月夜の告白(1)

夜の帳も落ちたサランの町。三日月がぽっかりと浮かび上がっている。 それを見上げながら深緑の豊かな髪の毛の少女─エッダは一人夜道を歩いていた。 周囲に人の気配は無く、街灯も無い。黙って当ても無くただ月明りだけを頼りに澄んだ川沿いの道を歩くと、それは不思議とエッダの心を落ち着かせた。 この夜、彼女はどうも寝付けなく、寝台の上でごろごろと色々考えを巡らせていたが、眠れる訳でもないので宿から出て来たのだ。 サラサラと流れる小川の音を聞きながらエッダは軽く身震いをした。 (何か羽織ってくればよかった…エントランスにマントかけてあったのに) 季節は秋口。首元を通る夜の風は少し冷たく、乾いている。 相変わらず薄着の自分にはちょっと堪えるなあ、と苦い顔をしたときだった。 ふと背後に人の気配を感じた。 そしてエッダは緊張と共に身構え、勢いよく振り向いた。 「わあ!」 「え?!」 そこに立っていたのはクリフトだった。 突然振り向いたエッダに少々面食らい、目が丸くなっていた。 知った顔があり、安堵の表情になったエッダは乱れた巻き毛を気にすることもなく、小さな歯を覗かせて笑った。 「びっくりするじゃない。声かけてくれれば良かったのに」 そう言ったエッダの目はクリフトの手元で留まる。 それに気づき、クリフトも慌てて口を開く。 「ええ、今丁度声をかけようとしたのですが、エッダさんの方が先に気づかれたようで…  あ、これ、少し冷えると思ったのでお届けしようかと」 言い終わるとクリフトは慣れた手付きでマントをエッダの肩にかけた。 それがごく自然な仕草なのでエッダは思った。アリーナにもいつもこうしているのかな、と。 また肌寒かったところへ、柔らかい使い慣れた自分のマントが露出していた肌を覆い被せると、何だかほっとする。 そんなことを考え、ぼうっとされるがままにいたエッダは、はっと気づくと顔が赤くなった。 クリフトの男性にしては細く、長い手指が自分の頬のすぐ側にあり、こういったことに免疫の無いエッダは咄嗟に反応してしまった自分が恥ずかしくなった。 ずっと山奥の田舎の村で、周囲に同年代といえばシンシアという少女しかいなかったのだから仕方が無いが、 ただでさえ人見知りが激しいのに加え、同じ年頃の男の人はエッダの苦手分野に入る。このパーティで言えばまさにクリフトのことだった。 その分、特別心の端ではいつも意識してしまっていた。これはエッダ本人は気づいていないのかもしれないが。 さらに顔が火照るのが自分でも分かった。 しかし、薄暗い月明りの下では頬を染めた当人よりもクリフトにそれが分かるはずもない。 エッダは軽く首を振り、ぼそっと言った。 「ありがとう」 クリフトも首を振り、 「いえ、私も眠れずにテラスにおりまして、エッダさんがそんな薄着で出て行かれるのが見えたので、慌てて付いてきてしまいました。  お風邪をひきますよ」 と微笑んだ。 エッダは見上げるようにしてクリフトの顔を見ながら言った。 「クリフトも、眠れないの…そうか」 目を逸らして月を見上げる。 ――――― アリーナ・クリフト・ブライの祖国サントハイムの城から忽然と人が消えて幾日も経つ。 今日、ついに王座に座っていたバルザックを倒したというのに、城の住民らは誰一人として戻ってこなかった。 漠然と城に巣食う魔物さえ倒せば人が帰ってくるのではないかと思っていた三人は途方に暮れたのだった。 流石にアリーナは落胆の色を隠せず、いつもの元気は欠片も無く、戦いの後引き摺られるようにしてサライの宿に入るとそのまま部屋から出てこなかった。 それは当然のことだろうと、誰もがそっとしておいた。 バルザックとの激闘も然ることながら精神的にも疲れは頂点に違いない。 そんなアリーナをそっとしておくと言いながらも一人で置いてはおけないので、 宿にクリフトを残し、一同はサントハイム城に僅かな手掛かりでも無いかとの一縷の希望を込めて探索を行ったのだった。 