Rapunzel…act2 はば学の文化祭まであと半月だった。セリフを覚えたり、動きを確認するのに私は毎日頭を使っていた。いつもの勉強よりも、ずっとずっと。けれども文化祭が終わればいよいよ受験への追い込みになる為に、皆の気合の入りようが違うと思う。そのプレッシャーに私にとっては演劇が勉強の息抜きどころか、余計に負担になってしまいそうでそれを氷上くんにちらっと言ってみたところ、練習の後に少しだけ勉強会を開いてくれることになった。もちろんはば学の面々も一緒に。 すると、はば学の子は流石と言うべきか教え方が上手くて、私にとってはどんな塾よりも実になりそうだった。特に赤城くんは意外にも教え方が丁寧でポイントを抑えてくれ、少しのヒントで私が分かり易いように導いてくれるのだ。 「……だから、どの公式で当てはめればいいか、分かるよな」 「あ、分かる。……こうでしょ?」 「そう、正解」 嬉しくなって赤城くんの顔を見上げると、予想以上に近くにあって、一瞬どきりとする。その一瞬の間に赤城くんは私からすっと身体を背けて、氷上くんに向かって話しかけていた。 「そういえば、例の過去問だけどさ、―」 隣でその秀才コンビは私にはちょっとついていけない高度な数学の話をしているので、私はまた自分のノートに目を落としてやる気を奮い立たせる。 (勉強も、演劇も、頑張るぞ!) そうして楽しみながらも練習期間は過ぎていった。 当日、私は結構出ずっぱりの予定なので、千代美ちゃんたち小道具係が用意してくれたカツラをしっかり頭に固定するところから始めた。劇中とは言え、軽くひっぱるシーンもあるので、簡単に外れてしまうようじゃお芝居に集中もできないし、地毛とカツラをピンで何箇所も留める。少し痛いけれど、慣れれば気にならなくなった。 衣装も二校の手芸部員が総力をあげて作ってくれたもので、すごくすごく可愛かった。これを着てもいいの?と思わず尋ねてしまったほどだ。そのドレスは華美ではなかったけれどほんのりとピンクに彩られていて、身に着けてみると余計に可愛らしい形が分かる。胸の下で編み上げの紐は止まっており、私のささやかなふくらみも少し誤魔化されるような素敵なデザインだった。襟ぐりはざっくりと開けてあるので少し恥ずかしいけれど、まさに塔の中で過ごしている姫の為のやりすぎではないが地味ではない素敵な一着だった。 「ホントに…君が姫なんだな……」 「赤城くん!」 舞台の袖で私は後ろから掛けられた声に振り向いた。赤城くんは私と同じく手芸部の汗と涙の結晶である王子の服を身につけていた。動きやすそうにマントなどはついていないけれど、旅中の王子といった風貌になっていた。やっぱり、悔しいけれど、格好いい。 「ホントにって、今更。あんなに練習したのに」 「いや……うん、そうなんだけど、こうやってちゃんと化粧もして、衣装も着てる君を見たらさ……」 「何よ。またどうせ、馬子にも衣装、とか似合ってないよ、とか、言うんでしょ」 私がそう言って頬を膨らませてみると、赤城くんは黙って頬を掻いていた。目線は私には無く、どこか上の方を見上げていて、言葉を捜しているよう。もしかしたら図星当てられて困ってしまったのかもしれない。 「違うよ、僕が思ったのはさ……」 「あ、出番だって、じゃあお先!」 舞台の端にいる監督役の女の子が私を手招きしていた。私はカツラの髪の毛を踏まないようにひとつにまとめて持ち上げて歩いた。 ラプンツェルの原作は実は露骨な話だった。気になって図書館で原作であるグリム童話の初版を読んでみると、それはおおよそ高校生が舞台でする演劇にはなりそうになかった。けれど、台本に起こしてくれた文芸部の子の手腕で改定されたグリム童話をベースにお話を広げてあった。