夕日がおちた。










賑やかに私の携帯が鳴り始めた。
この着メロは、アイツか。
それを聞いた瞬間に携帯を手に取り、出られるのに、しばし液晶画面を見つめた。
そうして少しだけ間を取ってから、通話ボタンを押す。
それは毎晩繰り返される、私の少し幸せなひととき。


「もっしー。ちゃん?」
いつもいつも元気だなー。テンション高いわー。
「はい。シゲ?」

「なぁ、明日でかけへん?」
急だな!明日は土曜だからまだ仕事だし!中学生は休みなのか…。
「…明日ぁ?仕事なんだけど…」

「何時に終わるん?」
食い下がるわね…。んー、確か、会議も何もなかったと思うから…。
「3時すぎには終わるかなぁ」

「なら、決まりや!俺、部活無いねん」
もう決定か!いつもながら思い立ったらナントカの人。
「うわー、強引!」

「それが俺の持ち味やって!ほんなら、ちゃんの職場まで迎えにいったるさかい」
絶対見られたくないし!
「うええ!来なくていいし!」

「遠慮しなやー。ドコやったっけ?ドコ幼稚園ゆうてたっけ?」
私、名前まで言ってたっけ?言ったような気がする…。それにあの中学からは遠くもないし、やばい。来る!
「来なくていいから!私が行くからいいから!」

「ええやんけ。あゆみ幼稚園やったやん?行くし〜、ちゃんと待っとりやぁ」
覚えてるんじゃん!うわー、私、からかわれてるわ。完全に!
「来なくていいっちゅうねん!」

「あはは、関西弁うつっとんでー。ほな、明日なー」
もう彼の中じゃあ、決定事項ですか!私の予定一切無視ですか!元より予定は無いけどね!
「来なくていいしね!」

「行くーゆうてんねんから待っとりよ!じゃおやすみ〜」

プツ。ツーー。

私は電子音が耳の奥で鳴ったまま、その嵐を引き起こした原因の携帯電話をベッドに投げつけた。
電話が枕に当たって、ぼふん、と跳ね返り、床に落ちてしまったのを見て、溜息をひとつ、吐く。
「絶対来るよね。で、絶対、『子供が子供の面倒見とるやんけ!おかしいわー』とか笑うんだわ!」
どうしても私は彼に働いている姿を見せたくなかったのだ。
まずは、恥ずかしいから。
次に、職場の同僚に、彼を見られたくなかったからだ。
私の職場は幼稚園。
やはり、教職員は女ばかりなのである。
女ばかりの職場といえば、そりゃあ彼氏もおいそれと作れなくなるのが大げさに言えば職業病。
なので、男の人が職員を見に来る、なんてことがあれば、たちまちそれは園内の格好の噂の餌食になってしまうのがオチなのだ。
それも、よりによって、ばれないとは思うけど、中学生なんてったら。
…考えたくない。
しかも、一番たちの悪いことに、私とシゲは、そんな彼氏彼女というような間柄ではない。
例のラーメンを食べに行った日からどこで番号を知ったのか分からないが、毎晩のようにシゲから電話はあるものの、それっぽい話を口にされたこともないし、ましてやしたこともなく。
正直、シゲが私のことをどう思っているのかさえ、量りかねているのだから。
あの日、キス、をされたような気がするのだけれど、数日経つにつれ、記憶はあやふやにもなるものだ。
偶然触れただけだったかな?などと思い始めてきた。
そんな訳で、私の気持ちも、まだ、固まらないまま。
それなのに、周りにもちあげられたらたまったもんじゃない。
「…4時って言っておけばよかった…」

