その命題を











 降りだした雨が本降りになった頃、私はいつの間にかいなくなってしまった幼馴染をなんとなく探してうろうろしていた。どんよりと昼間だというのに薄暗い。雨だから当たり前のその空だったが、それにも増して街の雰囲気は陰鬱な様子を醸し出していた。
「本当は、この港町ももっと賑やかな場所だったのでしょうか」
「……そうなのかも」
 隣で同じようにきょろきょろと辺りを見回しているエステルとそう話す。
 執政官の悪政でこうなってる、とカロルが言っていたっけ、と思いつつ、遠く嫌でも目に入る大きなお屋敷を振り返っていると、急に隣の彼女が走り出した。

「えっ、エステル?どうしたの…………」
 彼女が走り去った先は路地裏、ふわりと白い衣装の裾がひるがえり、雨粒が跳ね返ったように光る。

「フレン!!」

 エステルが飛ぶように抱きついた先にいたのは、彼女がずっと捜し求めていた存在。
 私の幼馴染でもある、フレンその人だったのだ。

 遠目にも彼の頬が真っ赤に染まり、慌てたように腕を上下させているのが分かる。

 私はそれを目に入れ、足がすくんでしまったように、動かせなかった。

 本当は、私だって心配していた。もちろん、エステルは全てを私たちに語ってはいなかったので彼、一騎士であるフレンの身に何が起きているのかは全く分からなかったけれども、幼馴染が危険だと聞かされては流石に私も身を案じずにはいられなかった。

「おーい」

 突然に声を掛けられ、びくりとしながら隣を見上げると、最初に探していたユーリその人がいたので、じっと彼を見つめた。
「ユーリ、どこにいたの?」
 柔らかく雨に濡れた漆黒の髪が頬に張り付いている。そのすぐ下に切り傷を見つけた。薄暗い中、何があったのだろうと私は眉を顰める。
「まさか、何かあった?襲われた?」
「まあ、ちょっとあそこの幼馴染とな」
 言われてユーリの指差す方を咄嗟に見てしまう。エステルがフレンに怪我は無いかと腕をさすってあげているところで、私は慌てて振り返り、ユーリに目を向ける。
 目の前の彼は明らかに『しまった』という顔で私から視線を逸らしていた。私は頭を横に振る。
 そう、ユーリは私の気持ちを、知っている。

 私がフレンへの気持ちをいわゆる「恋」と呼ぶものだと気付く頃には、ユーリは既にそんな私の気持ちに気付いていたと言う。そして彼は表立って私の想いを協力してくれる訳ではなかったけれども、帝都にいるときはフレンと私が一緒にいる時間を増やしてくれたり、実にさりげなく応援してくれていたような、気がする。

 何でもないような顔を作り、私は自分の右頬を指差した。
「何でフレンに襲われるの?それよりここ、怪我してるよ」
「あ、全然気付かなかった」
 ユーリは私が自分の差している頬と同じところを擦り、「いて」と小さく漏らした。普段はこんなに小さい切り傷で痛がる人じゃないのに、大袈裟な反応に私は色んな意味でちょっと笑った。
「後でエステルに治してもらおう」
「ん、とりあえず他のやつらと合流するか」
 くるりと振り返り、ユーリは先に立って歩き出した。私も後ろを見ずに彼の後についていく。



 その日の夜、まったく寝付けそうにないと思った私は夜の街を歩いていた。商店街はもちろん既にどこも閉店していたけれども、数軒ある酒場では執政官の取立てが厳しい、と言いつつ呼び込みをしているのを聞き、それなら、と足を向けた。旅人がお金を落とさねばきっと儲かるものもないのだろう、と思ったのと、単純に飲みたい気分だったからだ。
 入店すると、可愛い笑顔のお姉さんが迎えてくれた。隅の丸テーブルに通され、息をついて座る。
 今日一日のことを思い返すともやもやと胸の奥が苦しくなる。それを一掃させたくて、私は口を開いた。
「ビールと、あとハムとかなんか」
 笑顔のお姉さんは「かしこまりましたー」と言うと、奥へ消えてゆく。周りを見やると、ぽつぽつとお客さんは入っているようだった。ギルド関係の人や、足止めされている商人のような人もいるようで、そこそこの入りになんとなく安心するような気になる。

「俺も付き合おうかな」

 私の座るテーブルに影が出来た、と思うとその声の主、ユーリは私の返事を待たずに向かいの席に腰を下ろす。
 まだ注文した物も来てないところなので、驚く。一体いつから店内にいたというのだろう。彼は持っていた剣を当然のようにテーブルに立てかけると、ウェイトレスさんを呼び止めた。
「アイスティーと、パフェひとつね」
「はーい、かしこまりましたー」
 あまりのタイミングの良さに私はじいっとユーリの整った顔を見つめる。彼は途端に眉を歪めると、なんだよ、と言いたそうにこちらを見て首を傾げた。
「もしかして宿から後ろ歩いてたの?」
「まさか。俺のが先に外に出てたんだよ。そしたらお前が一人で飲み屋に入ってくからさ。まぁヤケ酒なら付き合ってやってもいいかなって」
 さらっと言うその言葉が本当にぐさりと胸に突き刺さるようだ。私は胸を軽く抑えて俯いた。
「ちょっと……まぁそうなんだけど、ヤケ酒だけど」

「お待たせしましたぁごゆっくり!」

 お姉さんがビールとハム、お通し、アイスティーとパフェ全て持ってやってきた。私は早速ビールを手に取る。ユーリもグラスを手に取ると私のそれと軽く合わせる。
「まぁまぁ、ゆっくり聞いてやるから、とりあえず乾杯な」
「乾杯!」
 ぐっと喉を通り過ぎてゆくぱちぱちという感触、舌の上に残る苦味をゆっくり味わうと私は、はああっと息を吐いた。
「おい、お前おっさんぽいから」
「うるさいよ、ユーリも可愛いもの食べてないでお酒のひとつやふたつ、飲んだらいいじゃない」
 お皿の上には長めのピックにハムとチーズを小さく切ったものが刺さっていた。店の雰囲気に似つかわしくない細やかな仕事のものを口に入れ、そのおいしさにも目尻が下がってしまう。
「おいしいー」
「はいはい、お前は何か食べてれば元気なんだから、もっと頼め頼め」
「うん、もう、今日は食べる!!」
「そうそう、この店の為にもたくさん食べてやれ」
 顔を崩してユーリは眼前のパフェをつつき始めている。彼の甘党にも皆意外とばかりに驚くが、実は下戸というのも飄々とした彼の雰囲気からは想像できないらしく驚かれるところだった。
 だから一緒に飲みにいくことはよくあっても、こうして私だけがお酒を飲み、彼はお茶とスイーツを食べる、という図式ばかりだった。




















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