そ れ は だ ん だ ん と
(9)
―藤代SIDE―








ついに言ってしまった。
ついに。
実際は、うっかり口が滑ってしまったような感じで、ぽろりと出てしまったのだけれども、今更後には引けないなぁと思った。
もしかしたら、明日からは話してくれなくなるかもしれない。
今なんか隣の席なのに、話せなかったらどんなに気まずいだろう。
ちょっとだけ想像してみて、悶えた。
「う〜〜〜〜〜、やべぇ」
「…誠二うるさい」
せまい部屋の中だ。同室の竹巳は机に向かいながら、パソコン相手に何かしていた。俺はベッドに横になって唸りながら、何とか竹巳の気をひけないかと思ってわざと煩くしていたのだ。もちろん、竹巳だってそんなの、分かってるんだろうけど。
「あのさー、タク、聞いて」
「はいはいはいはい」
おざなりな返事ではあるが、一応聞いてはくれるようだ。竹巳は回転式の椅子をくるっと回して、顔を見せてくれる。
「何だよ」
「実はさ、今日、にさー…告っちゃった」
俺のその告白にも、竹巳はふーん、としか言わない。でも、少しは話に興味を持ったようで、続きを促すように示している。
「うん、でさ、、明らかに困ってたんだよな」
「…何て言ったの。は」
「別に、何も」
「何も?返事聞かなかったっつうの?」
呆れたような声を出した竹巳をベッドから見上げて、俺は頷いた。
あの時は時間も無かったし、俺だって恥ずかしかったし、きっと仕方が無かったと思う。
「明日からさ、俺どんな顔して教室行きゃいいの?に迷惑そうな顔とかされたら、超へこむって…」
急に竹巳はくるりと俺に背中を向けた。
そして、こう言った。
「ま、だって根は真面目だしさ、ちゃんと向き合ってくれんじゃないの?」
「…投げやりな返事だなー。何だよ…」
「俺にどうしろって言うんだよ」
そう言われたら、どうしようもない。
皆、何かしてほしくて、見返りを求めている訳でもないのに、どうして何かしなくちゃいけない、なんてこと思うのだろうか。
多分、もそんなこと、考えてるんだろうな。
俺は言いたくなったから言っただけで、にどうこうしてほしい、とか考えて無いんだけど、なぁ。
俺はそのままベッドに突っ伏すと、布団の中にもぐりこんだ。
頭が冴えて、竹巳の操作するマウスの音がやけに耳について、眠れない。
「はー、ゲームでもするかなぁ…」
こんなに考え事して、頭は疲れているだろうに、人間って眠れないものなのだなぁ、と深く溜息をついてみた。

次の日の朝。
ゲームで夜更かしをしてしまい、なかなか起きるのが辛かった。
朝練にも行きたくない、けれども、さぼるのも後からのこと(言い訳)を考えると、だるい。
「誠二、俺、部室にジャージの下置いてきちゃったから、先行くぞ」
その竹巳の声で無理矢理、俺は身体を起こした。
「…うー、おう、わかった」
「もう用意しろよ」
「…うー」
眠たい頭と顔を洗面所で冷やして、強引に覚醒させる。
思いっきりボール蹴って、すっきりするしかないだろう。
そう気持ちを入れ替えて、ジャージに着替えて、部屋を出た。

外は寒くて、眠たい頭はすっとんだ。
その代わりに、やっぱりのことを考えてしまう。
今日、どんな顔して教室入ろうか。ちっとも気にしてなさそうに振舞うのが一番最適かな。
考えながら歩いていると、不意に竹巳の声がした。
辺りを見回すと、部室のプレハブ小屋の並ぶところから、竹巳と、そして、驚くことにの姿を見つけた。