確かに好きなのだろうけど、それが確かに恋なのか、雰囲気に流されているだけなのか、判別がつかない。







天気が良い。高い空に子供たちの笑い声が響き渡る。
いつもの光景。
私は園児たちを送迎バスに乗せながら、ほっと胸をなでおろしていた。
どうやら、シゲが来る前に子供たちを帰せそう。
たぶん、3時前には来るんだろうな、とか思ったけれども、もうすぐ3時になろうとしている時計を見て、自然と顔が緩む。
これは、シゲに会えるから、じゃなくて、嫌な予感通りにならなくて良かった、の笑いだと、自分に言い聞かせ、園庭の端で遊ぶ子供たちに大きく声をかける。
「ゆり組さ〜ん!バスに乗りますよ〜」
「は〜い!せんせ〜」
何人かは戻ってきたが、まだボール遊びをしている子供たちがその奥で見えた。
「ほーら!バス出ますよ〜」
「せんせー!お兄さんがボールぽんしてくれたよおー!」
「あら、すみませ…」
私はその声の先を見て、頭をがくりと垂らした。
視界に映ったのは、園庭の柵に腕をかけ、ひらひらと手を振っている金髪の男。
案の定、来ていたんだ。
極めて他人のふりを努めようと、そ知らぬ顔で子供たちに声をかける。
「お片づけしようね〜。運転手さん、待ってるよー」
私は子供たちに駆け寄り、シゲにも近寄った。
彼はこれでもか、というぐらいに笑顔を振りまいて調子が良いことこの上ない…。
ちゃん、めっちゃ似合うやんけ。でも子供が子供の面倒見とるようやけどなぁ〜」
「…最近、物騒ですから、誤解起こさないように園から離れて待っててください?」
「なんや、冷たいなー…。ほな、おこちゃまたちー、また今度は遊ぼなー」
「ばいばーい!お兄ちゃん!」
小さな手を思いっきり振る子供たちを私は必死に急かした。
早く、この場を離れて…!
「みんな、いきますよー!」

園児をバスに乗せ終え、片付けや休憩中にできなかった細々とした作業を数分で終えると、私は更衣室へと急いだ。
シゲが待っている。
私は無意識に緩む顔を意識的に引き伸ばし、ロッカーから私服を取り出した。
「おつかれさまー」
「おつかれさまですー」
更衣室へ入ってくる先輩が意味深な笑顔で近づいてくる。
うう、何だか嫌な予感。
先生、見たわよー?」
「な、何ですか?」
「うふふ、とぼける気ー?」
先輩はにやりと笑いながら、急ぐ私の手を止めさせた。
「急いで着替えて、男のところに行くのね?」
「うわ!男とか!違いますから!」
「何よ、彼氏じゃないっての?私は聞いたのよー。彼、あなたのこと探してたみたいよ」
「ええ?」
聞いた?何を、誰に聞いたというのだろう。
「早く着替えていかないと!ほらほら」
「うう、違いますから。彼氏とかじゃないですから」
「いいわねー、男前の彼氏…大学生?年下よね?」
まさか、本当のことは言えないので、笑ってごまかす。それを肯定と取ったか、先輩は笑顔で私を急かしてくれる。
「ホラ、彼氏待たせちゃ悪いでしょ!」
「彼氏じゃないですってば!」
「分かった分かった」
先輩はにこにこしたままだ。絶対、分かってない…。
「他の人にあんまり言わないでくださいね…。本当に彼氏でもなんでも無いんですから」
「言わないわよ。煩いものね」
先輩は眉をひそめて、肩を軽くすくめて見せた。
…少し信じられそうだ。
着替えて、結っていた髪の毛を解き、軽くセットして、私はロッカーの扉を閉めた。
「じゃあ、お先に失礼します……あの、ホント、違うんで」
先輩はそこまで言う私にようやく信じてくれたのか、苦笑いで「分かった、おつかれ」と言ってくれた。
私はそれを聞き、頭を軽く下げて、更衣室を出る。
小走りで職員用玄関を抜けると、すぐ目の前の裏門にシゲは寄りかかっていた。
「おつかれさん」
その笑顔に、急いで用意してきた焦りがふっと抜かれ、少しほっとする。
が、まだ気は抜けない。
とりあえず、裏門を抜けた先の職員用の駐車場までシゲを促し、車のロックを解除する。
「シゲ、乗って。すぐ出るから」
「はいよ」
私は車に飛び乗ると、すぐにエンジンをかけ、園を後にした。

