そ れ は だ ん だ ん と
(4)








暑い暑いとは思っていたけれど、あえて口には出すまい。
と、思っていたのに。
「あぢぃぃぃぃぃぃぃ」
「言うな!!!!」
すかさず暑さで苛立つ私は隣に立ち尽くす藤代の後頭部をぺしんと叩いた。
「いって!マジいって!」
叩いたその頭を庇うように両腕を回しながら、藤代は勢いよくこちらを振り向く。
その本気で痛かった、ということを訴えるような目で見られて、私はつい意地悪っぽく言ってしまう。
「暑いって言ったら余計暑くなるじゃん!それよりキリキリ動いてよ」
「…イライラしてる女は可愛くないぞ」
「可愛くなくって結構ですー」
じとっと私を睨みながら藤代は足元にある平均台の端を持つ。それを見てから私もその反対の端を持った。
「せーの」
「んっしょー!」
私たち二人は慌ててその平均台をグラウンドの真ん中のコースへと運ぶ。
焼けるような暑さのその中央へ辿りつき、やっと平均台を下ろすが、まだまだ仕事は残っている。
次は普段は体育館にかけてあるネットをばさりとコースへ敷かねばならない。
相方の藤代は暑いだの喉渇いただの、うだうだ言いながらもしっかり働いてくれるので良かったけれど…この役割に私を推薦したクラスの皆が恨めしい。

この学園は何故か暑さもピークの夏休み終了直後に体育祭がある。
せめて10月の体育の日にしてくれればいいものを、と舌打ちすれど、私にそんなの変えられようもない。
その体育祭は、実行委員というものを大体クラスから2人選出するのだけれど(大抵の学校のイベントもそうだろうけど)
それにHRの満場一致でなぜか私と藤代が推薦されたのだ。
それは運動ができるだとか色々言われたけれど、運動神経の良し悪しは実行委員にゃ関係無いし。体よく頼まれたら断れないような私や藤代(調子に乗せられたんだろうな。藤代は)に押し付けられただけのような気がする。
なのに、お調子者の藤代クンは、とっても楽しそう。
私には分からないけれど。(乗せられてるからだろうね)

藤代とは、あれから大して何も話さないようにしていたのに、席替えで隣同士になってからというもの、妙に彼は話しかけてくるようになった。
いや、今までも話していたりはしたけれど、席が隣だと毎日一緒にいるから、ずうっと話しかけてくるのだ。
私は正直、それに戸惑ったりもした。
やっぱり、あのときの一言が耳にこびりついたかのように、こだまするときもあったし。
あの言葉で、藤代って男の子なんだなって思うと、本当に柄にも無い話だけれど、胸がうずくのだ。
私がこんなの意識してるだなんて恥ずかしいし、絶対にヤツだけには知られたくないから表には出さないようにしてるけど。
それをユカにだけ思い切って打ち明けたら、ユカは知った顔で「そうかー」って嬉しそうに笑うだけだし。
何だって言うんだろう。そのしたり顔が私をすごく不機嫌にさせることをユカは知っていながら、するのだから。
それに、夏休みを挟んで、ちっとも会わなかった間に藤代は何だか背も少し伸びて、より日焼けもしていて、まるでホントに男の人みたいだった。
その藤代と、普通に接しているつもりなんだけど、何だかやりづらくって、早く席替えをすることを望んでいたのに。
なのに、実行委員一緒にやるなんて、なぁ。
嫌でも毎日放課後に顔を合わせたし、今も、一緒にいる。
何でだろうなぁ。

、そっち持って!」
その声にはっとして、私は指示通り、平均台の端を掴んだ。
そうだった。もうこの種目は終わって片付けなきゃいけないんだ。
次の種目が始まるから、なるべく迅速にやらねばならない。
藤代は私の足の速さに合わせて平均台を持って走っている。
こんな気遣いできるなんて、ずるいよね。
私、女の子扱いなんてホントにされなれてないのに。
こいつって魔性の男?キラースマイル?
私は藤代のさっき叩いた後頭部を見ながら、そう、キリキリと働くことにした。
余計な雑念は、置いておくことにして。

