君への想いの行方 (3)









 朝からしとしとと雨は降り続いていた。季節は梅雨真っ只中。教室内に響き渡る教授の声と、静かな雨音。そうなると自然と思い出されるのは彼女のことだった。今日の授業は午前中で終わると言っていたっけ。そうメールが入っていたのを思い出す。
 それとは別にもう一件、昨日のうちにメールが入っていた。高校のときの同級生で同じく一流大に進学した女の子からだった。さんとライブに行ったあの日、偶然来ていた彼女だ。
 内容はすごく単純で今日話す時間がないかということだった。だからちょうどこちらの約束もないことだし、お昼に食堂で会うことにした。

「あ!ユキー!こっちこっち!」
「ああ、佐藤ごめん、遅れた」

 彼女―佐藤は確かにさんも言っていたが美人ではあると思う。ただ中身がまるで男友達のような感覚の子なのだ。誰にでも気安いし、付き合いも悪くないが、自分の都合があればさっさと帰ったりする。だから気を使わずに接することができる友人のうちの一人だ。でも大学に入ってからは、会う機会も減り、付き合いも薄くなっていたので、今日の用件には全く心当たりがなかった。

「で、今日はどうしたの」
「うん、実はさ」
「……こんにちは」

 僕が彼女の向かいの席に、トレイを置いて腰掛けたときに、初めて彼女の隣に連れらしき女の子がいることに気付いた。

「こんにちは」
 僕は笑って挨拶を返す。そして佐藤に向かって少し首を傾げた。
「佐藤の友達?」
「うん、そうなの!実はね、この子、どうっしてもユキに紹介して欲しいって言うもんだからさ…」
「え?」

 僕は挨拶をしたきり黙ったままの彼女を見つめた。ふわふわっとパーマをかけているその子はほんのりと頬を染めて、僕の方を見ようとはしない。ただ少し俯いてそこに座っていた。
 佐藤が説明してくれたことによると、彼女は僕と同じ講義を取っているようだ。そして僕を見かけて、はば学から来ているということを知り、彼女と学部が同じだった佐藤に僕のことを尋ねた、という訳らしい。
「ね、すごく健気で可愛いでしょ?ユキ、どうかな」
「どうって……」
 何でそんな返事に困るようなことを言うんだ。
 可愛いとは思う。ちょっと小さくて小動物っぽい雰囲気を醸し出す子で、黙っていても男が寄ってくるだろう、と思う。なぜ僕と親しくなりたいと思ってくれたのか、そこは気になるけれど、とりあえず適切な言葉が浮かばないので「可愛いと思うけど…」と返した。
 その返事で彼女は頬を染めたまま、ちょっとだけ僕の方を見上げてきた。うん、可愛らしい。しかし僕は佐藤に困った顔を見せた。それに気付かないのか彼女は言葉を続ける。
「彼女、前沢千夏さんって言うの」
 ああ、本当に佐藤の鈍感。これだからあの時もさんに誤解させてしまったんだよな。しかし、さっきから黙ったままの前沢さんには悪いけれどこれははっきりここで言わなくては。
「僕は」
「彼女、ユキに話しかけたかったけどなかなか勇気が出なかったんだって。だから、ほら携帯ぐらい交換してよ、ね」

 ふと隣のテーブルに座っていたグループの視線に気付いて、少し僕は声を落とした。
「ちょっと、僕の話も聞いてくれよ。先に言っておくけど僕、付き合ってる子いるよ?」

 その言葉に佐藤は絶句した。隣の前沢さんは手を口元に置く。

「え……?ホント?赤城ホント?ちょっと、いつの間にそんな子できてたの?嘘!何で言わないの!」
 しばらく固まっていた佐藤は一気に捲くし立ててくる。僕は顔に苦笑いを貼り付けた。
「ごめん、高校卒業してからだから、佐藤に会う機会なかっただろ?それにわざわざ自分からは言わないよ」
 そこで初めて前沢さんが口を開いた。
「……もしかして、時々一緒に食堂でご飯食べてる人、ですか?」
 最初の挨拶以来初めてまともに聞いたその声に、僕は曖昧な返事しか返せない。
「君が誰と一緒にいるのを見たのか分からないけれど、多分そうだと思うよ。最近女の子と二人でご飯食べるのなんて彼女ぐらいだから」
「そう……ですか」
 そう言ってあからさまに肩を落とした様子の前沢さんは確かにちょっと可愛いと思う。しかし残念というべきか(そう言っていたら確実にさんに怒られるだろうが)僕には大事な彼女がいる。それを伝えてしまえば僕の気持ちは軽くなった。

