君への想いの行方 (6)









 赤城くんからのメールはいつも簡潔、そして事務的なものが多かった。ましてやいわゆる挨拶メールというのもしないタイプだし、私が何かメールを送らないか、用事が無い限り、彼からメールをくれるということは今まではあまりなかった。
 アルバイトを終えて着替えながら携帯の着信ランプが点滅しているのに気付いた私はさして期待もせずに画面を開いた。そしてまさかの受信フォルダの名前に嬉しくて文字通り心臓が跳ねる思いがしたのだ。

『まだバイト中?僕は部活が終わったところ』

 赤城くんからのメールはやっぱり簡潔。でもそれだからこそ嬉しい。すぐに私はアドレス帳の「あ」のタブを呼び出した。

『もしもし?』
 数度のコールの末、すぐに電話は繋がった。
 突然の電話に驚いたような色の赤城くんの声。そうさせたのは自分だと思うとなぜかくすぐったいような気持ちになる。背景にざわざわとした物音と人の声。どこかの建物の中らしい。
「もしもし?赤城くん?今バイト終わったけど……そっちはまだ学校?」
『いや、スーパー。いつもの通りの……』
 それで、とその物音に合点がいった。店内放送らしき音楽も聞こえる。この辺で赤城くんのアパートの近くのスーパーといえば、この花屋のある商店街を抜けた先にあるスーパーしか無かった。私は一人で頷く。
「じゃあ、今からそっち行くから、待ってて!」
 慌てて私は電話を切ってカバンにしまうと、ロッカーも急いで閉めた。別に彼が逃げると考えている訳じゃない。何より焦る気持ちがそうさせたのだ。早く、赤城くんに会いたかった。

「お疲れ様でしたー!お先に失礼します!!」
 レジを閉めていた主任(という肩書きながら、店長の奥様だ)に大きくお辞儀をすると、主任は私に呼応するように大きな声で言った。
「お疲れ様!デート遅れないようにね!」
「え!?」
 その言葉につい振り返って私は手を振る。
「デートって訳じゃないんです、ただ待ち合わせしてるだけで……」
「さっき、うちのお店覗いてる男の子がいたんだけど……もしかして彼氏かな?って思ったの。どうもあなたのことを見ていたようだったから」
「ええ!?」
 赤城くんは、ここまで来てくれていたということだろうか。それが本人かどうかは分からないけれど、声を掛けてくれればよかったのに。笑って手を振る主任にもう一度お辞儀をして、私は急いで裏口から通りへぐるりと回った。目指すは件のスーパーだ。私はいつもよりもずっと早く両脚を動かした。

「あの、すみません!」

 突然背後から掛けられた声に驚いて振り向く。薄暮れている街には帰路を急ぐ人も多いが、ちょうど私の周りには人がいなかったので、当然自分に向けられた声だと思ったのだ。

「わたし、ですか?」

 そう言って振り向いたそこには、同年代ぐらいの女の子がいた。いかにも女子大生っぽい可愛らしい服装に、パーマがかっている髪の毛。小動物を思わせるような華奢で可愛い女の子だった。どこかで、もしかしたら会ったことがあるのだろうか。私は首を傾げた。
「何でしょうか?」
 急いでるのに、と私は内心歯噛みする気持ちだった。目の前の彼女は大きく目を開いて私のすぐ前まで小走りで寄ってきて、そして口を開いた。

「あそこの花屋さんでバイト、してらっしゃいますよね?」
「え、はい。そうですけど」
「一流大学の、方ですよね?」
「えっ……あの、それがどうしたんですか?」

 いくら可愛らしい女の子にだって、初対面にも関わらずこうも自分のことで質問攻めにされるというのは薄気味悪かった。これは私は彼女のことを知らないけれど、向こうは知っているということなのだろう。一体何の用なのかと私の眉はつい、寄ってしまう。その表情に気付いたのか、彼女は慌てたように顔の前で手を振った。
「私、怪しいものじゃないんです。同じ一流大学なんです。だからちょっと気になっただけです。すみません」
「そうなんですか。じゃあどこかですれ違ったりしてるかもしれませんね」
 悪い人ではなさそうで私は一先ずほっとした。でも、何だか違和感は拭い去れなかった。彼女の大きな瞳には何故か好意が宿っているとは思えなかったのだ。むしろ、何ともいえない、視線だった。背の高さは私とそんなに変わらないぐらい。真っ直ぐに見詰め合って、私は何だか気押されるように口を開く。

