緑に色を変えて、そして、消えた。 少しの間の後、皆の歓声。 私もそれに混じって思わず声を出していた。 「こっちもつけるぞ〜」 先生の声に振り向けば、特大の花火がポンっと音を立てたところで、夜空に小さく花を二つ、三つ、と咲かせる。 気分が高まる。 あっという間に花火は無くなったけれど、皆の興奮は冷めずに、帰宅しようとするものは誰もいなかった。 「お前ら〜。いい加減8時だからな。今日は特別に外出した訳だけど、これ以上は俺も黙っておれんぞー」 そうだった。 先生の呆れたような言いように皆はっとしたよう。 しぶしぶ帰路へとつくことになった。 一クラス分の人数の中学生がいれば、それは静かに歩くことなんてできないのは、当たり前。 私たちはわいわいがやがやとバスに乗り込んだ。 もちろん、先生も同乗して、皆が帰るのを見届けるということだ。 流石に放任主義の杉村先生もそこは放任する訳にはいかないよね。 私は立ったまま、車の振動に揺さぶられながら、今日の出来事を楽しげに話す女の子の輪の中で、話を聞くともなしにぼうっとしていた。 「………で、ね。。おかしかったよねー」 「…」 「?」 「あ!?え?呼んだ?」 「呼んだ?って、聞いてなかったのぉ!?」 何だか知らぬ間に周りがあははーと笑い出す。何? 「だから、藤代とアンタ、マイクの奪い合いしてたじゃない」 「へ。奪い合ったっつうか、歌いたいのがカブったんだって!マジで」 「見てて笑えたんだけど!ホントあんたらって似たもの同士って感じがするわねぇ」 「ええー、つうかそんなん嬉しくないし…」 ぎゃははーと、周りで笑いが起きる。 何だか、今、藤代の話題は避けたい気分だ。 ちっとも面白くないような気がして、でも愛想笑いをしながら、窓の外を見ていた。 藤代の話題が面白くないっていうのは、そう。思い出すことがあるから。 「男は女を守るために生きるから」 ああ、笑い飛ばしてやればよかった。 そうしたら、こんな気持ちにならずに済んだだろうに…。 何だか、悲しいような、切ないような、突き放されたような、そんな気分だ。 私は立ったまま、車の振動に揺さぶられながら、目を閉じた。 続きます → |