もう一度、目を凝らして見たが、そのシルエットと、首元に巻かれた赤いマフラーは、やはりだった。
竹巳とが何か話している。それが案外仲が良さそうに見えて、何となく面白くない。だが、すぐに竹巳はこちらに向かって歩いてきた。
「…何でが?」
すれ違いざまにそう俺は言うと、竹巳は小さく笑って、「さぁ」とだけ言って、グラウンドへ行ってしまった。
は朝練なんか無いだろうし、(第一、部活に入ってるのかも知らないけれど)こんな時間にサッカー部以外の奴がここにいることは滅多にない。
これは間違いなく、俺へ、何かしら言いにきたのだろうな、と考えて、緊張し始めた。
落ち着くようにゆっくり、の方へと近づく。寒そうに手を擦りあわせている彼女がやけに、女の子らしい。ああ、ちくしょう。可愛いじゃないか。
とりあえず、おはよう、と声をかけると、向こうもそう返したっきり、何も言わない。
何だかの顔は強張っていて、どうも甘い話ではなさそうな気がしてきた。
「朝練、だいじょうぶ?時間…」
「ああ、竹巳が多分、何とか言ってくれると思うし。それより、何でここに?」
こうなったら、早く聞いてしまったほうが得策だと考えた。
遅かれ早かれ、死刑だとしたら、待つという時間のほうが酷だから。
少し、間を置いて、は口を開いた。
「…、あたし、藤代のこと…すき」
見上げてくるの顔をじっと見つめていると、そんな思いもかけない言葉が飛び出てきた。
俺は瞬きをして、もう一度、を見る。
「…でもさ、好きだけど、どうしたらいいのか、わかんなくて、…昨日もどうしようって思って、すごく、悩んで」
何だ。
顔が強張っていたのは、これを言うのを躊躇っていたからか。
困っていたのは、…そんな、理由だったのか。
全てに合点が行くと、俺はほっと安堵して、息をふうっと吐いた。
張り詰めていた俺の腕も、足も、力が抜けていった。
「なんだ。、すげー顔してるから、断られるかと思ったじゃん。
 どうしたらいいかって…どうしたらいいかわかんない程、俺のこと好きなんだろ?」
何て可愛い奴なんだろう。俺がこう言うと、うろたえたように目を泳がせている。
やっぱり、『何かしなくちゃいけない』なんてこと、考えていたみたいだ。
俺は笑って、言う。
「じゃあ、同じじゃん、俺ら。俺も、のことが大好きだし。
 こういうのって、付き合ったりとかすればいいんじゃねぇの?」
すると、は慌ててまくしたてる。
「付き合うって…どういうことすんの?それもわかんないし、何か…もう…」
その慌てようが余計可愛らしく思えて、俺は思わず噴出した。の肩を掴んで、できるだけ優しく、叩いてやる。
「あーあー、パニくんなって。落ち着け、落ち着け」
そう言うと、は素直に落ち着いたように、小さく笑い声すら漏らした。
俺も笑いながら、言う。
「別にあんまり今までと変わらずに、うん、たまに一緒にどっか、カラオケとか行くとか?」
本当はもっと、そう恋人同士っぽいこと、してみたいけど、そんなの俺やにはまだ早そうだしなぁ、と考える。
当の本人であるは、ほっとしたように胸をなでおろしている。
「良かった…」
でも、こうやって可愛らしいを目の当たりにすると、やっぱり自制はきかないみたいだ。
普段の彼女とは、違った子みたいで。
ふと、顔をあげたに、思わず、軽くキスをした。
たった一瞬。
それでも、すごくドキドキした。
もっとしたい気持ちを抑えて、「で、たまに、こんな、感じ?」と本音を漏らしてみる。
は何が起こったか、少し間を置いて、ようやく気づいたように、少し仰け反った。
その反応も、可愛らしい。俺はにやける頬もそのままで、にしばしの別れを告げ、グラウンドへと向かった。
集合時間にちょっと遅れた、かもしれない。全速力で走ると、冷たい冬の空気が、火照った頬を冷やしてくれて、とても心地よい。
もっともっと可愛いを、俺が発見してやるのだ。
そう考えると、自然と頬が緩んでくる。それは際限が無くて、仕方が無い。








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