憎悪の傷(4)

「一体、地下で何があったというんじゃ?」 ブライはそうクリフトに問うた。 ブライがそんな疑問を持つのも無理はない。 アッテムトの町で今か今かとエッダたち四人の帰りを待っていた残りのメンバーだったが、 戻ってきたエッダはすっかり憔悴しきった顔で、クリフトとライアンに支えられて歩いてくる姿を見せた。 そんなに激しい死闘を繰り広げたのかと一瞬皆思ったが、それにしては様子がおかしい。 とりあえず、ガスの壷も手に入れたことだから、とブライの機転でリバーサイドへ飛んだのだが、 エッダは食事も取らずに、宿の部屋へ引き上げてしまった。 いくら疲れているにしろ、ほとんど言葉も発せずにいたエッダの様子は明らかにいつもと違った。 マーニャも苦々しい顔で食卓についたまま腕を組んで黙り込んでいるし、ライアンも困ったように髭をときおりいじっている。 クリフトはその二人を見、一つ息を吐いてからその重たい唇を割って、話しはじめた。 「…、その、エスタークという地獄の帝王を滅ぼしたところまでは先程もお話しましたよね。  それで、その時、丁度、……デスピサロが現れて。結局すぐ彼らも立ち去ったのですが…」 そこでまたクリフトは押し黙った。 ブライは「そうか」と言い、やはり、予想していたようにデスピサロと対面してしまったのか、と目を伏せた。 皆、エッダの身の上に起こった事実を聞いていた。 その上で、デスピサロという敵を目の当たりにしたエッダの心情が手に取るように分かる気がして、言葉を無くしたのだ。 特に、モンバーバラの姉妹はよく分かるのかもしれない。 すぐ、目の前にいるというのに何もできない。歯痒さ、悔しさ、憎々しい。 その時だった。ガタガタと音を鳴らし、椅子から立ち上がったのはアリーナだった。 「姫さま?」 急にすっくと立ち上がった姫にすぐ隣にいたクリフトは驚いて声をかける。 それを聞きながらアリーナは食堂を出ようとし、こう言った。 「私、エッダのとこ行ってくる」 その言葉の最後には、アリーナは既に扉から出ていて、誰も止めることすら出来なかった。 しかし、アリーナは他人の痛みが分からないような少女では無いことは誰もが知っている。 たまには同年代の女の子同士に任せるというのも良いかもしれない、とブライは思った。 「エッダ?起きてる?」 コンコン、とアリーナは扉を二回軽くノックする。 もしかすると、疲れきって寝てしまったのかな、と思った矢先、扉は開かれた。 「………アリーナ?」 エッダは既に部屋着に着替えて、湯に浸かっていたと見えた。 アリーナは今更、少し短慮だったかしら、とも思ったが、それよりもきっとエッダを心配する気持ちが勝ったのだろう。 「ちょっと、いい?」 「…ええ、どうぞ」 エッダは案外にすんなりとアリーナを部屋へ招きいれた。 もっと嫌な顔をされるかと思っていたアリーナだったが、エッダはそんな顔はせずに、とっとと寝台へ腰掛けた。 「どうしたの」 「……うん。エッダが、何だか元気ないみたいだなって思って、来ちゃった」 エッダのほうも、どういったことでアリーナが訪ねてきたのかなんとなく予想はついていたが、さらりとこう言われるとは思ってもいなかったので、逆に驚く。 「そう。元気、無い、わよね、私」 へらっとエッダは笑ってみせた。力のない笑い。 それを見てアリーナもへらっと笑った。 「エッダの笑顔、こーんな、よ。そりゃ元気に見えないわよ!」 「そっか、」 今度は笑うこともせずにエッダは黙った。 アリーナはエッダの隣に腰掛けた。寝台が鈍く、軋んだ音を立てる。 少し間を置き、アリーナはぽつり、と始めた。 「エッダがね、デスピサロを憎んでいる気持ち、すごく分かる気がするんだ。私もそうだもの。お父様たちを消してしまったのは、あの男だもの。  その上、目の前にその憎いヤツが来たのに、何も出来なかったっていうの、分かるんだ」 エッダは頷く。水気を含んでいる髪の毛から、ぽとんと水滴が垂れた。タオルを頭から被り、わしわし、と拭う。 「私、じいに『過ぎたるは及ばざるがごとし』っていう言葉を習ったわ。ね。  武術大会に出たときに、決勝にアイツが来てたらって思うけど、そういうことなのよね」 エッダはタオルの隙間からアリーナを見た。アリーナは視線をただ前に向けて、話している。 「まだ、私たちにはやることが残されているし、アイツと戦うべき時では無かったのよね。  エッダは、昔を思い出してしまって辛いかもしれないけれど、まだやらなきゃなんないことがいっぱい、あるよ。きっと」 いつになく優しい声でアリーナが淡々と話す様は今までに見たことが無い。 エッダは自然と顔がほころぶのが分かった。 私は、大事な仲間に、支えられている。 もちろん、今までもそう思ったことはあったが、こういう時にこそ、その想いはエッダの芯に染み込む。 頭に被ったタオルで顔を隠しながら、エッダは口を開いた。 「アリーナ、ありがと」 「どういたしまして」 ニコっといつもの明るい日差しを思わせるような笑顔を浮かべ、アリーナは言う。 それを見て、やっとエッダもいつもの笑顔を浮かべることができた。 「アリーナ、良い女王様になれるよ、きっと」 うふふ、と声を出して笑いながら、エッダは言った。 たくさん水を吸ったタオルを剥ぎ取り、エッダはアリーナに笑いかける。 「そうかしら?私?」 「うん。そう思った」 「えへへ、嬉しい、ありがと」 二人は笑い、ふと落ち着くと、エッダが話し始めた。 「皆にも、心配かけたね。ごめんね」 すると、アリーナは遠慮がちにすることもなく、そうだよっと続ける。 「皆、エッダが心配だーって言ってたんだよ。じいだって、心配そうにこんな目ぇしちゃってさ」 そう言うと、アリーナはてろんと目尻を指で押し下げて、ブライの物まねをしてみせた。 その様子があまりに似ているもので、エッダはぷっと吹き出す。アリーナはそれに気をよくしたか、次はライアンの物まねも披露する。 「…こうやって髭をいじくりまわしちゃって、落ち着かないんだから!」 「やだ、アリーナ、おかしい」 身体を折ってまでエッダは笑い転げた。ひとしきり二人で笑うと、エッダは何だかすっきりしたわ、とアリーナに言う。 満足したようにアリーナも笑って、腰をあげた。 「私もそろそろ湯浴みでもして、寝ようかな!」 「そうね。アリーナたちも疲れたでしょう?」 「んー、そうね。あのガスの匂いが気持ち悪くてねぇ。…ここは空気が良くっていいわ」 耳を澄ませば、開け放った窓から川のせせらぎが聞こえてくる。 しばし、その音に二人は耳を傾ける。 「あ、もう寝なくっちゃ。じゃあ、エッダ、おやすみなさい」 「ありがとう。アリーナ」 気持ちの良い笑いを残して、アリーナは部屋を出て行った。 エッダは一人残された寝台の上へごろりと横になった。 「…やることがある、か…」 もぞもぞと掛け布団の中へ入り直し、エッダは寝ることにする。 今日はこのまま、気持ちの良いまま眠ってしまいたい。 重苦しいことは考えたくない。 身体は疲れに正直だ。 エッダはそのまま、すぐに眠りに落ちた。 ←前へ 次へ→ アリーナに救われるエッダ。 アリーナが言うから、エッダの心には響くのかな、と思ってみたり。








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