蜜味 

どうもエッダは釈然としない心の内があった。 ロザリーというエルフの女性。 見かけも、そしてきっと中身も女性らしいのだろうと容易に想像がつく。 『ああいうオンナは好きじゃない』 マーニャなら口に出しそうだな、と考えながらエッダは息を吐く。本当に彼女がそう思っているかは別としてだが。 けれど、自分の思い通りにならないことは世の中たくさんあることをエッダはこの旅で色々学んだ。 きっとロザリーもそうなのだろう。 どうあってもピサロという男が止められなくて。だからあんな夢まで見させて、”誰か”が来るように望んだのだろう。 それは頭では理解しているつもりではあったが、やはり心のモヤモヤした気持ちは晴れない。 「……ずるい」 一人ごちてエッダは膝を抱える。 その想いは言葉にならない。 エッダたちは変化の杖を手に入れた。 それはサントハイム王家の墓の宝物であり、振るうと人ではない異形のものにも変身することができる。 それを手にした一行は噂を頼りにリバーサイドという町へとたどりついたのだった。 不思議な現象がおきると聞いてはそちらへ向かってみる。 このリバーサイドでは町近くにある魔人の像が夜中に勝手に歩き出すという不思議な噂が流れていた。 しかし、一同は昨日まで探っていた王家の墓での疲労がたたり、とりあえず宿を取って休むこととなったのだった。 探索を中心に行っていたのは四人だけであったが、それも何日かかけてメンバーをローテーションさせて行ったので、 全員―特に毎日墓へ潜っていたエッダの―疲労が目立っていたのだった。 アリーナは一番元気に食事を平らげる。 それは見ていて気持ちが良い程の食べっぷりであり、最近は特に良く食べるような、とブライはこぼす。 「でも、やっぱりお墓は気持ちが良いもんじゃないわね」 「これ!姫様。ご自分のご先祖方が眠っておられる場所でありますぞ!そんなことを…」 「だって、どうあれそれは本当じゃない。私はまだまだ入りたくないもーん」 口をとがらせてそう言い、アリーナは笑う。その笑顔にブライは何も言えなくなり、それを見た一同は笑いの渦へ引き込まれた。 「いやはや、ブライ殿もおてんば姫様の前ではかたなしですな」 「まったく、どうにかなりますまいか……」 そう嘆く姿もまた笑いを誘った。 エッダも笑いながら食事をとるふうであったが、なかなか皿の上は片付かなかった。 夕食の後、めいめいが部屋へ引き上げて行く中、最後まで仲間を見送っていたのはエッダだった。 食堂の大きな机にもたれ、ゆっくりとカップを傾け、中の液体を弄んでいる。 その液体は既に彼女の好むぬるまったものではなく、冷え切っていた。 他の宿泊者であろう人影もいなくなり、食堂にはエッダ一人になったときに、慌ててそれを飲み干し、席を立った。 身体は疲れているはずなのに、休む気にはなれない。 エッダはそのまま食堂を後にし、宿の出入り口へと向かう。 夜の散歩がエッダは好きだ。村にいた頃も眠れない夜は外に星を眺めにちょくちょく家を抜け出したりしていた。 仄かに冷たくなり始めた空気を吸い、今回は忘れずに身につけた外套の端を握り締める。 空は雲がかかってはいたが、ところどころ星の瞬きが見られ、それを見上げながらエッダは歩いた。 あたりは虫の声が響き、静かとは言えない状況だが、なんとなくその五月蝿さがエッダの心を落ち着かせるようである。 リバーサイドという名に相応しい大きな川のほとりでそのたゆたう流れを見つめながら彼女は足止まった。 少し離れたところに同じように川を見ながら立ち尽くす人影が見えたのだ。 その人物が誰だか分かり、引き返そうとしたところで、その人物に気付かれることになってしまった。 「エッダさん?」 「…うん。クリフトも、散歩?」 クリフトはいつもの帽子をかぶっておらず、若草色の法衣でもなく、単なる部屋着というような格好で立っている。 