プログラムは私の気持ちも何だろうが関係なく、それは最終種目へと進んだ。
既に砂と汗まじりになった私たちを待つのは、白線の引かれたコース。
藤代も、私も、トリを飾るリレーの参加者だった。
さすがにこのときは委員の仕事は免除されるらしく、私たちは二人で招集場へと向かった。
ああ、もう、こういうプレッシャーって怖いなぁ。
私は校舎の2階の窓に掲げてある点数表をちらりと見た。
…このリレーの結果次第で、私たちの組は優勝できるか、二位かが決まってしまう。
そんなことを考えていた私は緊張で、つい顔が強張っていたみたいだ。
、緊張してんの?顔怖いよ」
「…いや、うーん、うん、多分そう」
「うわ!マジすげぇ手震えてない?」
そう言って藤代は私の右手を軽く触れた。
「うわ」
私はおもわず振り払う。
「え?」
……余計にどきどきしてしまった。どうしてくれんの。バカだわコイツ!!
藤代は私の反応に驚いたのだろうか、目が丸くなっている。が、すぐにそれは笑顔へと変わった。
「大丈夫大丈夫。組別なんだからさ、アンカーの俺を信じろよ。
 がコケたって、俺の足なら追いつくって!」
「なーに言って!…でも、でも、マジでコケたらお願いします」
私は変わらぬ素振りで、普通に返した、つもりだった。
けれど、藤代は妙にニヤニヤしている。何か可笑しかったかな。私。意識してるって思われたのかな。
藤代なんかに意識してるなんて思われたら、恥ずかしすぎる!
でもそれは違ったみたいで、藤代は笑顔のままで私に言った。
、素直にそんなん言うの珍しいな。ホント緊張してんだ。まかしとけって、俺に!」
満面の、笑顔。
それは、この照りつける太陽もかくやと思うような、眩しさ。暖かさ。
ああ、極上の笑顔ってこれだなぁ、と私はおぼろげに思う。
本当に、コイツにまかせれば大丈夫だなって思えるような、そんな安心感を与えてくれる笑顔。
自然にそれには私も笑顔を返していた。
「うん」
そのとき、リレー開始の合図の空砲が、空高く響いた。








うだるような暑さの中、俺は青い空を見上げて、腕を突き上げた。
汗で体操着は服に張り付くけれど、すっごく気持ち良い爽快感が身体を駆け巡っている。
「藤代のおかげかもね!」
「マジで!」
は軽く蒸気した頬で、にっこりと笑いながらそんな俺に声をかけた。
リレーの結果は俺らの赤組が優勝。従って、体育祭自体も優勝だった。
それにはアンカーの俺の活躍もあるけれど、が前の走者の遅れを取り戻す3人抜きを見せたっていうのもある。
けれど、はそれは藤代が緊張をほぐしてくれたからだ、なんて嬉しいことを言ってくれるので、俺は思わず顔が緩んだ。
グラウンドの砂を踏みしめながら、浮いた足取りで自分たちのクラスの場所へと戻ると、それはもう盛大な歓迎だった。
すぐに俺も、ももみくちゃにされて、俺なんかは胴上げされる始末。
も高く声をあげて笑っていた。
そんなを見るのはなんだか久しぶりのような気がして、俺もすごく嬉しくなったんだ。

あれから、夏休みに入ってしばらくに会えないうちに、日に日にに会いたいって想いが強くなっていった。
それは単にのことを知りたいっていう欲求だけなのかなぁと思っていたけれど、最近そうじゃない気がしてきた。
の笑顔を見ると、そう、こっちまで笑いたくなるような笑顔をしてくれるんだ。
それが見たくて、会いたいって思うんだなって分かったんだ。
それに気づいたのは、たった今さっきのことだけど。

招集場で意外にも緊張しているに何て言ったらいいのか分かんなかったけど、とりあえず、まぁ俺がいるから大丈夫ってなことを言ったら、
すごく自然に笑ってくれたんだ。
その顔が見たいって俺はその時激しく思ったから。
俺が何も考えずに手を握ったときの動揺したも何だかぽくなくて可愛かったけど。
もっともっと色んなの顔が見てみたいなぁ、と俺は友達に囲まれているの横顔をちらりと見ながら、思った。

コレって、あれかな。
俺、にハマってんのかな。
のこと、好きだって、はっきりと胸の中で言ってしまえる自分がいて、俺は少し、自分で驚いた。










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