もちろんラプンツェルは妊娠しないし、その描写も全くない。 あるところに夫婦がいました。夫婦は待望の赤ん坊を授かりました。すると奥さんは、隣の畑に生えている野ぢしゃが食べたくて食べたくて仕方がなくなりました。しかし、隣の畑はこの地方で恐れられている魔女の持ち物です。そこで旦那さんは奥さん可愛さにこっそり畑に入り、野ぢしゃを盗ってきました。そんなことを繰り返していると、とうとう旦那さんが畑に入ったとき目の前に魔女が現れました。 『お前らに産まれる子供をくれるならば、いくらでもこの野ぢしゃをくれてやろう』 旦那さんは恐ろしくて言うことを聞いてしまいました。 やがて二人の間に可愛らしい女の子が生まれました。しかし、魔女は約束どおり、赤ん坊を連れ去ってしまいました。 赤ん坊はラプンツェルと名づけられ、扉の無い塔に閉じ込められてはいましたが、魔女から愛情を受けながら17歳になっていました。歌がなにより好きで、塔に唯一ある窓に腰掛けて、歌うのが毎日の楽しみでした。扉が無いのに魔女はどのようにしてラプンツェルの元へ行くのかというと、その長い髪を垂らしておくれ、と塔の下から呼びかけ、ラプンツェルが窓から垂らした髪の毛を登って塔に入るのです。 やがて、一人の王子が旅の途中に塔の傍を通りかかりました。ふと耳を澄ますと、なんとも美しい歌声が聞こえるではありませんか。王子はその声の持ち主を探して、塔の下へと辿りつきました。ちょうど魔女が塔へと入ってゆくところでした。 『ああやって、塔に入れるのだな。ようし』 次の日、王子は魔女の声を真似て、塔の下からラプンツェルを呼んだのでした。 『ああ、あなたは一体、誰なの?』 『君が歌っていたのだね!この長い美しい髪の毛も、君のものなんだね』 そう言って赤城くんは私のカツラをくいっと手繰り寄せた。すると、場所が悪かったのか、ピンが逆さになってしまったようで、私の本当の頭皮にそれが食い込んだ。 『あいたぁっ』 思わず声が出てしまい、しかもその声は小さいつもりだったのに、きちんとマイクに拾われてしまったようで、場内にちゃんと響き渡った。 一瞬、きょとん、とした赤城くんと目が合って、私は顔に血が上ってゆく思いをする。 場内にはさざめきのように笑いが起こり、多分はば学の人だろうと思うけれど、「赤城王子!もっと優しく引っ張ってやれよ!」などという野次まで飛んできていた。私は意味もなく手を上げ下げしながら、なんとかアドリブでこの場を誤魔化せないかと頭をめぐらす。 『……か、…髪の毛を引っ張るのが上手くないのね。お母様はこんな風じゃない。本当に痛かったわ!』 おお、という声や拍手が聞こえた。上手に場を収められたのだろうか。私は少し離れたところで髪の毛のカツラを持って立っている赤城くんと目を合わす。彼は口元に笑いを貼り付けたまま、言った。 『君が髪の毛を垂らすから僕は登ってきたんだぞ。ちょっとぐらいは我慢できるだろう?』 何だか、いつも通りの彼みたい。私は可笑しくなってしまいそうなのを必死に堪えながら、返事をする。 『別に!登ってきてくれなくても良かったのに!』 そこで場内は爆笑に包まれた。ああ、そんなつもりではなかったのに!ついいつも通りのように返してしまったことを一瞬で後悔した。舞台の袖から監督役の子が舞台に出んばかりに腕を大きく振っていた。すると、そこで舞台が暗転した。 『こうして、ラプンツェルと王子は息が合って、恋仲になったのでした。その頃魔女は―』 そう流れたナレーションに誰かの突っ込みが重なったのは、舞台の内側からも聞こえた。 「どうやってそっから仲良くなるんだよ!」 それは私も教えてほしいぐらいだ。 epilog |