憎悪の傷(3)

そして現在、アッテムト炭坑の奥深くへと入る四人は、少し戸惑っていた。 以前にも坑道を歩いたことのあるはずのマーニャだったが、その時よりも深く掘り下げられ、魔物たちの強さも格段に変わっていることを皆に告げたのだった。 「これも、地獄の帝王とやらが復活するからなのかしら…」 エッダは険しい顔で先を急ぐ。 「大分潜ったと思うんだけどね…」 過去の記憶を探りながらマーニャは既にその時よりも奥へと入り込んでいることを示す。 それは皆も分かっている。 肌にまとわりつくような嫌な気がしている。 その気の持ち主とは、言わずと知れた例の地獄の帝王なのだろうということも分かる。 そんなことを皆思いながら階段を下ると、急に開けたところに出た。 今までの、天井の低い、薄暗い道とは違い、大きく空洞が広がり、先には城のような建物が見える。 それが見えるのは、周りに松明までご丁寧に灯してあるせいであり、皆、何も言わずして城の異様さを受け入れた。 地中へ地中へと潜ってきたはずなのに、今目の前に広がる光景はその地中であるとは思えない。 「……行くわよ」 エッダが立ち止まった三人の一歩先を歩く。 呆けて城を見上げていたライアンが慌ててエッダの前に迫り出す。 「エッダ殿は後ろに」 「ありがとう」 頑強な鎧を目の前にして、エッダは素直に半歩下がる。 このライアンの重装備は実際に敵の剣も防ぐのだけれども、目で見ても安心感がある。大きな背中。 エッダは昨日のライアンの手の重みを思い出し、頼れる仲間のことをしっかり頼ろうと思っていた。 その二人に、クリフトもマーニャも続く。 四人はそのまま歩みを進めていった。 「……吐き気が、するぐらいね…」 マーニャの褐色の肌が総毛立つ。 エッダも、その首筋に汗をにじませる。 目の前の普通の何倍かはある玉座にはそれに似合う体躯を持つ魔物がどっかりと腰を据えて眠っているようであった。 魔物、といってよいのか分からないような、不気味な生物。 深い眠りに落ちているのか、目は開かれる様子も無い。 音も無く静かにそれを見ていた一同だが、ライアンが口を開く。 「こやつが、地獄の帝王とやらでしょう!エッダ殿。今が絶好の機会ですぞ!」 帝王とおぼしき者からは、そうと分かるように、実際には目に見えないものではあるが黒く、禍々しい気を感じる。 クリフトは息があがるのが自分で分かっていた。 そんなときだった。 地から這い上がるように響く声。 「……何者だ…!」 「来るわよ!皆!」 エッダは剣を抜き、構えた。それを合図にクリフトもマーニャも呪文を詠唱しはじめる。 帝王から発せられたのは、光だった。 妖しく光ると、光は刃のようにそれぞれを傷つけて、消えた。 彼らはその衝撃に軽く跳ね飛ばされ、地面に打ち付けられる。 「きゃあ!」 「ぬう!」 「…っ、クリフト、ベホマラー!」 「っはいっ」 エッダはクリフトの短い返事を聞くと、帝王へと駆け寄り、一太刀振り下ろす。 しっかりと手応えを感じ、飛び退くと、身体に温かい光を感じる。そして、傷が癒える。 ライアンも果敢に剣を大きく振りかぶる。そのまま真っ直ぐに振り下ろされた剣は易々と帝王を切り裂く。 「ベギラゴン!!」 マーニャも黙ってはいない。頭上に掲げた掌から炎が飛び出て、それは帝王の足元を包む。 肉の焦げるような匂いも、今までの異臭で鼻腔は麻痺したか、誰も動じはしない。 その炎をかき消すつもりか、玉座から激しい吹雪を浴びせられる。 未だ瞳は開かなくとも、口が開けられ、そこから吹雪が発せられていた。 「みんな!」 エッダは飛び出し、天空の盾をかかげると、盾は見事に吹雪を遮り、皆凍らずに済む。 だが、それと同時に先刻と同様の光が盾を掲げる斜め後ろ側からエッダを襲う。 「ああああ!」 「エッダさん!!」 反射的に声をあげて、クリフトは即座に回復の呪文を唱え始める。それを視線の端で捉えたエッダが言う。 「待って!それより…、スクルトを!」 「しかし、」 「これは自分で!」 また駆け出し始めたライアンを見ながらエッダは叫ぶ。 言葉を遮られたクリフトは大きく息を吸い、スクルトを詠唱し始める。 エッダは自らベホイミをかけ、クリフトを見つめる。 やがて身体の外をキラキラと衣のような光が彼らを包む。スクルトが発動したのだった。 「そう…行くわ!」 そう言い放つとエッダはまた大きな大きな敵を見据えた。 そして走る。