そ れ は だ ん だ ん と
(5)








祭りの後の、虚しさよ。
確か、昔の人はそんなこと言っていたな、と思うけれど、私はそれよりも、何だか爽快感でいっぱいだった気持ちが”片付け”ということに押しつぶされたことに、多少、しょんぼりとしていた。
実行委員は体育祭の後も、しっかりと仕事が残されていた。
横断幕や各組のマスコットという名の大きなハリボテ、そして競技で使った様々な道具たち。
中には、年に一度のこの体育祭でしか見ないようなモノもある。
それらを倉庫に運んだり、テントをたたんだり、長机を片付けたり…。
際限も無いのか、と思うような労働だったけれども、それがすっかり片付くと、嫌味な程の気持ちよい笑顔の担当の先生が、ジュースを委員に配ってくれた。
やっぱり、こういう労働にはしかるべき褒美が待っているんだなぁ、なんてジュース一本で幸せになれてしまうのだから、私って、扱われやすいのかも。

、おつかれー」
「ん、藤代、そっちも終わった?」
「ああ」

運動場の隅の体育館に繋がっている外階段のところに一人でいた私に、藤代は例の明るい笑顔とそれに似合う爽やかな水色の缶を持って、近寄ってきた。
私は逃げようとも考える間もなく、その藤代のために、座る場所を空けようと少し、身体をずらす。
当然のように隣に座る藤代。何だか全てを意識してしまい、ジュースをひたすら飲み込んだ。
ちらりと藤代を見やると、ぐうっと缶をあおる、その陽に焼けた喉がいやに男っぽくって、びっくりする。

「どうかした?」
やがて、私がぼうっと見つめていたことに気づいた藤代はきょとん、とした顔で私を見返す。
「いや、別に、おいしそうに飲むなって思って」
慌ててヘンな言い訳をした私だけれど、藤代は別段、怪しむ訳でもなく、快活に笑った。
「だって、うまいもん!汗流したあとのジュースは格別だろ!
 …って、いやいやいや、そうじゃなくてさ、。約束、忘れた?」
藤代の急な言い回しに、私ははて、と首を傾げる。
約束?そんなもんしたっけか?
「なに?」
私は素直にそう、問いかける。
すると、藤代はやっぱり、と一言呟いてから、苦笑いをした。
「だから、球技大会んときの」
「ええ?」
球技大会。
さして遠くも無い思い出に私は頭をめぐらす。
うーん、あのとき、そう、あのとき。みんなでカラオケ行って、花火したよね?
そうだ、私が、…藤代のことを、男なんだなって、意識し始めたときだ。
思わず言葉につまる私を見かねたか、藤代は言う。
「優勝したら、おごるって言ったじゃん」
あー、と私は声を上げながら、思い出す。
ん?それは、
「だって、それ、あたしらも優勝したし」
「そんなん知ってるよ。そうじゃなくて、お互いおごるっていうので、どうよ」
藤代は、いやに明るい笑顔でそう言う。
名案だろうと言わんばかりのその鼻さきを、ぐいっとつまんでやりたくなったが、我慢した。
「何?それ」
私は藤代の言う意図が読めずに、眉をひそめた。
本当、意味わかんない。
それでも藤代は、その笑顔を崩さない。
「だからさ、一緒に出かけて、おごりあおうぜ」
やっと分かった。
どこかで何かをおごりあう、ということなのか。
それって、でも、

「デートしようよ」
「はぁぁぁぁ?」

頭に浮かんだ、デート、という単語に、私は思いっきりハテナマークをつけた。






寮の部屋に帰ると、既に着替えて汗も流し終えてこざっぱりしている、ユカがいた。
「お帰りー。…ん?、どうした?」
ユカってば、鋭すぎる。
私は砂まみれの体操着のまま、ユカに詰め寄った。
「どうしよ。藤代が私とデートしよってゆう」
そう、私が一気に言うと、ユカは急に満面に笑みをくっつけたのだ。
それがいかにも、待ってましたと言わんばかりなので、私は言ったあとに、しまった、と思った。けれども、もう遅い。
「そっかぁ。藤代、デート誘ったんだぁ」
「いや、別にそういうんじゃないよ?ユカの好きそうなのとは違うよ?
 ただ、ほら球技大会んときに言ってた、おごりがどうのってやつ。
 あれで藤代のヤツ、あわよくばいいもん食べようと思ってるとか、そういうのだと思うよ?」
慌てて私はそうまくしたてるが、自分でも、ハテナマークを付けつつ話すのはおかしいな、と思う。
っていうか、分かるよ。
藤代、私のこと気に入ってるからだって。
でもそれは、友達としてのことだと思うし、そう、意識なんてするほどのものじゃないんだろうけれど。
向こうはこんなに私が意識するだろうなんて微塵も思っていないだろうけれど。
現に、藤代ってそういうヤツだし。
ただ、私の気持ちが収まりそうも無くて、こうしてユカに打ち明けてしまうのは。

「だって、、藤代のこと好きだし、いいんじゃない?」
「…そう、だよ、ね。………あの、バレバレ?」
「うん。いや、私には、ね」

私が何より、藤代のことを好きだという、その高揚からだろう。

が藤代のことをすごく意識しはじめたのは、私には分かったよぅ。そりゃね、毎日顔つき合わせてるからね」
ユカは笑顔を崩さずに、そう語り始めた。
淡々と話す様子のユカを私はしばし見つめる。
「他の子で気づいてる子がいるかは分かんないけど。でも、アンタ、変わったし」
「え?あたし?!」
ぼうっと自分の想いにめぐらせながら、ユカの言葉を耳にしていたら、驚いた。
私、変わったの?
思わず、目を見開いて、ユカを見つめる。
すると、ユカはプっと吹き出しながら、言った。
「すごく女の子らしくなった」
その笑い方って、とても可愛くて、私が女の子らしくなったと言われているのに、全くユカには敵わない。
「何で…ユカのほうが断然女らしいじゃん」
「何言ってんのよ。
 女は、恋をすると変わるのよ」
よく雑誌でテレビで目に耳にするセリフ。
それでも、今最も身近な人物であるユカから聞くと、それはすんなりと身体全体に染み入っていくようで。
今までおぼろげにしか見えなかった、この高揚感、そして同じくらいの不安感、それの名が”恋”なのだと理解した、瞬間だった。










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