触れる指に感じ











 ボスであるカロルが「たまにはゆっくりしてきてよ」と言い出してちょっと長めに休暇をもらえることになった。

 ギルド凛々の明星<ブレイブヴェスペリア>はダングレストに本部を置いている。処々の事務仕事を任されている私は、表に立って仕事をこなすユーリやカロル、ジュディスたちとは違い、定期的に休んではいるものの、実質的には毎日働いている。長めに休暇をもらえるというのは初めてのことだ。

 差し当たって、エステルのいるハルルへ行こうと思っていたが、その前に手土産として思い浮かぶ甘いもの。
 流行のスイーツなどを手に入れようと帝都へ来たところだった。

 街の入り口に見える、見慣れた金髪の彼が手を振っている。
「バウルが見えたから、誰か来たなって思って。だったのか」
「フレン!」
 送り届けてくれたバウルとジュディスに別れを告げ、私は満面の笑みを浮かべる一人の騎士に駆け寄る。
「迎えに出てくれたの?」
「ああ、今日は非番だったんだ」
「ちょうど良かった!私も遊びに来たところだったの。良かったら何かおいしいものでも食べない?」
「いいね。こないだ隊の者から聞いたのだけれどおいしいケーキを出すところがあるらしくって」
 非番だという彼はいつものかっちりとした鎧姿ではなく、ラフな服を身にまとっていた。
 一応なのだろう、腰から剣は下げてはいるが、見慣れないその格好に私の胸は少し、高鳴った。
 予想外の嬉しい出会い。その嬉しさを頑張って押し隠そうと、私ははしゃぐ声をちょっと潜めるのに忙しかった。

 彼と食事をした後、下町の宿に寄ってみた。案の定、予想していた人物がそこにいて私は声をあげる。
「ユーリ!お疲れ様」
「おお、何だよ、帝都に来たのかよ」
「うん、ねえ、ちょうどフレンも休みなんだって」
「へぇ」
 奥の席で食事をしていたようなユーリの隣に座る。フレンもまたユーリの正面へと腰を下ろした。
「実はね、ユーリに聞こうと思ってたんだけど」
「ん?」
 軽く仕事の話で気になる点があったので、続ける。次第にユーリの方も最近の話を始めだしたというのに、ふと気付くとフレンが会話に入っていなかった。不思議に思って首を傾げたような格好のフレンを見てみると。

「よっぽど疲れてるんだ……」

 なんと彼は舟を漕いでいたのだ。一瞬のことでつい笑いそうになってしまう。でもその気持ちは分からなくもない。窓越しに柔らかな日差しが差し込むこの場所は暖かく気持ちいい。加えて、お昼ご飯を食べた後でお腹も満ちているとなると、午睡にはもってこいの状況だった。
 指でつん、と肩をつつくが、まったく微動だにせずに彼は寝息を立てていた。
「おい起こすなよ」
「うん、でもここじゃあ寝辛そう。可哀相だよ」
「……しゃあねぇなぁ」

 そうぶつくさ言いながらもユーリは手伝ってくれた。
 フレンを起こさないように二人がかりで気を使いつつ、彼を抱えて、ユーリの自室へ運んでいった。



「俺、出てくるから。お前ここにまだいるよな?」
「うん」
「じゃーな。帰らないと思うから鍵は女将さんに渡しといてくれ」

 大体この部屋に帰ることが少なくなったユーリ。仕事で世界中を飛びまわっていることが多いことに加えて、我らがギルドの本部はダングレストだ。
 だから帝都の下町、昔から彼が下宿させてもらっているこの部屋はそろそろ出ようという話をしているぐらいなのだ。人が最近いた気配もなく、生活感のない部屋はすっかり宿の一室のような様相になっている。
 そんな場所では私も何もすることがなかった。
 すやすやと気持ち良さそうに眠るフレンの寝顔を見守るぐらいのこと。

 ベッドへ肘をついて、少し至近距離で彼を眺めてみる。
 まじまじと見てみると、本当にキレイな整った顔だ。……黄色い歓声があがったり、ファンクラブができるのも分かる気がする。出会ったときは少年っぽい感じがまだ残っていたというのに、今は若くして騎士団長にまで出世したのだ。その青年の顔には疲れの色が少しだけ、見える。主に眉の間にそれはあった。
 寄せられた皺を指で撫でてやると、彼は身じろぐ。ぱっと指を離すと、閉じられていた目蓋がふわっと開いた。意外に長い睫毛がゆれる。
 ……起こしてしまっただろうか。