しかし、結果これといって手掛かりは掴めず、あのブライですら苦虫を噛み潰した顔で宿に戻ったのだ。 宿に戻り、テラスで一服していたマーニャ、ミネア、そしてエッダであったが、おもむろにエッダは口を開いた。 「二人は、この後どうするの?」 哀しみに暮れるアリーナたちの一方、マーニャとミネアは念願というか悲願とも言える、父の敵討ちを終えた。 当然、皆の前で喜んでみせる素振りは一切なかったが、二人は随分すっきりとした表情になっていた。 敵討ちをしても何もならないということは分かっていたが、確実に心に抱えていた重荷は軽くなったことだろう。 しかし、対極の気持ちにあるアリーナの為に何かできないかと旅を終えるつもりは無いと二人は言った。 「ねえ、エッダ、このサントハイムの人たちを元に戻すのにあたしたちだって何かしたい。  何ができるかって分からないけど……それに、さ…」 物を詰めたような物言いに一旦言葉を切りながらも、マーニャは続けた。 「アンタの使命とやらも一緒に背負わせてよ。仲間なんだからさ」 「マーニャ…」 エッダは微笑んだ。その笑みにつられ、それまで神妙な面持ちだったマーニャも口端を緩めた。 「姉さんはエッダさんが放っておけないんです。もちろん私もですけど。エッダさん、アリーナさんたちのために全力を尽くしたいと思ってます」 そう言ってミネアは目を伏せた。いつもは言わないエッダへの親愛を示した自分の本音が恥ずかしかったらしい。 その様子を見てエッダはまた微笑んだ。この二人が大事な仲間だと強く感じた一瞬だった。 「ありがとう。二人とも、私のお姉さんみたいね。本当に、私、嬉しい。ありがとう。  じゃあ、これからも宜しくお願いします」 エッダはぺこりと座ったまま頭を下げた。やだ、とミネアが言って、こちらも頭を下げる。 「こちらこそ、どうしようもない姉もいるけれど宜しくお願いします」 「何言ってんのよミネア!あたしのどこがどうしようもないって?それに、」 続けながらマーニャは二人の頭をそれぞれ軽く小突く。 「アンタら固いのよ!頭あげなさいよ、もう!」 頭を上げた二人は目線を交わして笑いあった。マーニャも口ではぶつぶつ言うが薔薇のような笑顔を見せている。 この二人がいてよかったな、とエッダはしみじみ思ったものだった。 だがしかし、夜中の寝台の中では余計なことを幾つも幾つも考えて眠れなくなった。 昼間、ああも仲良さ気に笑いあったあの姉妹が羨ましい。 二人は間違いなく血縁で結ばれているし、生まれた故郷もある。 自分はそのどちらも持たない。 今。哀しみに塞いでいるアリーナにすら羨望の気持ちがある。 城の人や父王は、死んだと決まった訳ではない。 なぜかは分からないが、いなくなってしまっただけなのだからまだ希望が残されている。 それにアリーナには支えてくれるクリフトとブライがいる。 自分にはそのどちらも無い。 無い。 (私には、無い。) ―あの日はいつもと同じ、天気が良い日だった。 何が起こったかはエッダにはよく分からない。 魔物が攻めてきたという一報が突然舞い込んだのだった。 その瞬間、村人たちの顔はいつもの顔ではなくなり、エッダはぞっとした。 見たことも無い目。それは今思えば何かの覚悟の表れでもあったのだろうか。 混乱している内に村の大人にエッダとシンシアは村の食物貯蔵庫に入れられ、何があっても出るな、などと念を押された。 幼馴染のシンシアが一緒にかくまわれたのかと思った矢先、彼女はモシャスを唱えてエッダの姿になっていた。 何となくではあるが事体を察したエッダはシンシアに泣いて「行かないで」と言ったが、 エッダの姿のシンシアは困ったように笑って「大丈夫よ。エッダのために私は生きるのだから」と言い、風のように倉庫を飛び出していったのだった。 