恋人の夢(2) 

夢で見た景色が一同の目に映る。 塔が見える。そして夢ではその一番上に見える窓から、美しいエルフが顔を覗かせて、涙をこぼしていたのだ。 「あの塔ね…」 エッダは誰に言うともなしに呟いた。 あたりはのどかで、野鳥のさえずりが響く。村の名前はロザリーヒル。 どうやら住人はホビットやエルフばかりで、人間は一人もいないようだった。 「ピサロって男はこんなとこに愛人を閉じ込めてるのねー。  カゴの中の鳥じゃない…。どんなもんかしらねぇ。それが愛だとでも言うのかしら」 マーニャがまたぽつりと言う。 「愛の形は人それぞれあるだろうけど、こんなのは私ならごめんだわ」 瞳だけエッダに向けてマーニャは続けた。エッダも瞳だけで頷く。 とりあえず、と一同は村に一つだけあった店に向かった。 村の住人たちはやはりどこかエッダたちによそよそしく、唯一ある店で品物でも買って、何か情報を聞こうという訳であった。 「いらっしゃい」 驚くべきことに、店主はまた唯一この村に住む人間であった。 それこそ柔和な笑顔を浮かべ、カウンターごしに自ら声をかけてくれた。 接客業である以上、それは別段普通のことなのだが、他の村人たちの態度が冷たかっただけに、エッダたちは何か情報が得られるだろうと期待の色を浮かべる。 「おじいさんは、人間なのね」 武器や防具を購入し、精算が済むとエッダは口を開いた。 店主はにこにこと頷くと「ここに人間のお客さんが来ることはめずらしいね」と言う。 「しかも、武器も防具も雑貨も売って、教会の神父さんもこなしちゃうのね。  おじいさんは、どこからここに来たの?」 エッダはただ純粋に疑問に思ったことを聞いてみた。 確かに、この店主はこの小さな村に一つある店で武器屋、防具屋、雑貨店をたった一人で切り盛りし、必要とあらば教会の神父の役目すらこなしていた。 唯一の人間だからだろうか。ただ単純にエッダは聞いたのだが、それを聞いた途端に店主の顔が少し曇った。 「ある町で神父をしていたんだがね、世の為に何かしたいと旅に出て、行き着いた先がこの町だったんだ」 そこまで話すとまた笑顔をたたえて店主は続けた。 「初めは私もちっとも受け入れてもらえなかったけれど、今はもう、皆私を必要としてくれて。だから色々やっているんだよ。  種族なんてものより、もっと大事な信頼関係というものに私は助けられたよ。  …それでもまだこの町の人たちは旅人には少し冷たいけれどね」 首をすくめるようにして店主はエッダに笑いかけた。エッダも笑顔で頷いている。 この優しげな人ならば、余所者には閉鎖的なホビットたちも心を開くのだろうな、とエッダは思う。 そうして微笑んでいるエッダを見つめ、店主は口を開く。 「……お嬢さんたちは、もしかしてあの塔の美しいエルフに会いにきたのかい?」 エッダは瞬時に険しい顔になり、そのまま「そうよ」とだけ答えた。そして店主の次の言葉を待つ。 「そうかい…多分、お嬢さんなら乱暴なことはしないとは思うけど…」 「乱暴なんかはしないわ。ただ話を聞きにきただけ。彼女が呼んでるの」 「…呼んでる?」 「そう。イムルの村の宿屋に泊まると不思議な夢が見られるって聞いて。  そうしたら、この村の、あの塔のエルフの夢を見たの。そして私たちはこうやってやってきたの」 「そうだったのか」 少し店主は驚いたような、意外だというような顔をして、エッダをしげしげと見つめた。 そして、まだ何か言いたそうに口を開いたが、声にならずにそのまま黙り込んでしまった。 「ありがとう、おじいさん。じゃあ、失礼するわ」 エッダが先に沈黙を破り、仲間を店から出るように促した。そして次々と扉をくぐる仲間の最後尾につき、最後に店主に会釈をして扉を閉めた。 店主はエッダたちを見送ると、カウンターに肘をついてうなだれた。 