そ れ は だ ん だ ん と
(8)








「っていうか、むしろ誰かに見られたいってぐらいかもしんね」

頭の中で、言おうと思っていたこと、そして今藤代に伝えられたことを整理しようと思った。
それでも冷静に私の頭は働いてはくれなくて、ただただ藤代に今までに言われた言葉や動作がリフレインするばかりだった。
「すきって、それ、」
「俺、が好きだよ」
こうして向かい合っていて、私の瞳を真っ直ぐに見つめて、はっきりと好きだ、と言われるというのは、もちろん私にだってどういう意味での告白だか分かる。
それでもそれを受け止めるには、私は幼いし、それに、突然すぎると思う。
私だって藤代が好きだ。その気持ちときっと同じ。
けれど私の唇は震えて、ちっとも言うべき言葉が発せずにいる。
しばらくそのまま藤代の足元を見つめていた。向かい合って、藤代はきっと私の顔をじっと見ようとしているに違いない。でも私には顔をあげることができなかった。
どうしよう、どうしよう。そう脳内に駆け巡る言葉しかきっと言えない。言葉にならない声が喉元を通り過ぎようとして、とても熱い。
そのとき、遠くで小さくホイッスルの音がした。
多分、サッカー部の休憩終了の合図だったに違いない。
藤代の足がじゃり、と音を立てて半歩程ずれた。
藤代は言った。
「…休憩終わったし、行くな」
私は、ただ頷く。
そのまま走り去る藤代の背中すら私は見れずにしばらくそうしていた。
ただただ、安堵の気持ちがあった。

教室に戻ると、出てきたときと同じように、ユカたちが机に向かってノートを開きながらお喋りに花を咲かせているところだった。
それを見て、何だか安心して、急に力が抜けてしまい、私は適当に近くにあった椅子にどっかりと腰を下ろす。
「おかえりー、。ありがとねー!…何、疲れた?」
「……うん、疲れた……」
「どうした?顔赤くない?」
心配そうに眉を寄せながらユカが近づいてくる。私は慌ててかぶりを振った。
「いや、大丈夫!だいじょぶ!はい、これ」
口々にお目当ての中華まんをあげながら取る友人たちとも何となく目を合わせられずに、私は取りあえずトイレと言い、その場を後にした。
そうしてトイレに来たものの、差し当たって用を足す気にはならないので、手を洗ってみた。
冷たい水に指先だけつけてみる。けれども、それすら心地よい程、私の手は火照っている。
深く、息をついた。
明日から、どうやって顔を合わせばいいんだろう。
藤代はどんな顔して、そして私と会話なんてしてくれるのか。
気持ちが同じ、ということの嬉しさよりも、自分がどうして良いのか分からない戸惑いの方が大きくて、頭が痛くなりそうだった。
まだ、同じクラスなだけならいいけれども、よりにもよって席は隣。
顔を合わさない訳にはいかないし。
「大丈夫?」
突然かけられた声に驚いてトイレの入り口に目を向けると、ユカが立っていた。
考え事に没頭していて、私は人が来たことに全然気づかなかった。跳ね返った心臓を押さえながら、大丈夫だ、と返事をする。
「どうかしたの?」
鋭いユカは、私の様子が変なことなどお見通しだろう。
何だかまた急に足の力が抜けて、私は洗面台に寄りかかった。
訝しげに私を見るユカと目を合わせると、私は言う決心がついた。
「…………びっくりするよ?つか、こっちがびっくりしたんだけどさ」
「は?何が?」
「…今さっき…言われた」
ユカは何となく悟ったような顔をして、口を開く。
「藤代に?」
黙って頷く私の腕を強引に引っ張ると、ユカは嬉しそうな様子を隠さずに、トイレから私を連れ出す。
急のことに、私は引きずられるようにしてユカについていくしかできない。
「な、なに、その嬉しそうなの!」
「え?だっていよいよじゃん!」
自分たちの教室に顔を出すと、勉強なんてちっともしていない友人たちに、ユカは先に帰る、と言い、私の腕を引っ張ったままずんずんと廊下を進んでゆく。
促されるままに昇降口で靴を履き替え、寮への帰り道を歩いた。
道すがら、詳しく教えろ、としつこいユカに、ついさっき起こった出来事を話しながら。
その帰り道はやっぱり、寒かった。








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どちらから読んでも多分大丈夫。








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