それから覚えているのは魔物たちの足音、咆哮、『勇者』はどこだという声、愛する村人たちの呻き声、野焼きをしているかのような煙たい匂い、爆音と地響き、 そして自分だけが閉じ込められた倉庫の暗闇… エッダはどうにか出ようと木製の扉を壊しにかかったが、びくりともせず、傷一つ付けられなかった。 きっとアストロンがかけられたのだということが分かり、エッダは歯を食い縛り、ひたすら泣いた。 その内『勇者』を仕留めた、という声と激しい歓声が上がり、間も無く物音は一切無くなったのだった。 そして、その扉にかけられた魔法が消えるまでの間、エッダは泣きながら爪が折れても、扉を引っ掻いていることしかできなかったのだ。 エッダの中に痛く響くあの日の惨劇。 それを感じる度にエッダは暗闇に耐えられなくなる。 自分の仲間である彼らに自分の苦しかった気持ち、哀しい過去をぶちまけたくなる。 けれど、それをしようとはしない。できないのだ。 (何故って、勇者だもん…) 私が勇者として生きていかねば、村の皆は犬死になるんだ、と無理矢理、衝動を押し込めている。 勇者としての使命を知ったとき、エッダにはある種の諦めが心を過ぎった。 何度も何故、自分が勇者にならねばいけないのかと神を詰った。しかし、そうしたところで世界は変わらない。 (絶対に、皆の敵はとるからね) ぎゅっと目を閉じてみるが、思い出し始めた生々しい音は止まず、宿から出ることにしたという訳だった。 ――――― 「エッダさん?」 深く静かに光を浮かべるエッダの紺碧の瞳に哀しみが混じったことをクリフトは月の光の下で見て取った。 そのニュアンスを感じ取り、今、クリフトには他人を思いやる余裕なんて無いだろうに、とエッダは皮肉気に口を歪めた。 そしてそれはそのまま言葉となって口をついてしまった。 「いいのよ、私のことは。それよりアリーナの心配でもしたらいいわ」 言い終わり、しまった。と思っても遅い。 クリフトの整った眉はきゅうっと中心に寄る。 クリフトのことをエッダが意識するのと同様にクリフトもまたエッダのことを気にかけていた。 それは出会いから。通りすがりの病に臥す赤の他人の自分のために、魔物の巣窟から特効薬を持ち帰る『勇者』とはどんな方なのか。 初めてその姿を見たときに勇者だと紹介されてびっくりした。 可愛らしい姿形に細く、軟そうな肢体を。到底勇者だということは半信半疑でいた。 しかし、勇者としての底知れぬ力は戦闘で如何なく発揮されていた。 細い腕でしっかりと剣を握り、魔物へ向かっていく様子は、無駄な動きは一つもなく鮮やかに敵を捌くのだ。 状況判断能力にも優れ、てきぱきと仲間に指示を出す姿は17歳とは到底思えないほど凛々しい。 それを見てきてクリフトは、しっかりと自分の中にこのたおやかな勇者への厚い信頼が芽生えたのを感じていた。 だが、一転普段の旅の最中では、人懐っこいアリーナとはすぐに打ち解けてまるで姉妹のようにあれこれ王室育ちのアリーナに常識を助言したりなどしているし、 新しい街に着いても宿の手配はトルネコにまかせっきりで、その辺は何もできない。田舎育ち故にということもあるが。 マーニャにはすぐに何かとからかわれて頬を染めている。 それに、丈夫とは言えないミネア、ブライ、病み上がりだったクリフトの身体の心配も常に絶やさなかった。 今までの旅の中で見てきたエッダは普通の心根の優しい少女にしか見えなかった。 そのエッダがこんな意地の悪い言葉を返すなんて、どうしたことだろうか。 だが、そうだ、ふと気づいたとき、ああいう深い哀しい瞳をするな。とクリフトは口を開いた。 「そう言われると…。何か、おありですか。もしかして……」 言いにくかったのか、そこで少し言葉を止めたが、思い切ったように続けた。 「エッダさんの行く道に、私たちがお邪魔なのでしょうか」 クリフトのその落ち着いた物言いに唇を噛みながら、今でなかったら。