憎悪の傷(2)

時は少し遡る。 デスパレスから退却した一行は一旦ハバリアまでルーラで飛んだ。そしてアッテムトへ向かう準備を整え、早速出発した。 デスピサロの様子では一刻を争う事態のようであったし、ゆっくりはしていられない、という訳であったが、 道中、日も暮れてしまったので逸るエッダをブライがなだめ、結局野営を行うことにした。 何より、本当はエッダを始め、皆疲れは隠せないようであった。 デスパレスの前に攻略した魔人像がかなりの長丁場であり、ひとつここらで休んでおかないと、地獄の帝王との対戦ということにでもなったときに身体が持たない。 食事の準備だけが当番制ですることになっているので、当番以外の人員は自分の気づく範囲で野営の準備をする。 エッダは素直に休むことになると、テントを貼り終え、早々に休み始めた。 ライアンは火を焚く薪をせっせと、食事当番であるミネアの元へ運んでいる。 ブライはアリーナに「多少は姫もミネア殿の料理の腕を見学されては…」などと言い、アリーナを自由行動などさせないようにしている。 そんな中、人目を阻んでマーニャはクリフトを誘い出した。 「クリフト、ちょっといい?」 仲間たちのいる場所から少し離れた木々の影に呼び寄せる。 クリフトも、普段なら何用であろうかと訝しむところであるが、今日は違った。 話はエッダのことだろうと気落ちした様子でマーニャの後ろを歩く。 適度に皆より離れたと思えたところで、くるりと前を歩いていたマーニャが振り向く。クリフトも倣って歩みを止める。 「あたし、回りくどいのは苦手だから、単刀直入に聞くわね。  クリフト、エッダが一人で苦しんでたの、知ってたのよね?」 ただ首を縦に振り、クリフトはその言葉を肯定した。それを見、マーニャは怒らせていた肩をがくんと落とす。 「アンタ、それで、どうなのよ」 「…はい?」 どうなのよ、とはどういったことだろう、とクリフトは顔をあげてマーニャと視線を合わせた。緋色の瞳は強くクリフトの瞳を射抜く。 「だから、エッダのことよ。好きなんでしょ?なのに、放っておくわけ?」 「な、何を!」 急に言い当てられてクリフトは顔を火照らせた。薄暗くなってきている辺りではあるが、クリフトの赤面具合はマーニャの口元を妖しく歪ませる。 「アタシが気づかないとでも思ってるの?つうか、皆気づいてるんじゃないの?あ、アリーナぐらいかしらね。気づいてないのは。  …そのことはいいわ。ちょっと置いておいて。  でね、アンタがエッダを支えないでどうすんのって話よ」 クリフトは困り顔で口を開く。 「しかし、私がしゃしゃり出てエッダさんを余計悩ますことに…」 その困り顔にマーニャは声を荒げて一喝する。 「うじうじうじうじ言うんじゃないわよ!男ならはっきりしなさい!」 「は、はい」 「好きなんでしょうが。エッダが。支えてやりたいんでしょう?」 「…はい」 クリフトは頬さえ赤らめているが、はっきりとその言葉は言い切った。 もう色々あった迷いは無いようで、純粋にその心に従っているようである。 その様子にマーニャはふうと息を吐いて話を続ける。 「いつから知ってたのかは知らないけどさ、ずっと心を痛めてた女の子を放っておいたわけでしょ。  アンタ、その罪は重いわよ。  女は一人でも、女同士でも埋められないところがあるのよ。男じゃなきゃダメなときがあるのよ…。  できればさ、アンタにそこを支えてやってほしい。  あたしが言うべきことでもないかもしれないけど、エッダが心配なの」 クリフトは頷きながらマーニャを見た。 それはまるで姉でもあり、母親でもあるような様子で眉間を寄せていた。 微笑みを返し、クリフトは言う。 「私、エッダさんの支えになりたいと思いますよ。エッダさんさえ迷惑じゃなければ」 「迷惑、ねぇ。たぶん、大丈夫じゃない?たぶん」 口元に再び微笑を滲ませ、マーニャはそう返す。 「た、たぶんって…」 微笑みは苦笑いになり、クリフトは言う。 「さっき、マーニャさんが…」 「私はただ、そうして欲しいなって言っただけで、エッダの気持ちは知らないわよ。  じゃあ、そういう感じで。お節介やいちゃって悪いわね」 そういう瞳は優しく揺らぎ、マーニャはそう言い放ち、その場を離れた。 取り残されたクリフトは風で煽られ、足元にまとわりつくようにはためく法衣を気にすることもなく、ただ立ち尽くしていた。 今更誰にこの気持ちを気取られようと関係は無かった。少々恥ずかしいという気持ちも無くもないが、それでも気持ちに変化がある訳でもない。 皆、エッダを想っている。 それを感じ取り、クリフトは自嘲気味に笑った。 「一体、僕に何ができるのだろうか」 マーニャの言う所の、男にしか支えられないときとは、どういう時なのか。 男女の関係については経験の浅いクリフトにとって、想像もつかないのであった。 ←前へ 次へ→ 多分、見てらんなくなっちゃったんでしょうね。マーニャさん。 本当は、こんなこと言わすのも、アレだよなあーって思いまして、 書いたはいいけど、アップしようかどうしようか迷ってたんです。 何となく、こんなことマーニャさんなら思ってはいても、実際言ってきたりしなさそうなんだけどー。 でも、クリフトには背中押してくれる人がいなきゃかなって思って、出てきちゃいました。








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