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憎悪の傷(5)

朝、目覚めてもまだ足に疲れを残しているのを感じながら、エッダは寝台から起き上がった。 本当にあのまま眠ってしまい、夢すら見ることもなく、朝まで起きることもなかった。 ただ、時間としては早めには寝たので、必然的に早起きとなってしまい、食堂へ行けば朝食まで時間があるから、と言われたので、エッダは朝日を受けて宿の外へ出かけた。 草は朝露に濡れて、まばゆく光を落す。 それをのんびりと歩きながら見やり、エッダは一つ、考えていた。 かつて、イムルの村で見たロザリーの夢。 『ロザリー様が…!』と慌てた様子で告げた魔族。 血相を変えたデスピサロ。 彼女に何があったのだろうか。 良からぬ事でも、あったのだろうか。 …自分たちが彼女の護衛を倒してしまったばかりに。 当然、このまま放っておいて旅を続けることもできる。 先程、宿のおかみが気球が完成したことを教えてくれた。それに乗れば、気になっていた宝の地図のバツ印のところへ行くことができる。 …でも、放ってはおけないかもしれない。 ここで行かなくては、必ず後悔するのだろう。 エッダは足早に来た道を戻りはじめた。 宿へと戻り、食堂へ入ると、既に仲間の数人は起床し、そこにいた。 トルネコはやや興奮気味に、早く気球に乗りたいというようなことを話している。 起きてきていたのは、他にブライとクリフトがいた。 「おはようございます。エッダさん」 「おはよう」 「早いのう、エッダ殿。先程、ミネア殿の姿もあったが…姉上を呼びに行かれたかな?」 「そうなの?ねぇ、今日、行きたい所があるんだけど」 エッダはブライに開口一番、そう告げた。 すっかりパーティのご意見番とする位置にいるブライに、言わなくては、と気が急いているようでもある。 ブライはちらりとエッダを見、すぐに視線を外しながら言う。 「うむ。ロザリー殿のところかね」 「そうよ」 「…そうですな。見過ごす訳にはいかんじゃろうな」 固い表情のままブライは頷いた。 エッダも唇をきゅっと結んだまま、頷く。 ロザリーに何かあったら、決してデスピサロはタダではいないだろう。 もちろん、日一日経過しているのだから、デスピサロが解決しているとも考えられる。 けれども、何があったのかはっきりと分からないが、エッダは胸騒ぎを覚えてならない。 「…気持ちが悪いから。放っておくには」 クリフトは傍でそれを聞き、静かに頷いていた。 一同は朝食を摂り、すぐにロザリーヒルへと向かった。 一応、デスピサロと出くわすかもしれない、と心を締めて行かねばならない。 昨日の今日で、大丈夫なのだろうか、と密かにエッダのことを心配するのはクリフトだけでは無かった。 だが、エッダはそう気にさせる様子ではなかった。 クリフトはそんなエッダに直に大丈夫なのか、と問うこともできずに、さりげなく側にいることにした。 もし、無理をしているならば頼って欲しい、という気持ちの表れではあったが、エッダがそれを気づくはずもなく、ただそれでもクリフトは常にエッダの隣にいた。 変化があれば、見逃さずにいたい。 そんなクリフトの想いは本人には当然ながら伝わりはせず、エッダは少し固い表情で、例の塔の前に立ち尽くしていた。 外から見る限り、塔はとても静かに見える。 初めて訪れたときと何ら変わりはない。 ただ、何なのだろう。この胸騒ぎは。 初めて来たそのときのように、ミネアはあやかしの笛に口付け、息を吹き込む。階段が現れる。 「…行きましょうか」 エッダはそう言い、一歩、踏み出した。 これに応えるように皆、歩みを進めた。 一段一段階段を降り、降りきったさきの扉。その先には螺旋階段。何も変わったところはない。 そうしてロザリーのいた部屋の前に立ち、エッダは丁寧に扉を叩いた。 …返答は無い。 「開けるわよ」 誰に言うともなしにエッダは言い、そのまま扉を開けた。 部屋の中は投げつけられたのか、花瓶が一つ、部屋の真ん中付近で割れており、他はどうといって変わったところはなかった。 ただ一つ、出迎えてくれるはずの彼女がいないことを除けば。 「……誰も、いないの?」 「あ!」 エッダが声をかけると、すぐさまにスライムが寝台の下から這い出てきた。 ぷるんぷるんと身体を揺らし、エッダ目掛けて飛び掛る。 エッダはもちろんこのスライムのことを知っていたし、飛びつくスライムを受け止めたのだが、後ろにいたクリフトは思わず身構えたところにアリーナに小声で注意されてしまった。 「ねえ!ロザリーちゃんに会いにきたの?」 見知った顔があるので嬉しいのか、スライムはにっこりと笑ってエッダに話しかける。 「そうなの。ロザリーはどこに行ったの?デスピサロが連れていった?」 