「私は結局何もできないのだな…」 エッダたちは夢で見た通り、塔の前で笛を吹いた。 不思議なことに、ミネアが吹く笛の音は夢と同じ旋律をすぐさま奏でた。もちろんミネアはただ息を吹き込んだだけだというのに、だ。 皆が見守る中、夢と同じ場所の床がごごご、と音を立てて割れ、その代わりに穴を埋めるように隠し階段の姿が現れた。 ぽっかりとそこは暗闇に吸い込まれていくようにただ静かに口を開けている。 エッダは一歩づつ確かめるように中に入り、一段、一段と階段を降りていった。 時は真夜中であった。 夜分に女性を訪ねるのだから、女性だけがいいだろうとして、エッダ、マーニャ、ミネア、アリーナの四人がその階段を下りることとなった。 先頭に立つエッダは階段を下りきると、すぐ目の前に扉があるのを見つけた。 鍵はかかっていなく、きい、と短く音を立ててあっさりと扉は開く。 まるで、本当に夢を見た誰かが来ることをエルフが待っているかのようだ。 しかし、事はそう簡単には運ばないこととなる。 そのまま塔の内部は螺旋階段になっており、そこを登りきったエッダの前には大きな鎧が立ちはだかっていた。 もちろん、その鎧はただの鎧なんかではなく、魔物であることはすぐに分かる。 その鎧は鎧には似つかわしくなくも声を発したからだ。 「私はピサロナイト。ピサロ様の命により、ここから先は通さん」 そう言うと、にわかに持っていた斧を振り上げる。 エッダは口元を歪めつつ、腰に携える剣を素早く抜く。 「だったら通してもらうようにするしか、ないわね」 同時に仲間たちも身構える。 アリーナはすぐに飛び出し、重さを全く感じさせずに飛び上がり、強烈な蹴りを見舞った。 その蹴りは鈍い衝撃音を立てて鎧の胴に完全に入った。 しかし、突然のこの攻撃にも関わらず、鎧の魔物は胸元から何かを取り出し、高く振りかざす。 アリーナはすぐに飛びのき、状況を見ることにした。 それは曇った球体のモノであり、それは鈍く光を一瞬放つと、そのまま何も無かったかのように魔物の手に収まった。 本当に何も起こらなかったようであったが、呪文を詠唱し始めていたマーニャに異変が起こる。 「…っ……」 声が出ない。 なるほど、先程の球は呪文を封じ込める威力があるのだろう。 マーニャは詠唱のために上げていた腕を力なくおろし、腰に挿してあったナイフを抜く。 「本当は、いや、なんだけどね…」 エッダはピサロナイトの振り下ろす重たい斧を受け止めることで精一杯であった。 ミネアも杖を振り回しはするが、それは攻撃として魔物の目には映ってはいないようであり、 かといって呪文による援護もできない状態であるので、せめてエッダの邪魔にならないようにするよりなかった。 しかし、その隙を見てアリーナの攻撃が見事に入るので、形勢はこちらのほうが押しており、次第にピサロナイトは乱れ始めた。 初めには右の小手が外れ、それは砂のように崩れ去り、次は左の小手が。 そうすると斧はがらん、と音を立てて床に落ち、手がなくなったピサロナイトは武器を持つことができなくなってしまう。 また肩当も崩れ、胴衣も崩れ、すね当も崩れ、最後に兜がごろり、と転がり落ちた。 「……ロザリー様…」 兜は崩れ去る前にそう言い残して、掻き消えた。 後に残ったのは、落とした斧と、球。 この球体はトルネコに見てもらおうと、マーニャは拾い上げた。 「こいつのせいね」 美しく整っている爪先でその球体を弄びながらマーニャは目を細めて言う。確かにそのせいで呪文が効かずに少々苦戦を強いられた。 そんなマーニャたちを横目に、エッダは一足先にピサロナイトが守っていた扉の前に立っていた。 多分、この扉の奥に例のエルフがいるのであろう。 エッダは乱れた息を整え、手を握り締め、扉を叩いた。 軽く、三回叩く。その音に後ろの女性群は押し黙った。 「はい」 小さく、か細い声が帰ってくるのを聞き、エッダはすぐに扉を勢い良く開いた。 