例の光の刃が身を切り裂くが、かすり傷で済む。 「これで、終わらせるわ!」 そのままの勢いで駆け出したエッダは大きく跳ね上がると、一刀両断、帝王の首を切り落とした。 どすん、と重い音を立てて地面に打ち付けられたその首は、瞳を閉じたまま、黒く変色していった。 身体も同じように黒ずんでいくと、ぶうん、と低い唸るような音だけが響き、やがてそれも消えた。 エッダは肩を大きく上下させ、その首を見つめたまま、立ち尽くしていた。 剣には、ぬらぬらと黒光りする液体が伝っていた。 「どうしたことだ!これは!?」 突然の自分たち以外の声に、エッダは弾かれたように声のするほうを見上げた。 見ると、自分たちのいる入り口の反対側のほうから、豪奢なマントを翻しながら見覚えのある端正な顔が走ってくる。 その人物は地獄の帝王を挟んでエッダと向かい合うと、その美しい顔を歪めながら憎憎しげにエッダを睨み付けた。 「お前が……!勇者か!?どういうことだ?勇者は屠ったはずだ!!」 エッダは落ち着きかけた息がまた激しくあがっていくのを自分で感じていた。 だが、その激しさを自分では抑えることができない、と剣を両手で握り直す。 「私の、顔を覚えているの?」 エッダは高い位置にある彼の顔を捉えて、離さない。 彼もまた、エッダから目を逸らさずに、凍えるように冷たく睨んでいた。 「知らんな」 一蹴し、デスピサロは鼻を鳴らす。「ただ、ここにいて、こやつがこういうことになっているのなら、そういうことだろう」と呟く。 ぎり、と音が聞こえるほどエッダは歯を食い縛った。 「あんたは、タダじゃおけないから!」 エッダは燃えるような瞳でデスピサロを睨み付けたまま、剣を再び構えようとした。 その時だった。 「デスピサロ様!…ロザリー様が…っ!」 聞き覚えのある名前にデスピサロ同様、エッダたちも身体が強張った。 血相を変えて飛び出してきた魔物の報告は、前に嫌な想像をしていたことなのだろうか? デスピサロは一言も発せず、急いで来た道を戻ろうとした。 エッダは一瞬、それを追おうと足を踏み出したが、躊躇い、止めた。 そのままデスピサロは闇のようなマントをはためかせ、エッダたちの前から去っていった。 やるせないような気持ちを持て余し、エッダは歯を食い縛ったまま、項垂れていた。 「エッダさん。早く地上へ出ましょう…」 「…ええ」 クリフトが促すと、エッダは素直に回れ右をして、入ってきた扉の方へ向いた。 「ここは崩れますぞ!急ぎましょう」 ライアンは一足先に走り始めた。それに続いてマーニャも駆け出す。 「さぁ、エッダさん」 「…うん」 急に地響きがし始め、建物は揺れ始めた。よろけるエッダの手をクリフトが取り、先導しながら行く。 地獄の帝王とやらの上にも瓦礫が降り始め、その姿を隠していった。 クリフトは強くエッダの手を握ったまま、走ってライアンとマーニャの後を追った。 エッダは考え事をしているのか、ぼうっとしているのかクリフトには分からなかったが、しっかり手を引いていないと、崩れ落ちそうな気がしていた。 握れば握るほど、手や指が細いことを感じ取ることができ、クリフトは胸が痛くなる。 重たい剣を振り回す手には思えない、と。 確かに豆ができていたり、皮が幾重にもめくれていたりと、見た目としては美しい手では無いかもしれないが、 その線の細い指先が弱弱しく手を握り返しているのを感じ、クリフトは一層手に力を込めた。 一行は慌ててその城を後にしたが、ライアンはしっかりとガスの源である壷を拾っていくことは忘れなかった。 普段は一見落ち着いて見えるが、若いゆえに感情ばかりが先走るエッダのことを、ライアンがフォローすることがときたまあった。 戦闘や旅における先輩としての配慮だとかが彼には備わっており、エッダはそれを大変信頼している。 この時も、半ば呆然としていたエッダであり、ガスの壷のことは覚えていたのにも関わらず、持ち出すことを忘れていたが、 思い出したときには既にライアンがそれを手にしており、エッダはいたく安心したのだった。 こうして無事に一同はアッテムトの地中深くより舞い戻ってきたのである。 ←前へ 次へ→ ホントは戦闘シーンって苦手さんなので省く気マンマンだったのですが、 ノリで書いちゃいました。 おかすぃーなぁ…。








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