そ れ は だ ん だ ん と
(7)








じゃんけんってこういうときに勝ったためしがないよな、と私は一人ごちながら、寒々しい道路へ出た。
冷たい風がひゅうっと私のスカートをさらうので、行く気がほとんど一緒に持って行かれてしまった。それでも行かない訳にはいかない。
ユカたちと放課後、教室に残ってテスト勉強をしていた。小腹が減ったと言い出したのは誰だっけ、覚えていないけれど、じゃんけんで負けた人が歩いて5分のコンビニに買出しに行くことになったのだ。外はもう既に風が冷たく、皆出たがらない、けれどお腹は満たしたい。よくあることだけど、でも、私はこういうときにほとんどじゃんけんで勝てたことが、ないのだ、さっきも言ったように。
さむい。私は首に巻きつけてきたマフラーを口元まで押し上げながら呟く。
そうして学校のグラウンドの脇をとぼとぼと歩いていると、何だか聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。

「おーい!ー!おおおーい!」

「え?」
慌ててグラウンドの方へ目を遣ると、少し遠くで手を振りながら立っている男の子が見えた。
―ああ、ここ、サッカー部のグラウンドだったんだっけ。
彼、藤代はこちらへ向かって走りながら、おおーい、と相変わらず声を出していた。
もう既に気づいてるというのに、思わず笑ってしまう。
「おーい…!と、何笑ってんだよ」
「だってさっきから藤代が走ってくるのは分かってるから、なのにずっと『おーい』って!」
「いや、別にそんなオカシクないから」
そう言う藤代もにっと笑う。
「部活中でしょ?怒られないの?」
藤代の背中越しに小さく、笠井も見えた。でも見渡せば大体その辺にいたサッカー部員らしき人たちは皆立ち止まって、何か話し合ったり、しゃがみ込んだりしている。
サッカー部のジャージ姿の藤代は、こんなに寒いのに、うっすら汗すらかきながら、言った。
「今、丁度休憩入ったとこ。んで、は?お前こそ何?まさか、俺の練習姿見に来たとか?」
「いや、んな訳ないでしょ!コンビニに買出しだよ。…じゃんけんで負けてね」
「うわ!つうか、こういうのいっつも負けてね?」
「うるさいね、でもその通りだけど!」
私がそう言うと藤代は声をたてて笑って、フェンスに手をかけた。
にやり、と笑う。
「な、俺も行く、ちょっと待ってて」
「ちょっとって…え」
ほっ、と藤代は掛け声をかけると、高いフェンスをよじのぼり、すぐに私の目の前に飛び降りて来た。
軽々とそれをこなす藤代の姿は、何より無駄が無いようで、つい見とれてしまっていた。
「んじゃ行こうぜー」
「あんたはサル?」
「こんぐらい、誰でもできるっつの!」
私は不覚にも格好良いなんて思ってしまった胸の内を押さえつけながら、先を歩き始めた藤代を追いかけた。

こうして二人で肩を並べて歩くことなんて、そうそう無いけれど、前みたいに意識しまくって話せなくなるようなことは無くなった。
それでも、自分では自然に振舞えていると思うのだけれど、ユカあたりが見ればどこかおかしいのかもしれない。

「皆は、何買ってこいって?」
「肉まんとかあんまん」
「へー、じゃ俺ピザまん食お」
「そんなこと言って、藤代、財布持ってんの?」
「いや、貸して!」
「倍になって返ってくるならなんぼでもいいよ」
「うっわー!よーくーぶーかー」
「ええ!?藤代に言われたくないんだけど!」

何となく、意識しつつも、藤代のことが好きで、そう思えることがとても楽しいと思うようになった。
少し前は、何だか府に落ちない感じで、自覚するのも何だか悔しいような、いけないことのような、そんな感じがしていたのだけれど、それが霧が晴れるようにすうっと変わった。これが乙女心というものなのだろうか。
それは秋の空に例えるんだったような。
ふと見上げると、空にはどんよりと重そうな雲がみっちりと埋まっていた。今日は一日こんな空だ。
もう、既に初冬というべき季節になっている。
それで私は気づいた。隣にひとの体温を感じるというのは、少しだけ違うんだなぁと。
さっきまであんなに冷たかった風が、あまり当たらなくなった。
隣で楽しそうに何事か笑いながらいる藤代も、寒さなんて感じなさそうな顔。
コンビニまでの5分いっぱい、私は大体そんなことで頭が占められていた。

