君への想いの行方 (9) 　一日の授業を終えると、まだバイトの時間まで間があった。少しだけ自販機横のベンチに座って時間を潰すことにする。なんとなく、食堂とかカフェテリアとか、人が多く集まるところには行きたくなかったのだ。理由はもちろん、もしかしたら出会うかもしれない赤城くんと顔を合わせるのが躊躇われたという、ただそれだけ。 　昨日は赤城くんの部屋を出たあと、もしかしたら追ってきてくれるかな、とも少しだけは期待した。 　でも背後の様子を窺うより先に、そんな甘えたような考えをする自分に嫌気が差した。だから淡い期待を振り切るようにバス停まで一気に走ったのだ。泣きそうな自分に喝を入れるように、必死に脚を動かしていた。 　大体、これはなんというか、いつもの喧嘩とは少し違うような気がしていた。 　しばらく冷静になろうと思って、ただただ走った。 　ぼんやりとすると、つい昨日のことを思い出してしまう。すると、悲しいような、また走り出したくなるような焦燥感にも駆られる。 　喉がかさついたような気がして、自販機の前に立つ。炭酸の気分だったのでサイダーのボタンを押した。出てきた紙コップを手にしてベンチに再び座る。喉を鳴らして二口飲むと、一人だというのに、ふう、と言ってしまい、ちょっと恥ずかしくてつい辺りを見回した。すると、よりにもよって今何となく顔を合わせづらい人と目が合ってしまった。 　彼はふと通りかかったようだった。私の目の前を通り過ぎようとしていたところを急に方向転換してきて、自販機の前に立つ。そのまま彼は私の方を見ずに、言った。 「なーに浮かない顔してんだよ」 「別に、そんな顔してないけど」 「そうか？」 　彼、佐伯くんは自販機で何やらボタンを押す。かこん、と紙コップの落ちてくる音、飲み物が注がれる音、電子音、一通り聞いた後に、彼は私の隣の空いたスペースに腰を下ろした。 「どうかしたかよ」 「うーん、特には」 「特にはって感じじゃないぞ、それ」 　そこで正面を向いていた私達はお互いを向き合った。すると、佐伯くんは自分の眉間をとん、と指差す。私も同じく自分のそこに手をやった。意識してはいなかったけれども、触れた先には僅かにでこぼこを感じる。 「もしかして、寄ってた？」 「ああ、大分。すげー顔だった」 「言いすぎ！もう！」 　そう言い返すと、佐伯くんはちょっと笑いながら言う。 「何だよ、赤城と喧嘩でもしたのか？」 　咄嗟に「違うよ」と言おうとしたのに、顔がこわばってしまう。自分でも分かるぐらいだ、目の前にいる彼には当にみるみるうちに顔が変わったように見えただろう、と思う。慌てて手を振った。 「別にそんなんじゃないんだけどね」 「何だ……当たりかよ」 　佐伯くんは私から視線を逸らし、前を向き直ると、紙コップを傾けた。 「喧嘩じゃないけど、ちょっと。なんとなく」 「なんとなくって何だよ……まあいいや、言いたくないなら聞かない」 　隣の彼の横顔をじっと見てみた。 　まさか佐伯くんが原因の一つにもなっているんだとは口が裂けても言えやしない。 　昨日の赤城くんのセリフを思い出す。 『彼は君に気が合ったんじゃないかって』 　そんなこと考えてもみなかった。第一、高校生のときからそういう対象として見られていないという（妙な）自負すらあるのだから。 　佐伯くんが変な遠慮をしてこないので、私もそのまま一緒にいただけなのに。 　勘違いされる理由といえば、仲が良すぎた、それに尽きるのかもしれない。 「何でそんな見てんだよ。やめろ」 「えっあ、ごめんごめん。ちょっと考え事してた」 「人の顔凝視してか？意味わかんねー」 　首を振り振り、佐伯くんはふうっと息を吐いた。 「お前さー急に変なこと言ったりするだろ？だったら赤城に謝ったほうがいいぞ？」 　彼は本当に軽い調子でそう言った。私は思わず俯く。 　謝ったほうがいいんだろうか？ 　昨日、きっと雰囲気を悪くし始めたのは私の一言だというのは自覚がある。 　でも、彼の返事だって、態度だって、良いとは思わなかった。少なくとも昨日の夜の時点ではそう思う。佐伯くんのことまで持ち出すことないのに。私は紙コップの残りを一気に傾けて、飲みくだす。ぱちぱちと喉を刺激しながら胃へと落ちてゆく液体。妙な爽快感のあるそれを受けて私は重い気持ちを一緒に吐き出すように息を吐いた。 「謝ったほうがいいかな。急に突っかかったのは私のほうだし」 「おうおう、そうしとけ！話は見えないけどそうだと俺は思う」 「うーん」 　俯いてジーンズの膝小僧を見つめる。少し右が擦れ始めていた。バイトのときによく膝をつくからだろう。そこを撫でながら唸っていると、突然、脳天に衝撃が走り、視界が揺れた。 「……痛いです」 「うじうじしてんなよー。お前らしくないんじゃないのか。ぱぱっと素直になっといたほうがいいと思うけどな〜」 　頭にキレイにチョップを落とされたようだ。 　そのてっぺんをさすりながら隣を見上げると、佐伯くんは丁度立ち上がったところで、私の持っていた空の紙コップをさりげなく取ってくれた。 「……ありがとう」 　そのまま彼は紙コップをゴミ箱へ投げ、行ってしまった。 　素直になるのって、難しいのに。 　佐伯くんだって素直じゃないくせに。 　思い出すとちょっと笑ってしまう。頬を引き締め、素直な自分の気持ちを考えてみた。 続き→