眠れずに部屋を出てきたようなその様子が見て取れた。 気付かれたエッダは戻ることもできずに、クリフトに近づいていくことにした。 声をかけたクリフトも、気まずい様子は表へは出せず、自分から声をかけたのだから、と口を開いた。 「座りませんか。僕は川の流れを見ると落ち着くようで、少し見とれていたんです」 「私も、川の流れるのを見てるのが好きだわ」 誘われるがままにエッダは腰を下ろしたクリフトの隣へ座る。乾いた草の音が耳に残った。 「………」 「………」 エッダは何も話さなかった。 クリフトのほうも、座るように促したものの、エッダと何を話して良いものやら分からずにただ黙るしかなかったが、 あ、と気付いたように声を発すると、話し始めた。 「エッダさん、お身体のほうは、どうですか?」 「え?」 突然の話題でエッダは咄嗟にクリフトの方に振り向いた。 薄く月明りで照らされた二人。 クリフトはエッダの横顔を見ながら話していたのだが、急にその紺碧の瞳とぶつかり、慌てて下を向いた。 「いえ、先程の食事であまり召し上がっていなかったようなので…連日墓地へ潜っていらしたのはエッダさんだけですし、少し気になりまして」 そこまで話して、はっとクリフトは口を紡いだ。 気になるだなんて、大胆なことを言ってるのではないかと。 下を向いたまま耳が熱を持っていくのが自分で分かる。 だがあたりは闇。相手に気付かれはしないと、顔をあげた。 そんなことをクリフトが杞憂しているとは露にも思わず、エッダはクリフトから顔をそらすと話し始めた。 「そうね。ちょっと、食欲が無かったけど、疲れてると私、食べられないの」 そこまで話して、急にエッダはふふ、と笑った。そして続ける。 「アリーナみたいにたくさん食べられればいいんだけどね」 クリフトはその一瞬の笑みに眼を取られて反応が鈍ったが、すぐに自分も笑うことにした。 「姫様は食べすぎではないかとブライ様が心配されてましたけどね」 その言葉にまたエッダは控えめに笑った。 「あんなにいっぱい動いてるんだもの、食べすぎにはならないわよ」 その微笑みを見ながらクリフトは心の底でほっとしていた。 嬉しい。 例の船旅の日からこうしてエッダとクリフトが二人で話すことはほとんど無く、また笑顔を交わすことなど無かった。 お互い避けるようにしていたのだが、お互い相手のことを気にしていたのは事実で。 こうしている時間がくることなど夢にも思わなかった。 だが、エッダは嬉しいと感じた瞬間、同時にいけないとも思った。 散々自分に警告を発していたというのに、こんなに簡単にたがが外れるなんて。 その喜びはまるで甘い菓子のようにやめられなくなるものだから。 欲する気持ちを止められなくなりそうだというのは、多分本能で解るのだろう。 エッダは立ち上がった。 その様子に軽く驚いたクリフトも同様に腰を上げる。 「私、宿に戻るわ。そろそろ休まないと」 「ええ。十分にお身体を休めてください」 「うん、おやすみ」 「おやすみなさいませ」 足早にエッダはその場を立ち去る。 クリフトは頭を少し下げてエッダを見送った。 名残惜しいと思う気持ちと、どこか安心するような気持ちとが入り混じる。 クリフトの脳裏にブライの一言がよみがえる。 『悩みを増やすような真似をするな』 こんな二人でいた僅かな一時がすごく嬉しい気持ちは、エッダに深く関わらないという決心をいとも簡単に揺るがす。 「あぁ、神よ………」 クリフトは自覚した。 この気持ちは消すことはできないと。 たとえ成就することも、ましてや伝えることさえできなくても、きっと忘れられないと。 ←前へ 次へ→ クリフト自覚。 まだまだいじっかしいですけど、お付き合いくださいませ…。








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