店内に入ると、ほんのりと暖かい空気にむき出しの耳や肌もほっとする。
藤代は真っ直ぐ、奥に位置する飲み物コーナーへと歩いていった。寒いのに、冷たい飲み物なんか買うつもりなのだろうか。
軽く身震いしながら私はその後をなんとなく付いてゆく。
「藤代、寒いのに、冷たいの買うの?」
「いや、どうしよっかなー。なんとなくクセでこっち見ちゃうんだよね…あ、これ新しく出たやつ」
寒いけど買おっかなー、どうしよっかなー。そう言いながら藤代は店の大きな冷蔵庫に張り付いている。
そんな私たちの後ろを一組のカップルが通った。
大学生ぐらいだろうか。ごく普通に寄り添って、手と手をからませて歩く後ろ姿に私は目を奪われていた。
外の気温なんか多分屁でもなさそうなその二人を見ると、自然に感じる、いいなぁ、という純粋な羨望。
まぁ、例えば私が今好きな人とああいう風になりたいって訳では決してないのだけれど。
それでも、いつかはそうなりたいと夢見てしまうのは、女の子だからなのだろうか。
ふ、と藤代からの視線に気づき、一応お菓子コーナーも見ようかな、と呟きながら、私はその場を立つ。
「このたこ焼き味、うまいよ」
横からスナック菓子を指差す藤代の手を思わず見てしまい、しっかり意識してしまった自分が恥ずかしい。
高い身長に見合った、大きな手だった。

「寒い?」
外に出ると、藤代は言った。
私は丁度マフラーを抑えて、首もとの隙間から冷気ができるだけ入り込まないようにしているところで、それは誰の目から見ても『寒そう』なことだろう。私は頷く。
「寒いよ」
藤代は大きく口を開けて、はっきり喋る男だ。
けど今は少しぼそっと、早口で言う。
「そっか、俺は結構平気なんだけど、このジャージ貸してやりたいけどさ、これ脱いだら半袖でさー、さすがに寒いよなーとか思って」
私は半歩先を歩いていて、身体を半分振り返りながらそれを聞いていた。ちょっと聞き取りにくかったので、少しばかり身を乗り出して。
「いや、別にいいよ」
「うん、だからさ、こうしたらあんまり寒くなくね?」
藤代の手が私の手に触れた。
それはあんまん、肉まんと、お菓子やらが入っている袋を持っている手の方で、私が袋を掴んでいるその手の上から、藤代は自分のその手を重ねてきたのだ。
私は驚いて、思わず袋を落としてしまった。
「あーあ、何してんのはー」
しゃがみこんでその袋を拾う藤代の背中や横顔を見て、私はさっき見たカップルを思い出す。
―コイツ、私が羨ましそうに見てたって、気づいてたのか。
藤代は、私の視線を受けながら、はい、と袋を差し出す。
その顔は何もなかったかのように、いつも通りだ。
…私が意識しすぎているだけで、藤代にはこうして女の子と手を繋ぐなんて普通のことなのだろうか。
そう思うのも仕方が無いと思う。それぐらい藤代は自然に私の手に袋を握らせ、そして袋を挟んで、また、私の手を絡めとったのだ。
そしてそれを軽く引っ張りながら言う。
「行くぞ?」
私はそれ以上何も言えなくて、ただ藤代に従って歩いた。
藤代もそれから何も喋らない。
寒さなんて急になくなってしまったかのように、思う。今は身体が熱い。汗がにじみでるのではないかというほど。頼むから手にだけは出ないでくれ、と思いながら、学校までの道のりを歩く。
あそこの曲がり角を曲がると、すぐにグラウンドが見える、という位置に来て、ようやく私は思い当たった。
人に、見られるということを。
私は袋をしっかり握り直す。それはすなわち藤代の手をほどいた、ということだ。
「何、何で離すの?」
当然のようにそう聞いてくる藤代の顔を見ると、私はたちまち恥ずかしさがこみ上げてくるのを感じた。それと同時に、憤りというような、そういった感情も私の口を突き動かす。
「何でじゃないよ!誰かに見られたらどうすんの?恥ずかしいよ!」
勢いで言ってから、私ははっとした。
もしかして、傷ついただろうか?そう思って藤代の表情を伺ってはみるものの、ちっとも彼は色を変えてはいなかった。
むしろ堂々と、平然とした顔でこう言ったのだ。
「どうするって…別にいいだろ。俺、のこと好きだし」

一瞬、息が止まるかと思った。











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