その勢いにエッダのすぐ後ろに位置していたアリーナは驚き、「わっ」と声をあげたが、構わずにエッダは部屋へ侵入した。 部屋には一際大きく、豪奢な作りの寝台。側には小さな机と椅子が二脚。 家具等は殆ど無く、ただ広い空間で寝台が異様に存在感を放っている。それはエッダの記憶にもあるものであった。 その影から、紅の髪を持つ夢で見た通りの美しいエルフが姿を現し、一同は息を呑んだ。 女性の足元はうっすらと紅く輝く結晶が積もっていた。 「……イムルの村で、夢を見たわ」 初めにエッダが口を開いた。 その言葉を聞き、例のエルフである女性はエッダに駆け寄ってきた。 駆け寄られてエッダは一歩、後ずさったが、その様子に構うことなく、女性はエッダの手をとった。 その手は細く、冷たかったが、女性特有の柔らかさがあった。 ―か弱い。 エッダはその感触を不快に思ったが、それを顔には出さずにそのエルフを見つめた。 「私は、ロザリーと言います。わざわざ来て下さって、ありがたく思います」 「私は、エッダ。旅をしてる途中で噂を聞いたわ。イムルの宿屋では妙な夢が見られるって。  宿屋のご主人も、お客さんも気味悪がってたけど、どうして、誰かを呼んでるの?ここから連れ出して欲しいの?」 表情には出なかったものの、その声には憤りが匂った。 この、か弱く、脆そうなエルフに対しての苛立ち。 心を通じ合わせられるはずである存在へ、自分の気持ちを押し込めていることへの理不尽感。 「ロザリー。教えてくれる?あなたの見せた夢の、あのピサロという男は、誰?」 マーニャ、ミネア、そしてアリーナはずっと黙ってエッダとロザリーを見つめていた。 声を出すことがはばかれた。エッダの言葉を聞き、そしてロザリーの返事を待つ。 ロザリーは震える声で語る。 自分が人間にその流す涙のために虐待を受けていたときに助けてくれた男であること。 そしてその汚い欲望を持つ人間への憎悪が積もっていた男であること。 そして― 「ピサロ様は、魔界の王です。そして、この世界の、人間の方たちを……」 そこでロザリーは言葉を詰まらせた。 二の句はエッダが続けた。 「滅ぼそうとしている、デスピサロなのね」 ロザリーはただ俯いたまま、首を縦に振った。 アリーナはその名を聞き、悔しそうに歯軋りの音を響かせる。 「デスピサロ。武道大会に来なかった、あの」 そのアリーナの肩にミネアは優しく手を置き、口を横に結んだままアリーナの瞳を見る。 「私たちの、敵よ。アンタの男は。私たちにどうして欲しい訳?」 マーニャは腰に手を当てるとため息まじりに話す。そのまま視線は線が細いロザリーの顔を捉えていた。 ロザリーは苦渋の表情で搾り出すように言う。 「……ピサロ様を、止めて欲しいのです。お願いします…」 「私たちは、デスピサロを倒すために旅をしているの。だから、そんな私たちに『あの人を止めて』と言うことは」 衣擦れの音と、流れた紅色。 エッダたちの見ている前で、ロザリーが流した涙はルビーの結晶へと姿を変え、床に落ちると同時に砕け散った。 「分かっているのね。止めるって、どういうことだか」 エッダはロザリーから手を離しながらしゃがみ込むと、砕けた結晶に目をやった。 比較的大きく砕けている結晶を手に取ると、ロザリーを見上げた。 「泣くんだもの、分かっているのよね」 ロザリーは小さく頷き、またルビーをこぼす。 それはエッダの手の平へ落ち、ハラハラと粒子になった。 「私たちは、デスピサロを倒さなきゃならない」 マーニャもアリーナも眉を上げ、ロザリーを見る。ミネアは逆に眉尻を下げ、涙をたたえながらロザリーを見ていた。 「あなたの願いは聞くことになる。それでも、いいのね。もっと他に、幸せになれる方法って無かったの?」 エッダは残酷なまでに何度もロザリーに意思を確かめている。 