明日ならばあんなこと言わずに済んだのに、とエッダは泣きたい気持ちになった。 クリフトは静かだけれど怒っていることだろう、とエッダは目線を落として一切上げることができなくなった。 そのままエッダは首を大きく振ると、口を開いた。 「ごめんなさい。今のは…失言でした。本当に、私は何でもないから」 「いえ、怒っている訳ではないですよ。あの、えっと、エッダさん、顔を上げてください」 項垂れるエッダを見てクリフトは慌て始めた。まるで叱られた子供みたいなその様子に戸惑ってしまう。 「本当、決してクリフトたちが邪魔なんて訳ないから」 エッダは顔を上げた。そこには一生懸命作った笑顔が張り付いていた。 クリフトはその笑顔に、自分の笑顔は返せなかった。 クリフトとしても今日は何も考えず眠りにつきたかった。精魂尽き果てる思いをしたのだ。 昼間は一介の神官の自分よりも、もちろん姫であるアリーナの落胆は推し量れないと思い、ずっといつも以上に気を使い続けていた。 毎日毎日誰しもに気を使うクリフトではあったが、流石に今日は心に余裕もないものだと思っていた。だから早くに休ませてもらうことにしたのだ。 だが、ちっとも眠れずにやはり寝台の中で悶々とサントハイムのことを考えていたのだった。 けれども、ぐるぐると答えは出るはずもなく、出るのはため息ばかりなものだから外の空気を吸いにテラスへ出たのだ。 そこからエッダが宿を出るのを目撃した事が、今日の夜をただの穏やかな月夜で終わらせなくすることへの始まりだったのだ、とクリフトは思っていた。 いつもの彼女とは違いすぎる。 眉を顰めたまま低い声でクリフトは言い始めた。本当は先刻言おうとしたことだった。けれども、深入りしないでおこうと聞くのを止めたはずなのに。 ふいにクリフトは自分の堂々巡りからは逃れ、神官としての精神、そしていつもと違う人の悩みへの好奇心に身をまかせた。 「エッダさん、一つ、気になっていたことがあるのですが」 クリフトの声は低く、くぐもりがちである。それは自分でもよく分かっているので、できるだけ落ち着いてハッキリ喋るように心がけている。 その落ち着いた言い様がエッダは心地よいと感じたが、すぐに表情は一変した。 「エッダさんには何がおありなのですか。あなたの瞳には暗い影が見える気がして……良かったら、お話して頂けないでしょうか」 張り付いた作り笑顔が消えたとき、クリフトは後悔した。 その大きな紺碧の瞳から大粒の涙が一つ、二つ、と後から後から溢れてきて止まらない。 「無くなったの」 「え」 慌ててハンカチを差し出すクリフトの手を見つめながらエッダは言う。 「私の村、みんな死んでしまったし、家だってもう瓦礫になっていた。  まったく訳分からなかったわ。何故私だけが生きているのか。何故みんなが殺されたのか。何故シンシアがモシャスを唱えたのか」 「…」 「クリフト、私に何があったのかって言ったわね。こっちが聞きたいわ。  私の村はね、小さな小さな村だった。何の面白みもない村だった。でも私の全てだったの。  なのに魔物がやってきて、全部壊していった。  何でなの?何故私だけ生きているの?」 「……エッダさん…」 「私が勇者だから全てはその宿命のせいだって言う?」 エッダは涙を湛えた瞳でクリフトを見上げた。 次へ→  ああぁぁぁぁぁ。  リハビリ必要なのに…  物語書くのなんて5,6年ぶりだっつのに…  稚拙な文でツッコミ所満載でしょうけど、勘弁してください。    あと、DQ4最後にプレイしたのも結構前なんで、記憶もあやふやです。  ちょっとゲームと違うよ?ってことあったりするかもですが、  見逃してくれますか…  もし何かホントに耐えられないところがあればゼヒ教えて頂きたいです!








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