君への想いの行方 (5) 軽く筋トレ、ジョギングをして、学内にある広場にてインラインスケートを履き練習をする。これが夏季の通常の練習内容だった。とはいえ、蒸し暑いこの頃、ヘルメットからガードまで付けてするのはキツい。たくさんかいた汗をシャワーで流し、僕は部室へと戻った。何気なく携帯電話の液晶を開くが、未読メールの件数はゼロのままだ。 会わない日が続く、と思った。 実際のところは会おうとしていない、という訳ではないので、会えなかった日という方が正しい。夜になるとどちらからともなく電話もしている。けれど僕は部活に週2,3日はつぶれるし、彼女もアルバイトがある。それでも学内で待ち合わせて一緒にお昼を誘ったり誘われたりしていたのだけれど、ふと気付くと彼女からのメールが数日来ていないことに気付いたのだ。 もちろん、用事もなく僕からも送ることはない。ただ、多少彼女は『理由が無ければ会えない』と思っているきらいがあるとは感じていたので、僕は久々にメールを送ろうと、一度は閉まった携帯電話をカバンから取り出した。 「……何か、気持ち悪いかな」 そう、つい一人で呟いてしまった為、近くで着替えていた、出雲崎に余計なちょっかいをかけられてしまった。これは完全に僕が悪い。彼は不躾にも僕の打ち込んでいるメール画面を後ろから覗き込んできたのだ。僕は慌てて身を翻す。 「何だよ、彼女にメール?いいね〜『今なにしてる?』いいじゃん」 「見たのか。放っておいてくれよ」 出雲崎はニヤニヤしながら言う。 「付き合ってるんなら、どんなメールがきたってキモいとは思わないんじゃねーの?」 「……そうかな」 「そうだろ」 僕はメールを送るよりも電話をしたほうが早いと思っている人種なのはきっと彼女も分かっていると思う。それでも中途半端に会わない時間が空いてしまったので、理由も無い電話も何だかしづらく、やはりメールを送ることにした。 『まだバイト中?僕は部活が終わったところ』 とりあえず、これだけを入力して、送信ボタンを押した。何だか妙に手に汗をかいている。出雲崎の言うように今更悩むところじゃないのだろうけれど、何しろ改めて付き合い始めてからはまだ3ヶ月程しか経っていない。 「赤城さぁ」 「何?」 着替え終えた出雲崎と部室を後にしたところだった。ジーンズのポケットに入れた携帯電話は震える気配はなく、僕は隣の彼の言葉に耳を貸す。 「彼女って、えーっと例の、花屋で働いてるって子だっけ?」 「そうだけど?」 急にふられたその内容に僕は怪訝な顔で返す。出雲崎は少し視線を彷徨わせたのち、僕の肩に手を置いた。 「こないだ実はお前を探して部室に来たんだけどさ」 「ああ、僕と入れ違いになっちゃったってときだろ?」 「そう、それ。何かさ、すんげー可愛くなかった?」 やっぱり。彼から見ても可愛いんだろうな、と僕は心の中だけで溜息をついた。いわゆる目を惹く美人というタイプでは無いのだけれど、彼女の雰囲気や見た目が相俟って、可愛いという印象を強く人に残すと思う。僕は黙って頷いた。出雲崎がそれにまたうんうんと頷いている。 「あんまり放っておくと、変な虫が寄ってくるんじゃねぇの?」 「……そうかなぁ?」 「いや〜俺からの優しーい忠告なんだけどな。メールに悩んでる暇あったら、会いにでもいけっての」 「……余計なお世話だよ」 「はいはい」 携帯電話が震えた気がして、ポケットの上から押さえてみたが、気のせいだったらしい。僕は出雲崎と別れると、例の花屋へと足を向けた。これは別に忠告された訳ではなく、ただ彼女の顔が見たかったからだとも付け足しておく。 自動ドアが開かないぐらいの位置で中の様子を窺った。彼女はまだ仕事中だったようだ。別に花を買う訳でもないので、中には入りづらい。しばらく立ってはいたが、何時に終わるのかも分からない。僕は諦めてアパートに帰ろうと踵を返したところだった。 「あ、赤城くん!」 「君は」 なんと、タイミングの良いというか、悪いというか、通りの向こう側から横断歩道を走って渡ってきた女の子に呼び止められた。それは先日食堂で佐藤に紹介された、彼女だったのだ。 「えっと、前沢さん、だったっけ」 「そうです!覚えててくれてありがとう!嬉しい!」 僕の言葉に彼女は言葉の通りに、はにかみながら笑った。可愛らしいとは感じるが、僕は僅かにうっとおしさも同時に感じた。ましてやここは彼女の働くお店の目の前だったし、とても居心地が悪い。 僕はさりげなく歩き始めた。そのまま来た道の方へ向かう僕の隣に彼女は並んで歩き始める。 「赤城くんの家、この辺なの?」 「うん、まあ、近いよ」 「じゃあ帰るところ?」 「まあ、そうだね」 「ふうん、私もこの辺に部屋借りてるんだ」 丁度肩の位置にある、前沢さんの顔を窺い見る。こないだ食堂で会ったときよりも幾分気安そうに見える、その表情は嬉しそうで。むき出しの好意を押し付けられて、何だかとても歯がゆい気持ちになる。 「ごめん、僕スーパー寄っていくから。また」 「あ、そうなんだ。じゃあ、また学校でね」 僕は右手に見えた中規模のスーパーマーケットを指差した。これは本当だった。夕飯の調達に行かねばならないのは確かだった。ただ、彼女が「私も買い物がある」と言い出さなかったことにはすごく安堵した。 前沢さんは、ふわふわと髪の毛を揺らして、小さく手を振って歩き出した。僕も本当にスーパーマーケットへと足を向ける。可愛いんだけれど、そしてその滲み出る好意はやっぱり嬉しいけれども、僕はどう反応したら良いかも考える。彼女にははっきりと告げてはある。「特定の彼女がいる」ことは承知済みのようだし、彼女もそれ以上のことは何も言わない。だからこんな風に感じることは僕のうぬぼれなのかもしれないが、僕の心を占めたのは『こうしているところをさんに見られたら嫌だ』というその一点でしかなかった。 ヤキモチを妬いてもらえるならば本音を言えば嬉しい。けれども誤解させてしまったあの時のように彼女を傷つけることはもうしたくない、というのが僕の心からの気持ちだ。 とりあえず惣菜コーナーを見て回ろうかとレジかごを取ったときに、尻ポケットが震えたような気がした。慌てて引っ張り出してみると、サブディスプレイには光のつぶが集まった「」の文字。僕は慌てて通話ボタンを押した。 「もしもし」 『もしもし?赤城くん?今バイト終わったけど……そっちはまだ学校?』 「いや、スーパー。いつもの通りの…」 『じゃあ、今からそっち行くから、待ってて!』 ぷつん、と既に途切れた通話口からはすぐに電子音しか聞こえなくなった。僕も携帯電話を元通りポケットに戻す。空のレジかごも一旦戻して、僕は入り口近くにあるベンチに座った。 不思議とどきどきしてくる気持ちを落ち着かせるように僕は手を組み合わせた。 電話越しの彼女の声はいつも通り、いや、いつも以上に弾んで聞こえた。 連絡を待っていた、という感じだった。 携帯電話を触れた指の先から、だんだんと満ち足りたような幸福感がせまってきていた。数日ぶりの逢瀬に僕は気持ちを馳せて、ゆるく目を閉じた。 続き→ |