「あの、私、ちょっと急いでいるので、失礼しますね」
「あ、呼び止めてごめんなさい。また、大学で会えたら」
「そうですね。また、学校で」

 私はそう言って振り返って小走りで一気にスーパーの出入り口まで来た。何だか得体の知れない不快感が胸を占めた。何だったのだろう。彼女の頭の先からつまさきまで、きちんと手をかけてお洒落しています、という雰囲気には若干気後れした。何より私はバイト帰りで、疲れた顔もしているかもしれないし、服だってTシャツとデニムだ。
 そうして考えて、もしかしてあの花屋さんにバイトの面接に来るつもりの人だったのかもしれない、と私は思った。先日パートの人が退職してしまったので店長と主任がアルバイトでも募集をかけようかと話しているのを聞いたから。

 考えを入れ替える気持ちで頭を横に振ってから顔をあげると、自動ドアのすぐ向こうのベンチに座っている赤城くんが見えた。彼は手を組んでぼんやりと座っている。あまり見かけたことがないその様子にむずむずと私の悪戯心が芽生えた。
 気付かれないように、ベンチから一番遠いドアより中に入って、ぐるっとベンチの後ろ側まで回る。そして私はそうっと彼の頭上に右腕を振り下ろした。

「え!?」
「隙あり!だよ!」

 軽く放ったチョップは見事命中して、彼を驚かせることに成功した。振り向き、初めぽかん、としていた彼も成り行きを理解すると、楽しそうに口元を緩ませた。

「何やってるんだよ、君は」
「だって赤城くん、ぼんやりしてるからチャンスだと思ったし」
「何のチャンスだよ何の」

 正直、久しぶりに会うので、緊張すらしていた。これが付き合って数ヶ月、何年、という単位になれば果たして収まるのだろうか、と私は思う。それを気取られるのも恥ずかしくて嫌だったし、和ませる為に放ったチョップは成功したらしい。久々に会えた彼の笑顔にさっきの出来事の不快感もすぐに消し飛んだ。まだ恥ずかしくて、その笑顔は正面からは見られなかったけれど。



 スーパーで一緒にカートを押しながら食料品を物色していると、まるで新婚さんごっこをしているようで、私のテンションはちょっと高くなってしまう。それはもちろん、楽しくて、嬉しいからに決まっている。今日は赤城くんがカレーを食べたいというので一緒に作ることになったのだ。私もそんなに料理経験があるほうではないけれど(むしろ、同世代の女の子よりは断然少ない自信がある)カレーぐらいなら何とか本を見ないで作れそうだと思ったので、賛成した。

「ねぇ、赤城家は、豚肉?牛肉?鶏肉?」
「うちはその時々によって違うよ。母の気分次第……ってとこかな」

 赤城くんのお母さんにはまだ一度きりしか会ったことがない。まだ大学に入る前に一回だけご挨拶をしただけだ。その優しそうなお母さんの顔を思い浮かべた。気分次第か、なるほど。
「うちは豚ばっかり。ポークカレー」
「じゃあ、今日は家風にしてもらおうかな」
「えー。あんまり自信無いんだけど、まぁ、頑張ってみる……」
「カレーなら食べられない程失敗することないだろ。君が万が一ヘタクソだったとしてもさ。ほら、僕も手伝うし」
 いつもの赤城くんの調子がいい一言が出た、と思った。私はわざと頬をふくらませて、隣でカートを押す赤城くんを見上げる。
「何でそんなにけなすの!そんなに言う程料理しない訳じゃないよ!」
「そうなんだ。じゃあやっぱり楽しみだな。君の手料理」
「もう……」
 なんだかんだ言って赤城くんは最後にこうして笑顔で笑って優しく丸め込む。何だか悔しくなって、隣で鼻歌すら歌っている彼の腕を私は指先でつついた。

「わ、何、何だよ」
「ううん。別に……ねぇ、今日、お店まで来てたの?」
「え!?」

 赤城くんは驚いた、と言わんばかりの反応を見せた。慌てて私の顔を見て表情を窺っているようだ。そんなにこっそり見ていたのを気付かれたのが恥ずかしかったのだろうか。私は緩みそうになる頬を敢えてきゅっと引き締めて、言った。
「赤城くんっぽい人が、お店覗いてたみたいって、お店の人が言ってた。怪しかったのかな」
「ああ。うん、実は。入ろうかとも思ったけどさ、花を買う訳じゃないから入りにくくて」
「別に、買わなくても入っていいのに!それとも本当にお花買ってくれるなら部屋に飾るとか?」
「それもいいかもな」
 赤城くんが玄関に花を飾っているのを想像して私は噴出した。あまり似合うともいえないその光景。多分私の想像しているものが分かっているんだろう。隣の彼は軽く肩で私の肩を押してきた。
「何想像して笑ってるんだよ」
「似合わなくてつい」
「うん……僕もそう思うよ」
 あんまり楽しくて、ついお肉売り場を通り過ぎてしまって、二人でまた引き返しては笑った。






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