エッダがそう尋ねると、スライムは一変、哀しげに角を震わせてこう言った。 「違うよ。怖い人間たちが来て、嫌がるロザリーちゃんを連れていったんだ…ボク、何もできなかったよ」 皆の顔色が変わる。 「それで!?どうなったの!?」 「デスピサロ様が助けに行ったから、もう大丈夫だと思うよ!早くロザリーちゃん、帰ってこないかなぁ」 「そう…」 苦い顔をするエッダの隣でクリフトは胸をなでおろしていた。 彼が向かったならば、大丈夫だろう、と。 ただ、エッダはそうでないことも考えていた。もしも、のことではあるが、それだけにしてはこの胸騒ぎが煩すぎる気がしてならない。 「ありがとう。じゃあ、私たち、行くね」 え、もう?とスライムは悲しそうに口を歪ませた。この無垢な魔物はやはり、寂しいのだろうか。 ずっと一緒にいたロザリーが姿を消して、不安でたまらないに違いない。 そんな気持ちを察し、エッダは笑顔を見せた。 「うん、しなきゃいけないことがあるから。また、遊びにくるわね」 そっとスライムを床に下ろして、エッダは背を向けた。 「…確認したいの。イムルへ行きましょう」 部屋を後にすると、エッダは早口でそう仲間に告げた。 それを聞いたクリフトはつい今しがたなでおろした胸に手を当てた。 エッダの言う意味を察したのだ。 階段を降りる他の者には聞こえないようにクリフトは小声でエッダに耳打ちをする。 「…エッダさんは、何か思い当たるのですか?」 後ろからふいに声をかけられたが、エッダは振り向かずに静かに答えた。 「ううん。そういう訳じゃないけど、ただ、気になるだけよ。実際は、どうだったのか、気になるだけ…」 ルーラ特有の身体がぶれるような、地震の震源地にいるのかとすら思うような感覚の後、一同はイムルの地を踏んでいた。 「皆、眠れるかしら?私は割りとすぐ眠れると思うのだけど…」 エッダは皆の顔を見回して言った。 早起きしただけあって、今は眠いとは思わないが、すぐに眠りに入ることができるとエッダは思った。 「私も、眠れますよ」 「あたしは昼間はいつだって眠いわ~」 クリフトと、マーニャはそれぞれ言う。 「私、起きたばっかだから、とりあえず寝られないと思う」 アリーナはぱちくりと瞳を開けて言う。 「…じゃあ、私とマーニャ、クリフトと、誰か男の人…でどうかしら?」 「では、わしが夢を見るとしようかのう」 ブライが一歩踏み出した。 エッダは頷き、残りのメンバーには気球の操作、乗り心地に慣れるように遊覧でもしたらどうかと提案した。 「わあ!私、気球のりたかったぁ!」 アリーナは手を叩いて喜んだ。トルネコも実は早く気球を操作したくてうずうずしていたようだ。 「じゃあ、私たちは宿に入るわ。少し周ってきたら、また戻ってきてね」 エッダは少し固い表情で、でも口調は明るくそう言った。 この胸騒ぎ。嫌な予感だけですめばいいのだけれど…。 ふとエッダはミネアと目が合った。 何だか顔色が悪いような感じがする。 もしかして、ミネアも…? エッダはそう思い、ミネアに対し、首を傾げてみた。 ミネアは慌ててにっこりと表情を作り、先に気球へ向かったメンバーの後を追った。 「…では私たちも向かいましょうか?」 クリフトはエッダの横顔を見ながらそう促す。 「ええ」 エッダは頷き、宿の扉を開けた。 中に入り、すぐに目に付くはずのフロントには主人がうかぬ顔で佇んでいた。 その顔を見た瞬間、入ってきたメンバーの顔が曇る。 「…主人。部屋は空いておるかの?」 ブライの低く落ち着いた声音にはっとして宿の主人は顔を上げた。 「いらっしゃい!ええ、すぐにご用意しますよ!」 「じゃあ、4人なのじゃが…2部屋頼む」 「ではこちらの宿帳にご記帳願います」 主人は慌ててフロントの奥へ引っ込んでいった。 その慌てぶりに良くない予感は益々募る。エッダは思わず苦い顔をした。 「さあ!寝よう寝よう!」 案内された部屋に入ると開口一番マーニャは言った。極力明るいように言っているのが見てとれるが、エッダは素直に頷く。 「うん」 エッダは鎧を外し、普段の格好になると、すぐに寝台へ横になった。 室内はカーテンを引いてもやや明るかったが、その明るさが逆に暖かそうで、すぐにまどろみをもたらした。 「エッダ、昼寝なんて贅沢ね…何だかすぐに眠れそう…」 「うん…心地よいね…」 程なくして、二人は眠りの世界へ堕ちていった。 ただ、それは決して心地の良い眠りにはならないということを、エッダも、マーニャも感じ取ってはいた。 ←前へ 次へ→ 正直、あまり深くつっこみたくないところだったり。 でも、クリフトとエッダに絡めて絡めてみちゃったり。








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