そ れ は だ ん だ ん と
(9) ―ヒロインSIDE― ユカは私に、素直になろうよ、と言った。 でも、私は小さい頃から素直になるのって苦手で、なかなか頑固な子だったのだ。 それでも、藤代が好きだと言ってくれたのだって、きっと勇気がいることだったんだろうなぁとも思う。 だから、私もそれに、応えなくては、いけないと、思った。 次の日の朝、私はいつもよりもうんと早起きをして、毎日朝練をしているというサッカー部のグラウンドへ向かった。まだ練習は始まっていないみたいで、シンとした中、一人で決戦場へと向かうような気分で歩いているのはすごく、緊張する。 朝も早く、今日はよりにもよって曇りなので、余計に寒い。 冷たく吹き荒む風から顔を守るようにして、歩みを進めた。 基本的にサッカー部専用のグラウンドは部外者は立ち入り禁止だ。だから、その入り口のフェンスのところで藤代の到着を待つことにする。 けれど、彼よりも一足早く練習へと向かっているサッカー部員に不審気に見られることに耐えかねて、私は側にあった、様々な部室が立ち並ぶ方に用がある振りをして、距離を置いてみた。なかなか姿を現さない藤代に、何だかやきもきする。早く来て欲しい、けれど、来ても欲しくない…。 「…れ、?」 ふいにかけられた声に、私は驚いて一瞬、身体が震えた。 恐る恐る、振り向いてみて、私は見覚えある顔に少し、焦った。 「か、笠井…」 「何、どうしたの、こんな早くに」 同じく驚いた様子で、同じクラスの笠井が私の後ろに立っていた。 見れば、笠井が開けているそのドアはサッカー部の部室だ。今まさに、部室から出てみれば、私が側に立っていたから向こうも驚いたのだろう。当然、サッカー部の彼はここに用事があって来ていたのだろうけれど、私は明らかに、不審者だ。 ジャージ姿の笠井は何だか頷きながら、私を見る。 その仕草は事情を知っているからなのか。藤代が言ったのか。 きっと探るようだった私の目を覗きこんで、こう言った。 「誠二ならもう少しで来るよ」 恥ずかしくて、消えてしまいたい。 「そう、ありがとう…」 でもとりあえず私は笠井に礼だけ述べて、また少し離れたところに移動することにした。 「あ、そっちじゃなくて、何なら部室で待ってたら?寒いし。別に部員は今は来ないだろうし」 背を向けた私に、笠井は声をかけた。 でも、今みたいに、笠井のように用事があって来る人がいるかもしれないし、仮にそうなったら余計居たたまれないので、せっかくだけれども、それを断って、私は歩こうとしたのだ。 けれど、自分の足は急に止まってしまった。 藤代だ。 たった今、寮の方から、グラウンドへ向かおうと、藤代がのんびりとした様子で歩いてきたのだ。 思わずとも、唇がひきしまる。どうしよう。言わなきゃいけない。 その時。 「おーい、誠二ー」 私の後ろから、突然笠井が声をかけたのだ。 当然、藤代はこちらを向いて、歩みを止める。 「笠井!何で声かけんの?」 「え、だって誠二、あのままきっとグラウンド真っ直ぐ入ってっちゃうし。それでも良かった?」 私の隣に立っていた笠井に不満を垂らすと、思いやりとも余計なお世話とも知れない、もっともなお言葉が返ってきた。 私は言葉に詰まって、そして目線を変えた。 藤代がこっちに向かってくる。 ああ、どうしよう。こんなに寒いと思っていたのに、汗が全身から噴出すような気がする。首元に巻いたマフラーが苦しくさえ、感じる。 笠井は小さな声で、 「誠二もあれで結構いっぱいいっぱいだから、よろしくな」 なんて、お兄さんぶった言葉を言い残して立ち去っていってしまった。 「。おはよ」 「…おはよう」 とりあえずの朝の挨拶を交わすと、私と藤代の間を沈黙が流れた。 基本的にこうして向かい合うような形でいても、沈黙が時を流れることは、今まであまりなかった。 それは、いつも、藤代が話し始めてくれていたからだ、ということに気づく。 こうして黙っていることがとても居心地悪く、私は口を開く。 