「裏門がよく分かったね?」
「ああ、他のせんせに聞いたし。『職員用の出入り口ありますか〜?』て。何や、俺がちゃんの知り合いやて分かっとったみたいで、すぐに教えてくれはってん」
それを聞き、私はああー、と納得した声を出した。
あの先輩の言う、「聞いた」というのは、このシゲに裏門を聞かれたことなのだろう、と分かったのだ。
「……まぁ、いいや。で、シゲ、どこ行くつもりなの?」
「んん、今日は、ちゃんの行きたいところに連れてってもらおかーと思てたんやけど」
「誘っておいて、何それ!」
私は思わずブレーキをかけた。そして道路の脇にとりあえず車をよせて、ハザードライトを点けた。
聞いていたCDを交換しながら、考える。
「行きたいところ…行きたいところ…」
「なぁ、じゃあ、俺言うてもええ?」
「うん、言って」
「海見たいねんけど」
その言葉に、私は思わず目を細めた。
海。久しく行っていないその香りが鼻の奥でつん、とする気がした。
「海、いいねー」
「な、ええやろ?」
「もう秋だし、人もいないだろうし、行く?」
「行こかー」
私はシゲと顔を見合わせ、笑った。
シゲの笑顔が少しまぶしかった。
私は慌てて正面を向き、ハンドルを握った。

車を走らせて1時間ちょっと。窓を少し開けていたら、ふわっと潮の香りが漂った。
「あ、海やん!めっちゃ見える!サーファーがちょっとおんで!」
ぱあっと開けた視界には一気に海の色が広がった。
私も少し心が浮き立ったが、シゲはそれ以上のようだ。
まるで子供のように(とはいっても、まだ15歳だった)はしゃぐ様子が何だかいつもとは違って、それもまた私は楽しい。
「どっか停めて、砂浜行く?」
「行こうや〜!ここまで来て砂浜降りな、何しにきたんか分からへんやん!」
「それもそうだよね」
私は、車が数台並ぶ駐車場らしきところへ適当だと、車を停めた。
外へ出ると、風の強さと潮の香りの強さに胸がいっぱいになる。
一足先に砂浜への階段を降り始めているシゲに続いて、私も階段の手すりに触れた。
「あ、ちゃん、砂で足元滑るから」
シゲはさりげなく左手を差し出してくれた。
一段下にいるシゲの手は丁度私の胸元にあり、握り易く、私は自然な形でその手を取った。
「ありがとう」
シゲの手は、私より大きくて、少し固くて、暖かかった。
幅がせまい階段は砂で半分程埋もれており、確かに降り辛く。
ミュールだった私はざかざか素足で砂を踏んでしまい、結局砂浜に降り立ったときに脱いでしまうことにした。
ちゃん、よろよろやねんもん!その方が正解やわ」
「ホント、でも、久しぶりだー。海なんて…」
ちゃんは何年ぶり?」
「ええ、っと、5年ぶり、かな。地元が海の側だったから、東京出るまでは海があるのが当たり前だったんだぁ」
「そうなん?へぇ〜。俺は海来たことなんかほとんどあらへんけどな〜」
「そうなの!?私なんか海まで徒歩何分の世界だったから、信じられないけど、へー、そうなんだ」
私はそう言って、シゲの手をひき、海の側まで駆け寄った。
裸足で感じるひんやりとした砂浜が本当に久しぶりの感触で気持ち良い。
海はちょっと前までの夏ではなく、秋の色になっていた。こうして冷たい冬がきて、陽のささる春になって、また夏がきて、海に入れるんだなぁ、と考えると、来年こそは夏の海に入りたいな、と思う。
「なぁ、来年の夏は海入ろうや。一緒に、またこよ?」
シゲは私の顔を覗き込んで言った。
夏の海を思っていた私。同じことを考えたみたい。
「でも、こっちの海水浴場、すごいじゃん?人ばっかりで!泳ぐ場所あるのかなー」
私は何気なく話題をそらしてしまった。
…来年の約束なんて、できない。
しかし、シゲの方がちょっと上手のようだ。
「なら、ちゃんの地元の海行こや。ちゃんの育った町も見られて、一石二鳥やんけ」
にかっと笑うシゲの髪の毛が、太陽にさらされて透けた。
その流れる金色を見ながら、私は笑う。
シゲの真っ直ぐなところを感じて、何だか余計に潮の香りが強くなった気まで、する。
「…行けたらね」
そう私は言った。
そして、目の前に広がるバラ色の空を見た。そっと陽が沈み出すのをこうやって海で眺めるのさえ久々で、私は少し見とれた。
シゲは、
「約束、しよか」
と、私の手を急に引っ張った。
「あ」
引っ張られてそのままシゲの胸に吸い込まれるように私は彼に抱かれた。
固くぎゅうっと力を込めてくるシゲ。
痛い。
「シゲ、痛い」
「…約束」
またそう言い、シゲは私の頬をつかみ、強引に上へ向かせると、その手の力とは裏腹に、とても優しく私に口付けた。
その触れた温かさと優しさに毒気を抜かれ、私は抵抗することを忘れた。
そのままにしていると、だんだんその唇は深く、私の唇に吸い付く。
吹き付ける潮風が私たちをきっと離そうと冷たく当たったが、むしろシゲはぴったりと私の腰を自分に寄せた。
私はしばし何もかも忘れ、そのシゲの唇だけを感じてされるがままでいた。
ときおり漏れる私のとも、シゲのものとも分からない息がとても熱く、冷えた頬を顎を燃やした。

