琥珀色の温度(2) 

「クリフト、少し、良いかの?」 ブライは食堂として使用している大きな部屋へクリフトを誘った。 時刻は昼過ぎ。昼食はつい先程皆食べ終えた。この時間なら誰も食堂へ来ることはない。 クリフトに断る理由は無い。「はい」とだけ答えて後を付いて入る。 よっこらしょ、と掛け声を発し、それとは逆の軽い身のこなしでブライは食卓の端に座った。クリフトはお茶を淹れるために流しの方へと向かった。 慣れた手付きで湯を沸かすクリフトをちらりと見やると、ブライは口を開く。 「わしはアッサムが良いのぅ」 「承知しておりますよ。ブライ様」 既にクリフトの手はアッサムの茶葉の缶へと伸びていた。もう長い付き合いだ。 そして琥珀色の液体の揺らめくカップをブライに差し出すと、自分の分のカップを持ち、ブライの真向かいへと腰掛けた。 クリフトは多分、何かお説教なのだろうと予想をしていた。 特に思い当たることは無かったが、未熟者の自分はこの人生経験の豊かな老人の気に触るようなことでもしたかと思い始める。 しかし、それは予想外のお説教であった。 「エッダ殿が気になるのか」 口に運びかけたカップを落としそうになり、クリフトは慌てて両手で支えた。 「ブ、ブライ様?」 紅茶をすすりながらブライはクリフトを見ずに続ける。 「お主らに何があったかは知らんが、好いておるのだろう?エッダ殿のことを」 クリフトは神妙な面持ちで押し黙った。 これは『好き』という感情なのだろうか? これまで人並みには恋をした経験はあったつもりであったが、その今まで感じた感情とは少し違っている。 確かに女性として意識はするものの、見つめてドキドキと胸が高鳴るだの、会いたくて苦しいだの、そういった感覚ではない。 ただ、彼女の苦しみ、哀しみを理解し、取り除くことができたなら…。 そう考えるようになっただけだった。 「本人達は自覚が無いのかのぅ」 ブライはクリフトを見つめた。その刻まれた皺の奥のするどい目つきに若い神官ははっとする。 「クリフト、わしが言いたいことが分からぬか?」 「いえ、ブライ様。しかし、私は…そのエッダさんを好きだとかそういう…ことでは」 「お主の気持ちはまあ良い。問題はエッダ殿のほうじゃよ」 「はぁ」 「あの方は勇者として振舞っておられるが、実の所繊細な女性らしい。今日倒れたのもそういう心労が積もったこともあるじゃろうて。  だからじゃ、クリフト。お主に”勇者殿”を惑わすことはしてもらいたくないんじゃよ」 「…」 「サントハイムの復活のためには多分、”勇者殿”の力が必要なことは間違いない。これはわしの勘じゃがの。  その為にも、エッダ殿が弱いと困る」 「…」 「世界を救うには、余計な邪念は無いにこしたことはないじゃろぅ?」 このブライの言葉、一つ一つが胸をちくちくと刺すように感じながら、クリフトはエッダの言葉を思い出していた。 ―私が勇者だから全てはその宿命のせいだって言う?― 自分が彼女を惑わせているのだろうか。こんな言葉を言わせているのはこの自分なのだろうか。 「聡いお主なら気づくじゃろうが、エッダ殿は色々と辛いことがあったようじゃ。  その上で勇者になっているなら、もうその悩みを増やすような真似はするでない。  ……わしが言いたいのはそれだけじゃよ」 ブライは空になったカップを食卓に置くと、また「よっこらしょ」とすっと立ち上がった。 本当に口を吐く言葉は老人臭いのに、身のこなしはそれを感じさせない。そのままブライは扉を開けて、食堂から出て行った。 一人残されたクリフトはため息と共に机に突っ伏した。 「つまりは、エッダさんに近づくな、ってことか…」 ブライの言うことも分かる。立場をわきまえよ、と口をすっぱくしてまでアリーナに言い立てるブライの言いそうなことではあるが、確かに一理ある、とクリフトは思う。 勇者であることは、個人としての恋愛沙汰ですら、他人や世界に影響してしまうのだろうか。 だが、自分はエッダのことを考えて、エッダの気持ちを推察しようと努力していても、彼女はどうなのだろう。 ブライの言うように自分のせいで惑わされているのだろうか。 確かにあの夜、エッダの過去の話を持ち出したのはクリフトの方だった。その夜、エッダの心を掻き回した張本人と責められても仕方が無い。 だが、今、過去を思い出して悩み、哀しむのならば、それは自分のせいではない。 それとも、クリフトが過去の傷口を抉ったとしてエッダが思っているのならば、それはまたエッダを惑わすということになろう。 それとも… 本当に自分のことを考えて夜も眠れなくなったりしていると言うのだろうか。 そう思うと胸が苦しくなるのが分かる。 クリフトは初めて感じるこの感覚に戸惑いを隠せない。 (恋じゃない) ただエッダを辛くさせたくはない。 ならば、やはりブライの言うとおりにしたほうが良いに決まっている。 しかし、そう考える自分の心に抗うもう一人の自分もいる。 クリフトは大きな神官帽を取ると艶々と流れる群青の髪の毛を掻きむしった。 深く息を吐くと、小さく呟く。 「僕は、エッダさんを、苦しめる存在なのか…」 溢れる涙も拭わずに泣き続けるエッダの顔、そして紅茶を飲み終えたときの照れたようなエッダの笑顔。 二人のときに見せた素顔がクリフトの脳裏を締め付ける。 「そんなこと、あるのか」 その泣き顔を守りたい。笑顔でいて欲しいと願うことは、彼女の迷惑なのかもしれない。 そう考え、クリフトもまた、自分のエッダへの気持ちを押し込めようと心の自分を捻じ曲げ、密かに別れを告げた。 ←前へ 次へ→ うざいおじじ、来ました。 キャラ考察で「直接言ったりしないけど〜」何て書いてたのに、 やっぱり口でちゃってます。ブライ様。 だって煩く言いそうじゃん。 そしてうじうじクリフト君。 個人的にここまでうじうじな人は後ろから蹴っ飛ばしたいです。 初めはここでエッダのことをスキーって自覚するはずだったのに、 どうも勝手に気持ちを押し込めるそうです。 クリフトさん、Mですか。  








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