その日は秋にしては少し暖かく、ジャケットを着ていたらちょっと汗ばむほどだった。
それは、気候のせいで、決して隣に立つ男のせいではない、と思う。










そ れ は だ ん だ ん と
(6)








目の前でおいしそうに鼻をつく、香ばしいソースの香り。
じゅうじゅう、とそのソースが焦げる音もまた、お腹を刺激した。
「もう食べ頃じゃね?いっただきまーす!」
テーブルを挟んで向かいに座る、藤代は目の前のそのお好み焼きを慣れた手付きでヘラを操り、千切っていくと、すぐに口に放り込んだ。
それを見て、私も慌てて箸をつかむ。
藤代は、口にあるものをすぐに飲み込んだか、話し始める。
、今日あんま喋んないのな。大丈夫?」
「そんなことないよ…大丈夫」
マヨネーズをお好み焼きの上にのばしながら、私は言う。

あー、ほんっと、調子くるうって!
なんか、恥ずかしいって!

藤代の言った、『おごりあう約束』を果たすため、私は今日、藤代と出かけている。
今日は朝から雨が降っていたので、藤代の所属するサッカー部の練習が無かったらしく、突然メールが来たのだ。
『今日、ヒマ?約束のやつ行こうぜ!』
という短いメールだったけれど、そのメールに私はすごく胸躍らされてしまい、何だか悔しいし恥ずかしい。
その時一緒に朝ごはんを食べてたユカに相談すると、ユカはすごく笑顔で服も貸してくれて、こうして私は普段の私らしからぬ装いで藤代といることが、さらに恥ずかしいのだ。
スカートとか、普段あんまり、はかないしさ。
何だか、やっぱり、恥ずかしくて、藤代の顔もまともに見られない。

おいしいお好み焼き屋がある、と言ったのは藤代。
何でも、先輩に教わった隠れ家的な店だというので、ちょっと期待して付いてきたのだ。
そのお店は、中で人の良さそうなおばあさんが一人忙しく動く、こぢんまりとしたお店だった。
始めは不安に思った私だったけれども、一口、頬張ると、それは外のカリカリ具合と中のふんわり具合がとても程よく、すぐにちっちゃな緊張はほぐれてしまった。

「めっちゃおいしい!」
「だろ?なんたって渋沢キャプテンのお墨付きだぜ!」

藤代は青のりの付いたままの唇でにかっと笑った。
それも可笑しくて、私はすぐに、そう、いつもどおりの気分になった。



そのとってもおいしいお好み焼き屋さんを出ると、既に雨は上がり、陽が出ていた。
藤代はジーパンのポケットに手を突っ込みながら、やや早足で先を歩く。
私はそれに遅れないよう、かといって横に並ばないように、少しだけ後ろを歩く。
さすがに、隣を歩くのは、気恥ずかしかったのだ。
そんな私を振り返りながら、藤代は笑う。
、カラオケ行かねぇ?」
私は、なんとなくそんな予感がしていたので、頷きながら、「ジュース買っていこうよ」と言った。
藤代と二人でいる時間が、何だか、楽しくなってきていた。










寮の玄関をくぐって、靴を脱いで、スリッパに履き替える。
そのまま部屋にまっすぐ戻ろうとして、やっぱり止めて、食堂へ向かった。
食堂には自販機がある。ユカに服のお礼といっては何だけども、いつもユカの飲んでいるカフェオレを買って、部屋へ戻った。

「おかえり!どうだったー?」

扉をノックすると、すぐに返事と扉の鍵が開けられる音がした。
ユカは本当に嬉しそうな顔をして、お土産を受け取ると、自分のベッドに座って、私にも座るように促す。
「どうって、……楽しかったよ」
「よかったねぇ!」
いつもクールなユカだけれど、こういうときに笑うと、本当に可愛い。
男じゃなくても胸キュンものなのに、私がそれを言うと、ユカはいつも鼻で笑う。
「ユカ、服ありがと。お好み焼き食べたから、臭いし洗って返すわ」
「うん、いいよ。かご入れといて」
カフェオレをおいしそうに飲み始めたユカに、今日のことを振り返って話していると、何となく、今自分が女の子っぽいなって気づいて、くすぐったい気持ちになった。
「…で、カラオケ行って、下のゲーセン行って、帰ってきた」
「ふうん。プリクラは撮ったの?」
ユカのその言葉に、私は思わず顔を隠す。
「プリクラ!撮る訳ないじゃん!恥ずかしいっつの!」
「何でよー!見たかった!!…藤代は撮ろうって言わなかったの?」
思わず、あの時の藤代の顔を思い出す。何だか、面白そうな表情で、私のことを見つめてきてた。
「え…言ったけどさ、嫌だっつって帰ってきた」
「うわー…」
ユカは「藤代あわれ」と呟いて、苦笑いした。
私は靴下を脱いだ。そしてその開放感のまま、息をつく。
「で、さー、肝心の何か、告白的なものは、あったわけ?」
ユカの言葉が身体を通る。
私は唇をややとがらせ、答える。
「何にも」
別に、期待していた訳じゃない。
でも、それなりに、『デートしようよ』なんて言われたら、何となくその気にはなると思う。それは。誰だって。
私の答えに、あからさまに不満げな声を出しながら、ユカも唇をとがらす。
「何、それ!藤代、何か言うと思ったのに」
「いや、うーん、いざ言われたら、あたし、きっと困ると思うし、いいんじゃない?」
「いいのかなぁ?がいいんだったらいいかもしれないけど…ていうか、あからさまに藤代、のこと好きなのに」
ユカがそう言うのに、私は恥ずかしくなって、思わず顔を背ける。
自分では、そうやって自惚れたくない。
でも、でも、そうじゃなかったとしたら、藤代ってば、最高で最悪に女ったらしだよな、とぼんやり思う。
「あたし、今のままの、藤代と仲が良い感じがすごく、良いと思うし」
「ふぅん………」
ユカは納得しない顔で私の瞳を見つめてくる。
私は、本当にそうだよ、と付け加えて、再び顔を逸らした。

その時、カバンの中で、携帯が音を立てて震えた。それは短い音で、メールが届いた、ということが分かる。
でしょ?」
「うん。……あ、…藤代だ」
慌てて携帯を開くと、そこには”藤代誠二”の四文字が私を出迎えた。
どきどきと鳴り出す自分の鼓動が、少し腹立たしい。こんなことぐらいで鳴らなくていいのに。
「…なんて?」
「え…ちょっと待って」
身を乗り出すユカを抑えつつ、私は携帯の画面を操作する。

『今日楽しかった。ありがとな。も今日は何かすごい可愛かったし嬉しかった!
 今度はうまいラーメン屋行こうぜ〜!』

ああ、もう、私はあなたにこっぱみじんです。
何て返したら良いのか、考えあぐねる私を見ながら、横から携帯を奪ったユカは、楽しそうに声をたてて笑っていた。










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