「……っ」
「…………」

シゲは熱くなった唇を耳元によせて、私の名を呼ぶ。
ずるい。
そんなことされたら、もう堕ちちゃうよ。
私は震える膝を支えるように、強くシゲにしがみついた。
シゲの着ていた厚手のジャケットのがさがさした感じが手に張り付く。
そんな私の背中に回した腕に、シゲはまた、力を込めた。

、めっちゃ好き…」
「シゲ、の、ずるっこ」
「なんやねんそれ…」
笑いながら見上げると、シゲは頬をほんのり赤く染めて拗ねたように私を見ていた。
「あ、あかい」
ちゃん、夕日が差してんねんで」
「ええ、ホントにそれでかなー?」
「ええーな、ほんまやって!もう!」
そう言い張ると、シゲはぎゅうっと私を抱き締め、肩に額をぐりぐり押し当てた。
「痛いーって!」
「もー、俺、めっちゃ好きやねんってば!」
「分かった分かった!」
ぱっ、と顔をあげて、私の顔を見る。
「違うて。ちゃんはどうなんやって」
わたし?
「私は、……どうしよ」
「どうしよて、どうすんねん?」
シゲは困ったように眉をゆがめて私を見ている。
何だか意地悪したくなってくるが、私は案外素直なようだ。
「シゲ、来年、海行こうね」
私の言葉にシゲの顔はゆるゆるとほころび始めた。
ちゃん、それって」
「お、見る間に夕日が沈むよ。シゲ、見なきゃ」
「そんなんいつでも見られるやんけ。俺はが見てたいの」
「それこそいつでも見られるでしょうが」
「…それって、それって、」

結局、私の負けなのよね。











強引なシゲたん。シゲはこう、ガンガンいこうぜ!だと思うんですよ。(DQネタちらり)
中学生なのに、男っぽい。頼りにもなっちゃう。
そのクセ、可愛いんですよ。年下の武器を最大限利用かー!
こんなシゲもいいかなって

それより、関西弁が微妙に分からなくてすんません。
ちゃんと書けてるかしらー?関西出身な方、気になりましたら教えてください…

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面白くないけどシゲSIDE