「朝練、だいじょうぶ?時間…」 「ああ、竹巳が多分、何とか言ってくれると思うし。それより、何でここに?」 私は藤代の顔を見上げた。 今まで、見たことあるような、でも知らない藤代の顔のような気がして、余計に心臓がうるさく鳴った。 でも、早く練習にいってもらわないと、いけないし。 小さく息を吸い込んで、私は言った。 散々考えて、そして思ってきた言葉だ。簡単だ。と自分に言い聞かせながら。 「…、あたし、藤代のこと…すき」 ここで一つ息をついて、また、吸った。藤代は、黙っていて、まだ私が何か言うのを待っているみたい。 「…でもさ、好きだけど、どうしたらいいのか、わかんなくて、…昨日もどうしようって思って、すごく、悩んで」 私がそう一気に言うと、藤代がほうっと大きく息を吐いた。 「なんだ。、すげー顔してるから、断られるかと思ったじゃん」 藤代はそう言って、くしゃっと笑った。 「どうしたらいいかって…どうしたらいいかわかんない程、俺のこと好きなんだろ?」 私が息を呑む音が、藤代にも聞こえたかもしれない。 「じゃあ、同じじゃん、俺ら。俺も、のことが大好きだし。 こういうのって、付き合ったりとかすればいいんじゃねぇの?」 付き合う、というその単語に私は思わず食いついた。 「付き合うって…どういうことすんの?それもわかんないし、何か…もう…」 「あーあー、パニくんなって。落ち着け、落ち着け」 どうどう、と効果音付きで、藤代は私の肩をぽん、ぽん、と二度叩いた。 私は何だか可笑しくなって、ふっと笑い声が零れると同時に、ちょっと、落ち着く。 「別にあんまり今までと変わらずに、うん、たまに一緒にどっか、カラオケとか行くとか?」 具体的な藤代の意見に、私は頷きながら、俯き、考えた。 そうか、そんなに堅苦しく考えることは無いみたいだ。 付き合ったからといって、何か変わる訳でもないし、変われる訳でもないんだな、とおぼろげに感じる。 「そうだね…。何か、何か、ほっとしたかも…」 何より、自分の気持ちが藤代に伝わったと分かったのは、ドキドキするよりももっと、ほっと安堵した。 どうしたらいいのか、と悩んでいるよりもよっぽど良かった。 「良かった…」 私は藤代を見上げようと、ふと顔をあげた。 そこには目いっぱい、お目当ての顔があって。 そして、唇がちゅっと短く音を立てて触れて、離れた。 一瞬のこと。 私は何だったんだろう、今のは、と離れた藤代の顔を見ると、藤代はすごく頬を火照らせながら、言った。 「で、たまに、こんな、感じ?」 もうちょっとで大声を出してしまうところだったけれど、それを抑えて、慌てて私は後ずさった。 ちゅって音がした。その音が耳の奥にこびりついて、取れない。 「は、はっずかし…」 「いいじゃん。じゃあ、また、な!!」 藤代は気持ちよいぐらい、まるで音がぱきっと出るぐらいに大きな口で笑って、そしてグラウンドへと小走りに向かっていった。 取り残された私はというと、誰にも見られていないか、周りをぐるぐると見渡しながら、校舎へと歩き始めた。 「また、って、また後で教室でってことだよね…」 もう一つの意味にも取れるけれど、あまりの羞恥に、その考えを打ち消す。 いつの間にか、雲の切れ間から、眩しい光が天から差し込んでいた。 それに照らされるような校門へと向かう。まだまだ、普通の登校時間には早すぎる。人気もほとんどない。 教室に着いたら、何をして過ごそうか。一日は始まったばかりなのに、何だかどっと疲労感がある。けれども眠れるような訳でも、ない。 ぼんやりと藤代の笑顔を思い出しながら、嬉しいような、気恥ずかしいような、そんなふわふわとした気持ちを抱きながら、私は頬を緩めた。 これがあいつの言ってた、男と女? 可笑しくなって、道端で一人、肩を震わせた。 自分だって、顔真っ赤だったじゃん。 けれど、そんな藤代も結構悪くないな、と、そう思って、また私は笑った。 了 ←前へ 藤代SIDEへ あとがき |