ごめんね









玉緒先輩と喧嘩なんてしたことがなかった。
聖司先輩とは喧嘩と言うほどではないけど言い合いになることがある。もちろん突っかかってくるのは向こうから。
勝手にイライラしはじめて結局私が怒鳴られる。私だって面白くないので言い返すと更に皮肉を言って返してくる。
でもそこで聖司先輩を諌めてくれるのが玉緒先輩。
たまには逆にからかってみたりして聖司先輩は「あいつに口では勝とうとは思わない」と言わせたり。
とにかく、怒った聖司先輩を見るのはいつものことだったけど、怒った玉緒先輩を私は見たことがなかった。少なくとも私に対しては。
そんなはずだったのに。

今日は玉緒先輩と映画館へ来ていた。
上映中のハリウッドのサスペンス映画が観たいと二人で盛り上がったからだ。
先週誘ってもらったときから楽しみにしていたし、服もこないだ買ったばかりのワンピースを選んだ。
小花柄のワンピース。5月になって、陽気がもうそこまで夏が来ているように感じたから淡い水色のものにしたんだ。
きっと玉緒先輩も気に入ってくれると思っていたし、会って早々「可愛いワンピースだね」って褒めてくれた。
いい感じだと思ったのに。

「聖司先輩も誘えばよかったですね。つまんないって言うかもしれませんけど」
「あれ、さんは設楽がいたほうがよかった?」
「うーん、そうですねぇ。何だか物足りないって思ったら聖司先輩の嫌味ですよ!」
この言葉が玉緒先輩を不愉快にさせたんだ。
それはもちろん私だって気づいた。いつもルカくんには「はにぶい」って言われるけれど、私はそんなに鈍い訳じゃあないから。

玉緒先輩はしばらく黙っていた。
いつも学校帰りによる、お馴染みの喫茶店。
BGMのボサノヴァが耳についた。いつも気にしたことなんてなかったのに。

「ねえ…さん」
黙ってケーキを食べ続けていた私は顔をあげた。喋ってくれてちょっと安心したけれど、それも一瞬だった。
「設楽が留学するのは知っているのかい?」
「…え?」

聖司先輩が海外で勉強したいと思っていることは知ってはいたけれど、そのことだろうか。
でも玉緒先輩の口ぶりだと、既に決まっているかのような。
玉緒先輩と目を合わせると、少し怖い顔をしているような気がした。
気がしたんではなく、本当に怖い。だって口は真横に結んでいて、いつも穏やかな目元は真っ直ぐと私を見据えていて。
声を出すと、掠れてしまいそう。
「聖司先輩、留学するんですか?」
「君にはまだ、言っていなかったんだな。…来月だよ。夏前には発つと言って」
私は思わず口元に手を当てた。

「仲良し3人組も、もうおしまいだと、思う」
なんで今そんなことを言うのか。
「いつまでも、このままなのは僕も苦しい」
そう言うと玉緒先輩は立ち上がって伝票を手に取った。
「あ…」
「ごめん、今日はここで」
玉緒先輩はそのままくるりと後ろを向いて、店から出ていってしまった。
私はというと、先輩の去ってゆく後ろ姿を見ていただけだった。
そこで追いかけて引き止めればよかったと今なら思う。
引き止めて誤解だと告げたら、きっと先輩も、私も、胸を痛めることなんてなかったのに。
後からそんなことを考えてももう遅い。









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