マーニャはそれを制すように「エッダ」と強く言ったが、エッダは聞こえないふうでロザリーを見上げたままでいる。 ロザリーは首を勢いよく左右に振り、またルビーの結晶を撒き散らした。 「私は、あの方を止めることすらできなかった。だから、お願いします。私が弱いせいだということは重々承知しております。けれども…私にはこうして祈ることしか…」 紅い結晶を床へ戻し、エッダは立ち上がった。そして今度はエッダからロザリーの手をゆったりと握り締めた。 「分かったわ」 ロザリーは驚くふうでもなく、ただ頷く。 顔を片手で覆ってはいたが、ぽろぽろとルビーはこぼれ落ち続けていた。 それは次から次と床に落ちては砕け、いかに儚い存在だということを皆は自分の眼で見ることになった。 ぽんぽんと二度、ロザリーの背中を叩くと、エッダはロザリーから離れ、背を向けた。 「あなたが泣かずにいれる日が、くればいいのにね」 「エッダさん…」 ロザリーはこの真夜中の侵入者たちに初めて微笑んだ。 「……ありがとう、ございます」 その言葉を背に受けながら、エッダは部屋を出て行った。アリーナは軽く会釈をして、慌ててエッダの後を追った。 そしてマーニャは、彼女にしてはめずらしく、その床に散らばる美しい宝石には目もくれずに、ロザリーを見つめて口を開いた。 「私たちが、アンタを守ってくれてたヤツ、倒しちゃったけど、いいの?」 微笑んだままロザリーは頷く。 「ええ…でも」 「ぼくがいるよ!お前らロザリーちゃんをいじめるなー!」 ロザリーの言葉を遮って、寝台の下からスライムが飛び出てきた。 それをマーニャは一瞥し、 「何、アンタいたの。ビビリなんじゃないのー?こんなんで護衛が務まらないわよね」 スライムの頭のてっぺんをつまみあげ、ぽいっと放り投げながら言い放った。 ロザリーは苦笑をこらえながら、その憤慨する友達を大事そうに抱え上げ、言う。 「いざというときは、この子に護ってもらいますわ」 その時、ミネアはずっと黙っていたが、初めてそこで声を発した。 「いけませんね…。本当に、大丈夫なんですか?」 「ええ。たまに魔族の方がいらしたりしますので、その時に代わりの方をお願いしてみます。  それに、人間の方がここまでいらしたのは、あなた方が初めてですし」 その言葉を聞きつつも、ミネアは眉間を寄せたままであった。 そんな妹を見、ロザリーに言葉を返したのはマーニャだった。 「分かったわ。心配しなくても大丈夫なのね。さ、じゃあミネア、行こう」 「本当に、気をつけてくださいね。確かに人間の中には、酷い人たちもいます」 ミネアはそう言うと慌てて一同の後を追うようにし、背を向けた。 ロザリーは手を胸の前で組み、ただ「ええ」と呟くと、頭を下げてエッダたちを見送った。 胸元には心配そうに彼女を見つめるスライム。 騒がしい侵入者たちは優しい言葉を残して帰っていった。 ロザリーは呟く。 「彼女たちに、託します……どうか、あの方の罪を」 白い手は空を十字に切り、また紅色の結晶を受け止めた。 ←前へ 次へ→ 正直、同じ女としてもロザリーの気持ちに同調はしかねるのですが。 どうなんでしょうね。 このパーティの女性陣はロザリーの気持ち、同調してるのでしょうか。 理解はしてもねえ。 マーニャさんあたりはできなさそうだよー。 ロザリーの運命には同情するけれども、 対ピサロの想いについては、どうも同調できなさそうですよねー。 まあ、世の中には色んな愛の形があるってことですかねー。 それにしても、好きな男を止めることもできないなんて。 「世界滅ぼすなら、私、あんたと別れるわー」ぐらい言ったらどうなのよ。 うふふ。なんか違うような気がするー。 しかし、他人に頼りすぎな気がするわ。 








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