「そっかー、ごめんね、千夏。赤城もなんかごめんね」
「いや、全然」
 そう言うと、佐藤は席を立った。つられるように前沢さんも立つ。
「じゃあ行くわ。赤城、今度彼女紹介してよ」
 笑顔の佐藤の後ろに隠れるようにして前沢さんが立った。何ともこれには罪悪感を感じる。いや、まだ何も言われた訳ではないので尊大な自惚れかもしれないけれども。
「うん、また今度な」
 僕は未だ手をつけないままであった冷め切った定食にやっとありついた。

 そうして箸を手にしたとき、ふと前方のテーブルから視線を感じて顔をあげると、同じ部の出雲崎がいた。彼はいわゆるお調子者、と言うような人物で僕は内心、まずいところを見られたな、と感じる。その思いは間違ってはおらず、彼は僕と目が合うと、ニヤニヤとしか形容できない笑い方で片手を挙げてきた。僕もそれに倣って少し左手をあげる。

「赤城〜。モテるねぇ」
「……見てたのかよ」
「まあね、食堂で合コンしてりゃあ目立つよな」
「合コンに見えたか?」
「ギャグじゃんか。いいじゃん。可愛かったし。携帯ぐらい聞いとけばよかったのに」
「お前とは違うんだよ僕は」

 テーブル越しに話すのが煩わしかったか、彼はたった今空いた僕の目の前の席に丼を持って移動してきた。僕はあからさまに溜息をついた。

「出雲崎。言いふらさないでくれよ」
「何で。カッコイイじゃん。一目ぼれされたってことだろ?」
 どうもしっかり内容も聞いていたらしい。どうせ言いふらすなら「彼女がいるから断った」まできちんと言って欲しい、と思った。万が一、彼女の耳に入ったら何だか嫌だな、と思うからだ。壮大に誤解もされかねないし。
 正面の出雲崎は整っている顔を急に崩した。苦虫を噛み潰したようなそれで僕の顔を睨みつけてくる。
「赤城は可愛い彼女がいる上に、あんな可愛い子が一目ぼれしてくるとかさ、世の中絶対不公平だ」
「日頃の行いじゃないのか」
 僕はトンカツを頬張りながら言った。
 彼は顔がいいのに彼女がいないという。それは典型的なモテたくて仕方が無いタイプだからなんじゃないかと思う。言ってみれば、がっつきすぎということだ。言葉の端々から伝わるそれのせいで女性を遠ざけているのだと思う。多分。

 出雲崎は長い指で僕を指差した。
「いや、お前みたいに性格悪いのににモテるとか。不公平じゃねーか。天罰下れ!」
「何で僕の性格が悪いことになるんだよ?」
「悪いんだよ」
 僕はモテるという訳ではないのに。モテるっていうのは佐伯みたいなヤツのことなんじゃないかと思いながら、それは言葉にはせずにただキャベツの千切りを咀嚼した。



 僕はお昼にはさんが大学内にいないと勘違いしていた。それも今なら勘違いと思える訳だが、そのときはそのことにすら気付いていなかった。カフェテリアの傍を通ったときに見覚えのあるボブカットの後姿を見て声を掛けようとしたのだが、その隣の人物を見てすぐに上げかけた腕を下ろした。
(佐伯とふたりで……)
 何やら深刻そうに話をしている二人に僕は声すら掛けることもできず、逃げるように背を向けた。

 そもそも彼女が異性と二人きりで話すことなどにどうこう言うつもりはない。本当は嫌だけれど、それを伝えるのも心が狭いようで嫌だし、逆に僕も女友達と話ぐらいする。実際、今日もそうだった。
 それが、実際に目にした途端に心の中に湧き上がる何とも言えない感情といったら無い。高校生時代に羽学で彼女と同級生が同じ教室で過ごしているところを考えて羨ましい、と思っていたことはあるが、こうして目の当たりにしたときの胸が焼け付くような黒い気持ちは初めてだった。
 彼女を信じていない訳ではない。けれどもきっと自分に自信がないのだろう。彼女が僕の手を離してしまったらどうしたらいいのか、そんなことまで一瞬の内に考えてしまうのだった。
 それ以前に、単純に嫌なのかもしれない。それに気付いたとき、僕は既に次の講義の教室を通り過ぎていた。慌てて少し戻る。「単純に面白くない」ああ、しっくりきた。

 嫉妬深いんだな、僕は。
 それに気付くと、余計落ち込んだ。






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