「ごめん、つい」
「…………ここは、ユーリの?」
「うん、ユーリが運んでくれたの。フレン疲れてそうだったし」
「ああ……申し訳ない。……ユーリは?」
 寝起きで回っていなさそうな頭を軽く抑え、彼は上半身をベッドから起こした。私はそれと一緒に距離を取って、部屋の中央に置いてあった椅子を引き寄せて座る。
「ユーリは出掛けたよ。帰らないと思うって。……それより、フレン大丈夫?疲れ溜まってるんじゃない?」
 そう私が顔を覗き込むと、ぼんやりとした瞳が急に引き締まった、気がした。焦点を私に合わせたせいかもしれない。ゆっくりと彼は手をこちらに寄せてきた。
「そうかもしれない……ここんとこ野営ばかりで落ち着いて寝てなかったからかな……。こそ、忙しいんじゃないのか?クマ、できてる」
「えっ」
 寝不足というほど忙しい訳でもない私はクマがあるなんてことにショックを受ける。そのまま顔に伸びてきた彼の手は私の頬をそおっと包んだ。
 親指で目の下の涙袋の辺りを撫でられる。固い指の腹がこすれた。
「今日は、休み、だもん」
「そうか。じゃあしっかり休まないと」
「うん、えっと、休みだし、甘いものでも食べようかなって思って帝都に出掛けたんだけどね。あの……あの、」
 触れられた頬が熱を放つ。
 だんだんに動悸が早くなってゆくのが耳の内側に響いて分かった。フレンの掌もほわりと温かい。ただ顔に手を添えられているだけだというのに、私の心臓は急いで動こうとする。
 目線をあげて彼と視線を交わす。
 そこには頬をほんの少し染めている、フレンの顔。
 いつもよりも断然に近いその顔に私の心臓は堪えられそうになくて、椅子から立ち上がった。ぱたり、と彼の腕が布団の上に落ちる。

 眩しそうに目を細めて、彼は言った。
「急にどうしたの?」
「ど、ど、どうしたの?ってなんか、顔、近いから……っ」
 がたん、と音が鳴って椅子が揺らいだ。
 突然に引き寄せられた反動で私の脚が椅子に当たったからだ、と気付いたときには、私はベッドの上に倒れこんでいた。横になっている彼の上に膝をついてしまう。
「何っ何してるの!」
「だってが逃げるから」
「にっにっ逃げてる訳じゃっ」
 そう言いながらベッドから降りようとする私をいとも簡単に彼は引き倒す。柔らかい枕が頭の下にあると思うと、顔の前にはフレンその人がちょっと笑って、でもちょっと困ったように眉を寄せて私を見ていた。ころころと変わる目の前の風景に私はクラクラとしながら、もう抵抗を止めることにした。
「……せっかく休みなんだから、会いにきてくれたのかと、思ったんだけど。違ったのかい?」
「だって、フレン忙しいから、会おうと思っても会えるもんじゃないし、そんなつもりじゃ」
「ごめん、もういいから」
 荒く息をしながら私が混乱する頭で言葉を告げているというのに、彼はそれを遮る。私を見下ろしながら、また、頬に手を添えた。
「……はっきり言わない僕が悪いんだ」
 自嘲するように口を笑いの形にして、ぽつりとフレンは言った。
「僕が君に、会いたかった」

 その後は顔を隠すように強く抱きしめられて、返事ができない私は抱き返すことで気持ちを伝える。
 混乱したままの頭の中身がどこかに置いていかれたような気になる。
 私が彼に会いたくて会いたくて……一目だけでも見られるかもしれない、と帝都に来たことや、嬉しくてはしゃいで喋りすぎてしまったこと、そういうこともぽーんと身体の外に放り出されたようだ。
 代わりに、フレンの腕の強さ、頬の柔らかさ、髪の毛が私の首に触れてくすぐったい。熱い息が耳にかかって、すごく、ドキドキする。そんなことが私の想いを占めてゆく。
 これだけは言わなくては、と顔をあげて彼の目を見つめて震える唇を開いた。

「私も、本当は、フレンに会いたくて仕方がなかったの」

 頬に添えられた掌が移動して、私の顎を捉えると、ゆっくりと彼の顔が目の前に近づいてきたので私はぎゅっと目蓋を閉じた。











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